百四、交流の兆し。
ズーハンの最終職を祝い終えれば、いつまでもゴールドバレーに居る理由もない。昨晩の余韻もほどほどにエボニーたちは帰宅の用意を始めるのだった。
ズーハンとヘンリーは昨晩のアルコールが抜けておらず、傍目から見ても顔色が悪かったが、クランメンバーがハクザンで頑張っているだろうところに「二日酔いで……」とはとても言えず、非常に緩慢な動きではあったが荷物をまとめ始めた。
とは言っても元より大きな荷物を抱えてやってきていたわけでもなく、準備は早々に終わる。ゴールドバレーの城門を抜け、来た時と同じようにして彼らはハクザンへと走り出した。
ハクザンまでにはそれなりに時間がかかる。二日酔いのヘンリー、ズーハンのペアの移動速度が少しばかり遅いのがエボニーには気がかりであった。早くハクザンに戻れるなら、それにこしたことはない。
(それに……)と自身の背後を気にするエボニーは、フルとの微妙な空気感から生じる沈黙を気にしていた。
彼女は考え事をしていたために沈黙を苦にはしていなかったが、己の中でまとまらない考えをエボニーに伝えるかどうかを迷っていたのだ。
エボニーの召喚したキリの背に揺られるフルは彼の背に軽く体重を預け、周囲の景色をぼうっと流しながら考えるのは、エボニーに言われた「ヒトとの付き合い方」である。
彼女が生まれた時にはすでにエルフはコスモスの庇護下にあったし、長い寿命の中でヒトがどういう生き物であるかを知り、考える時間もあった。どうしても必要なものがあれば町に入ることもあり、理解が浅い、というわけでもない。
それでもヒトとエルフ、ダークエルフが近しい距離で交流を持つとなれば、どうしたって不安はつのる。
過去にダークエルフが顕聖を起こしてしまったのは事実であり、実際にその渦中に身を置いたことで大変さも痛感した。だが、顕聖は終わり、両者を繋ぐ存在によって共生が始まろうとしている。
そこで彼女が思うのは「ヒトは本当にエルフを許したのだろうか」という疑問だった。
エルフとヒトとで顕聖に対する感情は違うのは当然だろう。
顕聖を知るエルフはそれなりに存在するが、ヒトはその殆どが代替わりしている。それぞれの気持ちが違うのだろうことは分かる。けれど、その代替わりしたヒトの気持ちをフルは理解することができずに苦しんでいたのだ。
(忘れる、というのとはまた違うのでしょうか……感情が薄れる……?それもまた違うような気も……)
両親ではなくエルフという種の中で育ち、閉鎖的な群れの中で長い時間を過ごしたのが原因なのだろう。彼女にとっては、過去というのものが酷く曖昧で掴みどころのないものでしかなかった。
ワルツが神から力を奪い、病気を克服させてエルフとなった神の娘。周囲の者とは立ち位置が違うために特別視はされていたが神聖視されるほどではなく、迫害されるわけでもなかった彼女を育てた他者との曖昧な距離が、過去という像をぼやけさせる。
なんとも言語化をするのが難しく、もどかしい。
どう接するも何もなく、普通にやるしかないのでは。
いくら考えても、このような答えにしかならないのは自身がエルフだからなのか。
ヒトなら?星の民なら?
ぐるぐると疑問が回る。
コスモスの望みでヒトと過ごすことになり、星の民の仲介で新たな住居を得た。そのまま、なぁなぁの関係で適当にヒトと関わりを持って、なんとなくで過ごしていければいいじゃないか、と。
(皆に聞けば何か……いいや)
答えが他人から求められるのならそれが簡単で、楽だ。
だが、それぞれに考えがあるだろうし、彼女の益になる話ばかりが聞けるわけでもない。
周囲の景色ばかりを見ていたフルは後方を走るヘンリーたちを見やり、そして答えを出した。
分からないのなら、まずは身近なヒトに聞いてみるべきだ、と。




