十六、星の願いを。
エボニーがゴールドバレーに戻ってきたのは、日が暮れ、人々にお酒が入ってしばらくする頃だった。ハンターギルドで精算を行う彼は、一日中動きっぱなしで疲れていて、早く帰って帰りたいと思っていた。
そんな彼の対応をしている受付嬢はまたしてもジュリアであり、必要以上に会話したくない彼を気遣いながらも、彼女はお昼過ぎの件を話し始めた。その間も、ジュリアの手は止まらない。
「お昼は大変でしたね」
「昼?あぁ、なんか変な冒険者の……」
「「使命と剣の賛歌」というクランの冒険者です」
「全部投げてすみませんね。面倒臭くて」
「ええまぁ、よくある事ですから」
「よくあっちゃ駄目だろ」とエボニーは呟き、ジュリアは微笑んだ。
その笑顔は綺麗ではあるが、笑い事ではないのだと、彼は続ける。
「ギルドの真ん前だぞ?誰か見てたはずだ。あんな横暴が許されるわけがない」
「あのクランは貴族と教会関係者が頭に居るんです。多少の事なら、私たちは目を瞑るしかありません」
「あー。そこが教会のクランになるのか……」
目を覆うように額に手を置いて、エボニーは天を仰いだ。クーター嬢に警告されていたというのに、その直後にクランメンバーと一悶着を起こしたのだから、彼女に対して申し訳が立たない。先に相手が手を出したとしても、彼の中には少なからず罪悪感があった。
「なにがあったとしても貴方側に立つとギルドは判断しましたから、微力ではありますが、お力になれるかと思います」
「それは助かるよ。その辺よく分からないし」
「一応、相手方には穏便に済ませるようにお伝えしましたが、エボニー様も、どうか感情的にならないようお願いいたします。……貴方様のお力は強すぎる」
「他の冒険者が弱い、の間違いだよ。昔の冒険者はもっと強かった。一緒に戦えるぐらいにはね」
「そう言われてしまうと……すみません、私からは何も…………」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。悪かった」
エボニーは浅くではあるが、気持ちを込めて頭を下げた。ジュリアに対して八つ当たりをしたところで、何も変わりはしないのだから。
普段であれば飲み込めるはずの言葉が出てしまった事を恥じての行動だった。
そんな彼に対して、ジュリアも礼儀正しく頭を下げた。彼女にも思うところがないわけではい。ハンターギルドとして冒険者の管理、統括が出来ていないのはもちろんのこと、ギルド代表として名前を出したところで大した意味を持たないのが悔しいからである。
「今日は助かったよ、また明日来る」
「お待ちしております。エボニー様。良い夜をお過ごしください」
両者の別れの言葉に熱はない。もっと言うべきこと、伝えたいことがあったはず。そうは思っても、言葉にすることができなかった。
ハンターギルドを出ようと歩くエボニーは冷えた心持ちで出入り口を目指していた。ギルド内に反響する冒険者たちの笑い声や怒号はどこか遠くに聞こえ、まるで耳が離れた位置にあるかのような錯覚を覚えた。
ギルドの外の空気は生温かった。月は雲間に見えるものの、風の流れが早いのか、すぐに見えなくなってしまった。地に足をつけている彼は風を感じることはないものの、それに思いを馳せることはできる。上は風が強いのだろう、と。
キリに乗ってフィールドを駆け回った時間を思い出しながら、彼は視線を下ろして帰路についた。
今日の狩猟の合間で必要そうなものはあらかた手に入れていたので、神に会う準備は着々と進んでいる。神に会って何を言うべきか。彼は一人考える。
SSSでの記憶を持っているかどうか。大きな懸念はそれに尽きる。現状、この世界はメインストーリーのその後に沿った世界に思える。ならば、星の民として活動していたエボニーの事を知っているはずだった。
サービス終了のあの日。最後に倒したのは「星と魔法のリーンズ」であるが、他の神たちにも何十回と挑んでいる。だからと言って、顔を覚えられているかと言うと怪しいところではある。なにせ二十年経っているのだ。
エボニーが最初に向かおうと思ってる神は「炎と旅路のドーリー」であり、主に人間が信仰している神になる。他の神よりも比較的会いやすく、何か知っている可能性は充分にあった。
(もし神に会っても何も変わらなかったら)だなんて考えてしまうのを夜のせいにして、彼はため息をついた。
帰ってきた主人を迎えるように、独りでに開くクラテルの扉の向こうは暗い。役目を見失っている燭台が寂しそうにエボニーの視界に映るが、彼はロウソクなんて買っていなかった。マイルームにはロウソクがあるので不便しないのだ。
お昼にはクーター嬢と過ごしたホールは、いつもより広く感じられた。
「調合……採取……明後日には神か」
カツン、カツンと、一歩一歩を踏みしめるように階段を登っていく。命の事を考えるなら、布の装備よりも、鎧の方が安心できる。だが、この時ばかりは鎧を着ているのを恨んだ。
革鎧に分類される軽いもののはずだが、それでも各所に配された金属は肩に重たくのしかかる。
いつかは攻撃を受けてみなければ、とエボニーは思うものの、怖いものは怖い。
戦闘中であればある程度無視できる恐怖心は、こういう時ばかりに姿を見せる。
やっとの思いで自室に辿り着いた彼は背負っていた荷物を降ろし、鎧も脱がずにベッドに倒れこんだ。
「良い夜だなんて……」はたして、この言葉を言ったのかどうか。それすらも分からないまま、エボニーは微睡む。
彼がこの世界にやって来て、上手くいったのは狩猟ぐらいだ。何故放っておいてくれないのか。どうして絡んで来るのか。その答えを、心の中で探す。
すっ、と何かの拍子にエボニーの意識は浮かび上がって来た。彼が眠っている間も働いていたロウソクは随分と短くなって、炎はチラチラと踊っている。変な体勢で寝てしまったからか体の節々は痛み、寝起きの四肢は起き上がるのを邪魔してくる。
どうにか鎧を外す頃には眠気も消えてしまい、彼は起き上がって天井を仰いだ。
今が何時なのかも分からない。ただ、瞼が重たかった。
「……絶対帰るぞ」
閉じた視界の中で浮かんだ知り合いたちの顔に、彼はこの日初めて願望ではなく、決意を胸にした。
それは気まぐれにしては強く、深夜テンションにしては静かな宣誓だった。




