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百八、飛び出るヨセフ。

 エボニーが人を殺したことで凱旋はにわかに崩壊を始めた。唖然としていた民衆たちは恐怖という感情を思い出したかのように騒ぎ出し、我先にと走って逃げて行く。逃げ遅れた者、つまづいた者は後方から押され、踏まれ、傷を負う。

 凱旋していた勇者たちに向けられていたはずの感情とは真逆のそれを持って、彼らは走っていた。


 一方、暗殺者を撃ち殺したエボニーは感情の起伏を表に出さず、他の刺客がいないか気を張り巡らせていた。異変に気が付いた兵士やエルフたちが彼の周囲を固め、もう一度襲撃を行えるような状況ではなくなっている。そもそもとして、このような場で襲撃を行う時点で後がないのは少なからず察するところであったが、成功した時のリターンを考えれば馬鹿にはできなかった。


「エボニー様、先頭のウワン殿から速やかに王城へと移動するようにと」

「そっか。それなら移動しようか」


 周囲から視線が一つ高くなることを避けるためにキリから降りたエボニーは、ウワンからの走り書きを手にしたフルと、周りのエルフたちを連れだって王城に速足で向かう。


(エルフにとって大切な一日になるはずだったのに……殺すのは間違いだったか?だけどあの場で手を抜くのは…………)


 傷が小さければ小さいほどにスキルで復活させることができる、というのは彼自身の経験からの答えであり、今回の件も蘇生ができるはずだった。「杯と純潔のヴァイス」に本来の力が戻った事により、エボニー以外でも熟練度さえ足りていれば蘇生スキルの効果を十分に発揮できるだろう予感もあり、殺さないことよりも殺すことの方に軍配が上がったのだ。

 悩んでも仕方がないのは彼自身分かっているものの、嫌なところで襲ってきたことによる恨みは募る。


 各々が武器を手に握り、王城に向かって小走りする様は、どうしてか酷くエボニーの心を狼狽させた。


 王城の城門に入って一息ついたエボニーを待っていたのは先行していたウワン・クーターと、服装が乱れたヨセフ・ブラフナーだった。王城の中から走ってきたのか息も絶え絶えのウワンはエボニーの姿を確認して深い息を吐いた。


「ご無事でしたか……」

「まぁとくに問題はないよ。そっちは大丈夫なのか、色々あったみたいだけど」

「こちらはこちらでどうにか」


 汗を拭いながら悪い笑顔を浮かべるヨセフに、エボニーは変わらないなと思う。実際のところ、悪い笑顔に見えているのはエボニーだけであるものの、やっていることからして、あながち間違いというわけでもなかった。


 国の暗部や兵士を総動員し、文字通り国家の威信をかけて行われた、「杯と純潔のヴァイス」の力を奪った主犯と思われる司教の確保。その護送をどの家が主導で行うのか。表には出てこない、貴族ならではの戦いが裏では起こっていたのである。


 不祥事に、治療劇からの基盤固め、ハクザン復興と、それぞれの貴族家が大きく動けない理由を持つなかで、人手不足ながらもどうにか動けるブラフナー家が有利に交渉を進めていったのは想像に容易いだろう。国としても失敗を許すことができないため、ヨセフが動くのは半ば決定事項であった。

 仕方なく、というにはヨセフ・ブラフナーの表情は気色に満ちていたが、なんやかんやで今回の一件を任された彼の意気込みは凄まじいものだった。


 できるかぎりのことをしたつもりのヨセフであったが、凱旋が始まり、何事もなく終わると思ったところに暗殺未遂である。

 警備の責任問題は問われるだろうが、そんなことよりもエボニーの負傷は彼にとって避けたい事態であった。いざ顔を合わせてみれば涼しい顔をしていたのが救いだろうか。


「ここじゃなんですし、とりあえず中に入りましょう」


 ここに居ても何も始まらないと、ヨセフは王城へと一行を招く。予定とは随分と狂ってしまったが、消化しておくべきイベントはいくつもある。

 情報のすり合わせや、暗殺者について。そして未だエボニーと顔を合わせたことのない、ノトの国の王との会合、今晩開かれる予定だったパーティーをどうするかなど。エルフたちのことだって話し合わなければならない。


「たった一人の人間に止められるわけにはいきませんから」というヨセフの目は据わっており、そこからはある種の覚悟が見て取れた。


「私も詳しくは知らないが、元司教を捕まえたのだろう?何か情報は得られたのか」

「私が担当しているのは移送についですから。拷問については何も知らないんですよね。とは言っても上層部をごっそり捕まえたので時間の問題だとは思いますが」

「まとまって逃げてたのか?そんな杜撰な逃げ方……」

「いえ、聞いた話だとある程度泳がせてたようですね。一網打尽にしたとか」


 ウワン、ヨセフ、エボニーと会話を広げながらエボニーがふと「ヴァイスが殴ったかどうかって……」と聞いてみると、気まずそうにヨセフが顔を背けたので、エボニーは静かに一人で察するのだった。

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