十二、奇跡なんてありはしない。
「馬に殺される一等星って何?」
エボニーの声は恐ろしいほどい低く、その身からは物理的に感じてしまうほどの圧が放たれていた。彼は現場を見ていないので事情こそ知らないが、舐められたら終わりだという事は今までの人生経験の中から分かっていた。
そもそもとして、キリはプレイヤーであるエボニーの言いつけを違える事はない。どちらが悪いかなんて、語るまでもなく明らかであった。
そんな彼の態度に男は威圧され、続く言葉を失っていた。
だが、「さっさと蘇生してやれよ」と言い捨ててキリと共に街の外に出ようと歩き出したエボニーを見た男は、言葉の意味が理解できるにつれ、茹で上がるかのように真っ赤に顔を染め、激しい怒りは、男に武器を抜くまでに至らせた。
「人間同士の戦いで奇跡が使えるわけねぇだろうが!!「使命と剣の賛歌」を侮辱した罪、命で償ってもらう……!」
「いや、お前らが勝手に死んで、勝手に怒ってるだけだろ?……おい!誰か見てたやつ居ないのか!」
男が構える武器は西洋剣であり、それを扱うことが出来るのなら職業は「勲騎士」だと断定することが出来る。最終職にまで行っているのならまた名前が違うのだが、男の言動からして貴族ではないことは明らかであり、二段階止まりであるのは簡単に推測出来た。
エボニーはそこで考えるのをやめ、騎兵銃を取りだす。銃口が向くのは、的が大きい胸の部分だ。
「誰か見てたやつはいないのか!?」
彼はもう一度周囲へと叫んだ。しかして、その声に応えるものは居ない。冒険者同士の争いに首を突っ込んで得るものなどないことを理解しているからだ。
観衆からの沈黙という答えにエボニーは騎兵銃を改めて構えて歯を食いしばった。騎兵銃を握る掌には汗がにじんでいたし、モンスターを相手にしている方がはるかに気が楽だった。
先に武器を抜いたのは相手であり、正当防衛は認められるだろう。エボニーが引き金を引けば勝負もつく。だが、彼の中で(それでいいのか)という問いがあった。エボニーは人と戦いたいわけではないし、キリが蹴り殺した冒険者の死体だって見たくはないのだ。
それは男の足が僅かに地面の上を滑った瞬間だった。
騎兵銃から放たれた魔力弾は一寸の狂いもなく男の胴体を撃ち抜き、鎧を物ともせずに貫通した。鎧の魔力耐性が低かったのか、それとも、エボニーの武器が強かったのか。おそらくはその両方なのだろう結果を横目に、エボニーは息を一つ吐いて目を瞑った。
全身が燃えるように熱かった。はたから見れば分からなかっただろうが、彼の膝は小刻みに揺れていたのである。震える手で騎兵銃を下ろした彼の顔色は真っ白であった。眼下に倒れる一等星だと名乗った、人だったもの。
徐々に広がっていく血の海を避けるようにエボニーは後ずさりをして、キリがそっと彼の体重を支えていた。
(どうする。どうする……俺はどうすればいい)
逃げるか、通報するか。彼の頭の中では細かな思考が湧いて溢れようとしていた。その中で見つけた、全てを無かったことに出来る……、それこそ奇跡とでも呼ぶべきもの。
それに縋るように、エボニーはキリの背中に載せた武器群の中からランタンを一つ取り出した。
SSSでは「提灯」と書かれるそれは長方形であり、白銀の枠組みにガラスがはめ込まれたものだった。ランタンの中では燃料も何も必要とせずに燃え盛る黄金の輝きがあり、取っ手には丸い金具が取り付けられていた。
ランタンが扱える職業は「衛生兵」から派生するものであり、ゲームであればプレイヤーの蘇生を扱うことが出来る。こんなところでジョブチェンジを試すとは彼も思っていなかったが、やらないわけにはいかなかった。
(頼むぞ)
彼の心の言葉は極端に少なかった。エボニーは膝を折って地面に跪き、ランタンを両手で祈るように持つ。だが唱えるのは祈りでも聖句でもなく、たった一つのスキル名である。
「……烈日の道導」
再使用に時間がかかり、モンスターからの注目を寄せてしまう蘇生スキルは、エボニーの懸念なんて知らないとばかりに何の問題もなく発動した。ランタン内の炎はより強く、より大きく輝き、やがてそれは円を描くように回り始めた。
自身の知るスキル発動モーションに安堵したエボニーはそこで顔に血の気が戻り始め、大きく息を漏らす。彼が撃った男が口にした「人間同士の戦いで奇跡が使えるわけがない」という言葉が脳裏で浮かんで、引っかかっていたのである。
だが、彼の知識に奇跡なんて単語はありはしないし、あったとしても奇跡なんてクソ食らえだと思っている部分もある。今この場に居るのが神による奇跡なのだと言うのなら、彼がそう思うのも仕方がない。
男たちの目は開かないものの、効果はエボニーの知っている通りに発揮された。頭が爆ぜていた二人の頭部は光によって再生され、胸を撃たれた男も、呼吸をしている様子を伺えたことで彼に安堵をもたらしたのだった。
そうなってくると、彼の胸の内に湧いてくるのは単純な怒りである。どこまでも自分勝手な目の前の男たちが自分と同じ一等星だなんて思いたくなかったのだ。
彼は蘇生してやったのだから治療費でも巻き上げてやろうかとも思ったのだが、こんなことに時間を割くのも馬鹿馬鹿しくなり、近くにいた冒険者をとっ捕まえてギルドの中へと走らせた。「後はギルドで処理するだろ」というエボニーの言葉は、怒りをどうにか流そうとする、彼なりの処世術のようなものだった。
(早く帰りたいな…………)
人と関わるたびに、日を重ねるうちに、彼のこの気持ちは強くなっていく。
誰が悪いのか。そう問われると「相手が悪い」とエボニーは答えるだろう。それと同時に、こうも思うのだ。自分は異物なのだ、と。
ゴールドバレーの外に向かうエボニーの足取りは重く、キリもどこか元気がなかった。
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