十七、黒白の威厳。
決心を新たに、エボニーはクラテルの一階ホールに立っていた。日は既に登り始め、新しい一日を祝福し始めている。彼の頭の中では眠気が働いて体をだるく感じさせるものの、こういう感覚は嫌いではなかった。
独りでに開く扉から差し込む陽光は、初めてこの世界にやって来た日の事を思い出させる。エボニーは目を細めて、街へと繰り出した。
いつも通り立っている兵士に挨拶をして、キリを召喚。今日使う予定の武器を背に載せながら、彼はキリにも同じように挨拶をした。そしてもう一つ。「おはよう」と、そんな彼の背にかけられた声にエボニーは振り返り、声の主を確認してから向き直った。
「あぁお前らか。おはよう」
ルイーズ、ノア、アイネスの三人は、エボニーの挨拶にそれぞれに応える。だが、その様子はどこかぎこちなく、そわそわしているように見えた。
「そんなにきょろきょろしてどうしたんだ」
「いや、あの……、ここって開かずの塔だろ?まさか人が住んでるとは……」
「そうだよエボニーさん。この辺りに、っていうかゴールドバレーのどこを探してもここ以外に手紙通りの建物なんてないから、教えられた通りに来たけどさ」
「私も人が住んでるとは……」
「開かずの塔?そんな風に呼ばれてるのか?」
エボニーは首を傾げるが、その間も荷物の移動を止めることはない。ルイーズたち三人は扉の隙間からクラテルの中をチラ見していて、まるで妖怪でも住んでいるかのように表情を固めていた。エボニーが初めて会った兵士が星の民の住居だと知っていただけに、ピンと来ていない彼は何の気なしに質問を行った。
つまり、この塔についてどう思っているのか。
「そりゃ、汚した傍から洗浄が始まってピッカピカになるし、入口はいつも兵士が護ってるのに、誰も住んでる様子は無いしで、強力なモンスターでも封印されてるのかって噂なんだ」
「ねぇ……、エボニーさんってもしかしてここに住んでるの?中も綺麗そうだけど……ねぇ?」
「一等星の冒険者になればこういった建物を持つのも簡単なんでしょうか……」
散々な言われようにエボニーは苦笑いを浮かべて、「ちゃんと住んでるよ」と答えた。
その反応は様々であるものの、二十年も人の出入りがない建物の評判なんてこんなもんだろうと、彼は努めて軽い調子で口を開いた。
「ここは星の民のための塔だよ。知らないか?」
「いやいや星の民って」
「冗談きついぜ、エボニーさん」
「星の民はもう居ないんですよ?」
「いや、俺の職業は「魔竜鼎」だし、久しぶりに戻ってきたって言わなかったっけ」
「これ騎兵銃ね」と手の届く位置に居たアイネスに武器を渡せば、三人の視線が一気に武器に注がれ、各々の声が一つに重なった。
「「「まさか……」」」
呟くや否や、それぞれに土下座をし始めた彼らにエボニーは笑いながら、肩を叩いて立ち上がらせる。
「ほら、余計に悪い噂が立つから立ってくれ」
「う、うん。でもエボニーさんが星の民だったなんて。そりゃ、名前に聞き覚えないわけだよ」
「でも星の民が居なくなって二十年だろ?知ってる人だって居ると思うんだけど」
「力を持ってる人は先の暴動で殆ど死んでしまいましたから……」
「ふーん、まぁいいや。長くなりそうだし」
アイネスの言った話題をエボニー遮ったが、気になることではあった。だが、まずは目先の問題を終わらせてしまおうと、彼は最後に大きな槍をホールから持ち出してキリと共に歩き出した。
「で、今日はどうしたんだ?」
エボニーに置いて行かれないように小走りで駆ける三人は、「そうだ」と口を開いた。
「武器と防具の強化を頼んだだけど、初めてやるから時間が欲しいって言われたんだよね」
「だから暇になったって?」
「それもあるけど、金がない!」
「あー……」
「まぁ、やることないから遊びに来た、みたいなものです」
そういえば、とエボニーはアイネスに渡したままだった騎兵銃を受け取り、そのままキリの背に預けた。
遊びに来たと言われてもと、エボニーは頭をかく。今日は牛頭馬頭を倒す予定であり、他にも必要な素材を取りに行かねばならない。一緒に狩りに行くことは不可能であった。
「三等星なんだし、クエスト何回かこなせばいんじゃないか?」
「三等星より下は冒険者の母数自体が多いから報酬が少ないんだよなぁ。一等星のクエストとかなら違うんだろうが」
「需要と供給の問題ね、なるほど」
「エボニーさんは一回でいくら入ってくるのでしょうか。下世話な話しにはなってしまうのですが」
「えー、いくらだっけかなぁ。あんま気にしたことないや」
「金持ちは違うなぁ……」
指折り数えるエボニーは依頼書の内容を思い出してみるものの、どうにも報酬金の桁が思い出せない。だけどそれは彼が気にしていないだけで、金持ちであるというわけではない。正しく言うなら、金持ちであった、だろうか。
ちょうどハンターギルドが視界に映る道に出たため、エボニーはギルドを指さして言う。
「俺の金はあれになったから、金がないんだ」
それを聞いてポカンとした表情を浮かべる三人を見て、彼は大きく笑うのだった。
ハンターギルドの中はいつもと同じはずなのに、何故か空気がピリピリとしていて、彼らは敏感にそれを感じ取っていた。昨日の今日なのでキリと一緒に外で待っているルイーズを除いた三人は、互いに視線を合わせて緊張感を高めた。
「ごめん巻き込んだかも」
「エボニーさん、何かやらかしたんですか?」
「……貴族と教会のクランと揉めてる」
「それって賛歌じゃないか……!何してるんだ…………」
「いや、絡まれてさ。それでかなぁ……。だからルイーズをキリを一緒にしてるんだけど」
「私たちが貧乏くじでしたか……」
「まだ分かんないから」
「いえ、あのもの凄い形相で睨んできている冒険者は賛歌のクランに入ってますから、間違いないでしょうね」
「そいつ以外の冒険者ももれなく賛歌だな」
思ったよりも「使命と剣の賛歌」のクランメンバーに囲まれているのを知ったエボニーはため息を一つ吐いた。ノアとアイネスからすればため息をつきたいのは自分たちではあったが、エボニーが星の民であるのを知っているためか、その表情は最悪の一歩手前ぐらいに留まっていた。
当の本人であるエボニーは、手に持った槍を眺めながら現在の職業がどうなっているのかを考えていた。
いつ絡まれるのかと気を張って歩いていた彼らの前に現れたのは、ファハドと一人の女性だった。彼らが向き合ったのはハンターギルドの丁度真ん中ほどで、賛歌のクランメンバーがエボニーたちを囲むように立ちふさがる。
ギルドがこちらに味方すると分かっているエボニーの心には余裕があり、目を細めてファハドと女性の装備を確認した。
(男の黒いのは「深き世界の雷獣」の皮鎧で、女のやつは……ピュアホワイトか?俺の知ってる見た目じゃないけど、そうっぽいな。ドラゴン種狩りは禁止されてるって聞いたけど……骨董品か?それだと俺のも骨董品になるけど)
ツァオネは二等星のモンスターであり、ピュアホワイトは一等星のモンスターである。装備だけで見てもルイーズたちの装備より質は上であり、エボニーの背後で居心地を悪そうにしているノアたちの様子からしても、彼らの方がランクも立場も上なのだろうことが窺えた。
「よお、足止めして悪いな。あんたが例の白い冒険者だな?」とファハドの一言から会話が始まったが、まともに付き合うつもりのないエボニーは、意識せずに挑発するような言葉を返した。
「白い冒険者ね……、俺より隣のが白い冒険者に見えるけど?」
この言葉に反応したファハドたちではなく、後ろで控えていたノアだ。「エボニーさん、それは不味いって」肩を強く引かれてエボニーは驚くが、彼の顔を見るだけで特に言葉を返すことはしなかった。
エボニーの代わりに話し出したのは白い鎧の女であり、癪に障る笑みを浮かべて話し始めた。
「力ばかりが自慢で教養の無い方とお話するのは時間の無駄ですわね…………、こちらがせっかくギルドの顔を立てているというのに、当の冒険者はこれですもの」
「この方はデルソル家のご令嬢、ラウラ・デルソル殿だ。冒険者同士とは言え、あまり無礼な口を聞くなよ。俺だって一応は貴族なんだ、そこんとこは分かってくれよ?」
ピュアホワイトの鎧の女性、ラウラは胸に手を当て、自身を強調するかのような所作で言い切った。ハンターギルドの中、それも他に冒険者が居る中で語るような内容ではなかったが、その家名を聞いてエボニーは事情を察することが出来た。
デルソル家は「衛生兵」系統を代表する家柄であるのを思い出したからである。
「騎兵」のブラフナー家、「弓兵」のクーター家と見てきたエボニーからすれば、それは数ある貴族家の一つでしかない。貴族だから、なんて言ったところで、彼からすればあまり関係がない。ゲーム内であれば職業を持った特別なキャラだったが、既に職業は全ての民に渡されている。
馬鹿にしてきた相手に尽くす礼儀なんて、そんなものがあるはずもない。
「自分で家の名声を落としてたらわけないだろ」
眼前の二人を思いっきり鼻で笑ったエボニーの頭の中には、ジュリアと昨日交わした会話の内容が過っていた。胸に溢れる反撃の言葉をぐっと抑え、彼は強くラウラの瞳を覗き込む。




