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十八、エセ一等星。

 エボニーの瞳は鷹の目のように鋭く、ラウラに注がれる。「何か言いたいことがあるのなら言えよ」彼女の耳にそんな幻聴が聞こえた。ラウラは唇を噛みしめて言い返そうとしたが、それを察したファハドが先に口を開いて空気をほぐす。


「まぁ、俺たちだって争いたいわけじゃないんだ。ラウラ殿の発言は俺から謝罪させてもらおう。すまなかった」

「いやいいよ、別に」


 四肢を滾らせていた空気を鼻から抜いて、エボニーはラウラに向けていた視線をファハドへとスライドさせた。いくらか角の取れたそれに彼は表面だけの安堵を見せ、ファハドは続ける。


「互いに遺恨は残さない。ギルドともそういう話をしてる。それでいいか?」

「ああ」

「あぁ、そりゃ助かるぜ」


 ラウラは納得がいっていないようだが、ファハドのなだめるような視線を受けて口を開くことはなかった。ファハドは軽い調子で笑い声を出し、どこかヘラヘラした調子でエボニーとの距離を僅かに縮めた。

 それでも十分な距離があるのでエボニーは何かをアクションを起こすことはなかったが、不気味さを覚えずにはいられなかった。


「エボニーって言ったか?俺は騎兵銃を使う冒険者だって聞いてたんだが、……それ、突撃槍だろ?ちゃんと扱えるのか」

「さぁどうだろうな」

「それに一人で死者の蘇生もしたとか。そうなると職業は「騎兵」と「衛生兵」系統になるわけだ。あんた、いくつ職業持ってるんだ?」


 ファハドは笑っていたが、目の奥が笑っていないのをエボニーは確認していて、それが自身の思い描く貴族像と重なって思わず笑ってしまった。怪訝な表情を作る彼にエボニーは「いや」と言って笑みを消し、ファハドからの質問を質問で返した。


「牛頭馬頭の同時狩猟のクエストを達成したことあるか?」

「……いや、無いがそれがどうかしたのか」

「クランメンバーとでも、パーティーとでもいいから、それが出来れば教えてもいいよ」

「おっ、気前がいいね」


 エボニーからの思わぬ提案にファハドは意を突かれたような顔を作るものの、その意図が理解出来ているわけではなかった。

 どうしてクエストを達成すれば教えてもらえるのか。どうしてそのクエストを指定するのか。ファハドは理由を探してみるものの、特にそれらに接点があるわけでもない。


 黙り込む彼にエボニーは答え合わせをするべきか悩むんだが、結局は何も言う事はなく、適当に片手を振りながら「使命と剣の賛歌」のクランメンバーで作られた壁を割って受付へと歩いて行った。

 慌ててエボニーの背を追ってきたノアとアイネスも、先のやり取りの意味を理解していなかった。それが分かっていながら、エボニーは意地悪く笑って聞いてみた。

「あれ、どういう意味か分かる?」と。


「いや、牛頭馬頭の同時狩猟だと一等星級のクエストってことぐらいしか……」

「私もピンと来ていませんが……、何か意味があったのでしょか」


 賛歌のクランメンバーから離れた辺りで、彼は答え合わせのために口を開く。

 それはファハドたちにとっての侮辱であり、エボニーなりの仕返しだった。


「前は、一等星に上がるためにそのクエストをやらないといけなかったんだよ。だからあれは、お前らみたいな二等星冒険者に言うわけないだろ?って言いたかったんだよ」


「うわぁ」それははたして、ノアとアイネス、どちらの声だったのか。実は二人の口から出ていて、逆に分からなかったのかもしれない。


 咄嗟に出た言葉にしてはあまりの性格の悪さに顔を歪める二人を背にして、エボニーは一人で笑いだすのを堪えていた。


 しまいには堪えきれずに、受付を担当したジュリアに同じことを言って彼女の頬を引きつらせていた。(絶対に胸にしまっておこう)と三人の思いが一致したのは、言うまでもないだろう。


 その流れのままに、牛頭馬頭の依頼書を受け取ったエボニーは内容を確認してから、クエストを受ける返事をした。


「クエストを受けるのはありがとうございます。それにしても、さっきのは大丈夫でしたか?賛歌のクランメンバーが多くいたようでしたが……」

「あれはツァオネ装備の男に助けられたな。ラウラだっけ?あいつだけだったら一方的に怒鳴られてたかも」

「あー、ファハドさんですね。彼はよく分からない方ですが、話は分かる方です。損得で動くところは流石、貴族様と言ったところでしょうか」

「そのラウラも貴族なんだかな……、苦労してないんだろうなぁ」

「あはは……」


 エボニーの心からの言葉にジュリアは乾いた笑い声を出した。その言葉が自らの心にも存在しているのを理解しているからこその笑い声であり、自分も歳をとったのかなと考えてしまったのだ。

 星の民であるエボニーは少なく見積もっても百歳を超えており、それと比べてしまうと見劣りしてしまうが、そろそろ恋人の一人でも……と思ってしまう年齢ではあった。


「んじゃまぁ行ってきますよ。あそうだ、美味しいクエストあったら教えてもらってもいいですか?こいつらが全部やるんで」

「いや金に困ってるけどよ」

「まぁせっかくの機会ですし、稼いでしまいましょうか」

「うーん……ありがたいはずなんだがなぁ」


 ノアの微妙に納得のいっていない顔を笑いながら、二人を残してエボニーはギルドの外へと向かって歩き出した。「ルイーズに合流するように伝えておくよ」なんて軽い調子で去って行ったのが伝説の星の民であるのだから、世の中、人を見かけで判断してはいけない。


 一つ勉強したノア、アイネス、ジュリアの三人は、依頼書を囲んで条件のすり合わせを行い、ルイーズがやってくるのを待った。


「なんでそっちのカウンターに居るの?」と何も分かっていないルイーズに、アイネスは「実は……」と語りだし、それを聞いたルイーズの笑い声がギルドにこだまして消えていった。


 その頃、ゴールドバレーを出たエボニーは突撃槍を手に、キリを駆ってフィールドを横断していた。

 突撃槍は「騎兵」の職業分岐である「重騎兵」からの専用武器であり、一撃の重さを重視した武器である。「重騎兵」とあるように、「竜騎兵」と比べると移動力、機動力に劣ってしまう。だが、エボニーは今のところ速度の低下を感じてはいなかった。


(戦闘になればまた違うのかな。何が違うかは全然分からないけど。そもそも、帰還させたキリがどうしてるのかとか全然知らないし。なんだっけか、召喚者の魔力で構成されるとかなんとか……)


 曖昧な記憶を探しても、答えが出ることはない。攻略wikiでもあればまた違ったのかもしれないが、それでも、あまり情報は手に入らなかっただろう。SSSのフレーバーテキストは短いものが殆どであり、ゲーム内でも説明されることは少なかった。


 星の民はその名の通り星が遣わした民であるので、曖昧な説明で雰囲気だけを伝えることが多かったのだ。


 そんなことを考えながら見上げた空に流れる雲は重たく、風の速さを如実に語っていた。


「明日は雨かな……」


「雨なら雨で」と続くはずだった言葉は目の前に急に現れた小型モンスターに邪魔されてしまうが、キリの勢いは留まる事を知らない。ひき殺してしまった感触にエボニーは顔をしかめてしまうものの、それは生き物を殺した忌避感というよりは、自動車で事故をした時のことを思い出しているようだった。


 人の神である「炎と旅路のドーリー」が火属性であるため、雨が降れば天候有利を取れるのだと考えていたなんて頭からすっぽ抜けていたが、何度も挑戦した彼からすればその程度の事でしかないのかもしれない。


 挑戦する時が毎回雨天ということもないし、有利と言っても物理攻撃の威力が変わるわけでもない。それに。戦うと決まったわけでもないのだ。もちろん彼はその時、できうる限り最強の防具で出向くのだが。


 牛頭馬頭が現れるフィールドの最寄りベースキャンプまで、もう少し。

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