百五、待ち侘びた続報。
かくして、エボニーたちはハクザンの目の前まで帰ってきていた。顔色の悪いズーハンたちに配慮して行きよりも休憩の回数を増やしながらではあったが、それでも半日もあれば十分にたどり着ける距離間であった。
召喚獣であるキリや、ヘンリーの愛馬はエボニーの知る馬のそれよりもはるかに強靭で、生命力に満ち溢れている。モンスターと戦うための職業システムに付随する馬の存在のありがたさを痛感しつつ、キリの首筋に腕をまわして抱きしめれば、キリはまんざらでもないと嘶いた。
送還して町の中に入ると、シーファ家の手が入ったことで復興作業がだいぶ進展を見せていた。生き残ったハクザンの住民と、兵士や冒険者たちではどうしても限界があるところを、シーファ家が連れて来ていた職人たちが尽力してくれたのだ。
「……安心した。まだハクザンはやれるよね」
「あぁ、そうだな」
ハクザンを故郷とするズーハンの呟きから目を逸らすようにエボニーは周囲に視線を配る。
それは彼女やこの町を見て痛くなる胸に中身が入っていないような、そんな軽薄な感情を抱いているのを自覚してしまったからであり、自己嫌悪を覚えたからだった。
この世界はゲームじゃない。星の数ほどモンスターを倒していれば絶滅するし、何もない所から勝手にアイテムが湧いて出ることもない。
顕聖の時に確りとこの身に痛みと共に刻まれたはずであるが、どうしても直らない部分が彼の奥底にはあった。それでも、止まることはできない。
「クランメンバーに報告してきなよ。俺はウワンさんに報告してくる」と一人、一際目立つ拠点へと脚を向けたエボニーの後をつけるのは、素知らぬ顔をしたフルだ。
「フルも好きにしてくれていいけど?」
「戻っても何か用事があるわけでもないので」
「あぁそう」
エルフたちに合流する必要がないな、と彼女が判断したのは事実であるものの、エボニーの周囲の人間たちをもう少し知りたいというのが彼女の本音であった。その点で星の民という肩書は優秀で、それは周囲からのエボニーの扱いを見ていればよく分かる。
綺麗なところを見るよりも、汚いところを見ているほうが精神衛生上、楽であるというのも変な話ではあるのだが、そういった心持ちでフルは自然な形での同行の許可を得た。
はたして、ウワンの元へ向かう道中で彼の私兵に見つかり案内された先には、ウワンの他にも一目で貴族と分かる男性が居た。
(あれがシーファ家の次期当主か)
アイロン・シーファ。場違いともとれる装飾の入った服を身に纏った彼はヨセフ・ブラフナーよりも年上に見えた。ヨセフのようなギラついた野望を抱いておらず、覇気という言葉から少し身を置いたような雰囲気から語られる第一印象は「頼りない」に尽きる。
この世界の貴族からすれば、そういった風に見られることは何よりの屈辱だ。昔は貴族だけの特権であった「職業」は戦うための力であり、力が無い貴族の存在価値は何よりも低い。遠距離から戦える「魔術兵」の家系だからといって、最低限の身体づくりは求められて当然なはずであった。
シーファ家の名前を耳にすることがなかったのは、なにも本家や分家を巻き込んでの治療劇だけが原因ではなさそうだと当をつけたエボニーは、どうせ彼に用事もないと、早々にウワンに話しかけた。
「戻りました。どうですか」
「いやまぁ、アイロン殿の手勢も居るからな。問題はないとも。お疲れでしょう、と言いたいところですが、それよりも耳に入れたい情報が入れ違いできてな……」
エボニーの視界の端で会釈をしたアイロンを無視して、ウワンの言葉に耳を澄ませる。
入れ違いで入ってきた情報。彼がそう言うならば情報元はゴールドバレーで間違いなく、信憑性を疑う必要もない。
何かを変わる一言になるはずだ。その確信がエボニーにはあった。
さりげなく人払いを行ったウワンがフルに視線を向けて逡巡を挟む。「言いにくいなら」というエボニーの言葉を彼は「いえ」と止めて口を開く。
「レイクトップに逃げていた教会上層部を捕まえたようだ」
瞬間、エボニーの四肢に力が宿る。臨戦態勢となんら遜色なく切り替わった彼の鋭い空気が、場を冷やして周囲に緊張を強いた。
「情報が入ったのは」
「昨日だな。レイクトップからの護送にはブラフナー家が一任されている、心配はいらないだろう」
「はぁ……そうか……」
「事情聴取と事件の裏が取れ次第処刑が行われるはずだ。それに合わせ、我々はゴールドバレーに戻ることになった。この件でリッジ家とデルソル家の力は使えんからな。まったくもって人手が足りてない」
「ハクザンはどうするんだ。モンスターが来たらすぐに陥落しそうだけど」
エボニーの疑問に「そこは私が」と横から声がかかった。声の主は今まで黙っていたアイロンだ。
アイロン・シーファが復興事業を引き継ぎ、ウワン・クーターが戻る。打つ手として悪くないように思えたが、功績をまんまとシーファ家に持って行かれるようでエボニーの気持ちは晴れなかった。
「明日の朝には一陣が立つようになっている。フローリアン殿はエルフたちと二陣で来てもらう予定で進めているが……」
「俺は一陣に同行させてもらう。それと住居に関しては問題ない。日用品は買う必要があるけど、受け入れに関しては予定通りだ」
「それは助かるな。家具に関してはこちらで御用商人に聞いてみるとしよう」
「こちらこそ助かる。費用分の仕事はさせてもらうつもりだから、ギルドから指名依頼を出しておいてくれ」
「それでは準備を進めておこう。ゴールドバレーに移住するハクザンの住民もいるからな」
その日の夜、ハクザンでは盛大な酒盛りが行われていた。それはハクザン奪還、復興に携わった全ての者のためにウワン・クーターが開いたものであった。ゴールドバレーに戻ることになった今、酒や食料などの荷物は必要分さえあればいい。軽ければ軽いほどに移動速度は速くなるし、護衛対象が纏まっていればいるほどにモンスターとの戦闘も楽になる。けれども今はそんなことは考えず、彼らはただただ楽しく盛り上がっていた。
一番盛り上がっているのは冒険者たちが集まっている場所であり、兵士たちも今この時ばかりはと、はっちゃけている様子が窺えた。エボニーはエルフの集団の中でも少し外れた場所で飲んでおり、小さな焚き火を眺めて帰ってからの動きを考えていた。
(事情聴取には立ち会えないだろうな……拷問してるんだろうし、逆に立ち会ってもあれか。……処刑ってどうやるんだろ)
彼がこの騒動について考える中で一番最悪なのは、信者なり雇われなり、何者かが捕まっている人間を逃がすだった。神から力を奪っておいて庇うような人間が居るとは思えなかったが、どこにも金で動く人間というのは居るものだ。
王城内のことはヨセフを始めとした貴族たちに期待するのが無言の圧を与えられていいだろうか、だなんて彼が考えていると、隣にフルが腰を下ろした。
「考え事ですか?教会の上層部がどうとか」
「んー……、まぁそうだな」
「話しを聞く限り、凱旋というような雰囲気ではなくなってしまいましたね」
「いや、さすがに箝口令が敷かれてるはず。短い付き合いだけど、そういうことに手を抜かない奴が指揮してるから…………問題はまた別だなぁ」
エボニーはあえてフルに内心を語らなかった。元の世界に戻るために必要な情報──「星と魔法のリーンズ」に関連するあれこれや、教会の目的とは、なんかを彼女に語ったところで、何かが解決するわけでもないからである。
「問題というと……」
「どこまで毒が回ってるかとか?俺も分かんないけど、考えといて損はないからさ」
ヴァイスの事件からそれなりに時間が経っている。国の暗部を使ってでも解決するとエボニーに言ったにも関わらずだ。
内通者によって情報が流れているのは間違いないだろうし、教会のような規模の大きな組織のトップであれば利用価値も高く、恩を売っておこうと動く連中が居てもおかしくはなかった。急速に力をつけるブラフナー家やクーター家を疎ましく思う者など、考え始めれば敵の数にはきりがない。
ヴァイスはドーリーが持つ剣の内の一振りである「光道寸言・打蛇打七寸」を挨拶がてら返しに行くと言っていた。それが終われば教会の連中の目的を聞きに行くとも。
彼女の移動スピードがどれほどのものかをエボニーは知らないが、国が動かしている人間と合流しているとすれば、それ以上に安心できることもない。神の力を取り戻した彼女であれば、何の心配もなく全てを任せることができる。
気持ち的にも余裕が生まれるはずであった。
だがもし、そうならない場合。
どうしても自身の動きは後手になり、敵と味方の区別もつかないままに暴力を振るってしまう可能性がある。大事になって市街地戦にまで発展してしまえば目も当てられない。エルフ、ダークエルフの風評の一端を担っている以上、下手な動きも許されなかった。
「あー」
今日はもう駄目だと、大きく伸びをして背中を地面に預けた彼は、満天の星空を見つめて騎兵銃を撫でた。
「リーンズを倒したあの日もこうやって星を見てたな……」
この空には彼が知る星なんて一つもない。心をなだめる夜の静粛さだけが、彼の経験とリンクしていた。




