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百六、生きていく。

 ハクザン復興部隊、その一陣がゴールドバレーに向かって出発した。長く伸びた隊列のどこをモンスターに襲われても問題ないよう、フルと共にキリに乗って周囲を警戒するエボニーの手元には一通の手紙があった。

 差出人はアイロン・シーファ。内容としては妹治療のための薬の材料となるモンスター素材の収集を感謝するものであり、程よい距離感を感じさせるものであった。

 エボニーはそこで冒険者ギルドで受けた「針葉の巨人」などの依頼主がシーファ家であると気が付いたが、人の命を助けたと思えば悪い気はしない。ワルツから背後関係を聞いていなければより爽快な気持ちにもなれたのだろうが、彼からすれば冒険者ギルドからの依頼を達成しただけだ。あるいは、この距離感でよかったのかもしれない。


(なんにせよ、これから次第だな)


 シーファ家とエボニーの関係構築はまだまだこれから。顔合わせを終わらせたばかりだ。

 この世界で生活する以上、先立つものは必要になってくる。同じように依頼が来れば受けるだろうし、そういう関係であればエボニー自身望むところであった。


「なんて書かれていたのですか?」

「ん、あぁ。……ただの社交辞令だよ」

「嫌にはならないのですか。エボニー様を見ているとよくやっているなと思うのですが」

「今は配慮されてるから別にかな」

「……やはり力による抑止力、でしょうか」


 普段のフルからはあまり聞かないような脳筋発言をエボニーが笑うと、背後から「なんです」とむすっとした声が返ってきた。


「実際、間違ってはないと思うよ」


 最終職を三つ持った状態のエグバート・リッジに決闘で勝利したのも大きいだろう。「けど」と続ける彼が語るのは、これからの展開の予想だ。


「ズーハンが最終職になったのもそうだけど、これから最終職は増えていくよ。ブラフナーとクーターの家には最終職の転職条件を渡してるし、貴族の子飼い以外の最終職は今が一番価値があるかもね」

「……ではもしも私が最終職になれば、どうなると思いますか」

「エルフの立ち位置がどうなるかって?うーん……どうにもならないんじゃないか。現状だとフルとかは俺の庇護下にあると見られてるし、ハクザンでもフローリアンが面倒みてくれてただろ。今は特に人数が纏まって動いてるから余計に手が出しにくいと思う」


 厄介な存在だというわけではないが、どこの勢力でもない故に扱いにくい。どれだけの規模で、何ができるのか。ヒトにおける貴族のような明確な序列があるのかどうかや、その生態などを図りかねている部分もあるのは間違いないだろう。

 変に接触をして、民衆に広く知られている星の民エボニー顰蹙ひんしゅくを買うのも貴族としては逆風になる。それを考えると、今しばらくは距離を置いておくのが正解なのでは、というのがエボニーの考えだった。


 彼自身、星の民がどれだけの価値を持つのかを把握しきれていない部分はあるものの、あながち外れてはいないだろうという手ごたえも感じていた。


「もし何かが大きく動くなら、それは俺が居なくなってからじゃないか?まぁ、その時に最終職に就いてれば選択肢は広がるだろうけどさ」


 ゴールドバレーの主要貴族を知らないフルの手前言わなかったが、エボニーは「交流を続けていればヨセフ・ブラフナーなどが勝手に忖度をしていい感じに纏まるのではないか」と思っている。

 完全にエルフたちの後ろ盾となるのか。使える人材だけを引き上げるのか。それはまだ分からないことで、エボニーには関係のない話ではあるものの、このまま進めば悪い方向には向かわないだろう、と。


「最終職になりたいなら手伝うけど」

「皆が皆、最終職になりたいわけでありませんよ」

「そうか」

「ええ。時間はありますから」


 エルフはヒトよりも長く生きる。エボニーが居なくなった後も、ずっとクラテルに住み続ける。

 ゴールドバレーでその姿を見るのも珍しくなくなり、やがてはノトの国全体へと広がっていく。

 それはとても喜ばしいことで、コスモスとの約束を完全な形で果たしたと言えるだろう。終わりを見据えればそこには理想形があるというのに、エボニーの表情は晴れなかった。


(……元の世界に戻ったら、俺はただの人間だ。結果を見るより、フルよりも先に死ぬだろう。でも、エルフと人間の交流が深まる前に元の世界に帰れるなら──)


 ──その時は間違いなく一人で帰る。


 エボニーの口から、思わず乾いた笑いが出る。星の民とうたわれた人物とは思えない滑稽さと惨めさだった。


(いつまで星の民をやってればいいんだろうな)


 星の民を縛ることはできない。だが、星の民に縛られている。

 神も人も、求めているのは全戦全勝のエボニーであって、彼ではない。

 いつか化けの皮が剝がれる時が来るのは彼自身分かっている。試行回数を重ねて得た強さを咄嗟に発揮できるのならば、この場に立ってはいなかっただろう。


(もしゴールドバレーでヴァイスに会えたら、一回戦ってみるのもいいのかもな)


 エボニーではなく、自分がどれだけ動けるのか。惨敗すれば、それはそれで諦めもつくだろう。

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