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百三、宴の朝。

 頭が痛むような感覚と共にエボニーは目を覚ました。「ボトムライト」のクランハウスの床には彼の他にも見知った人物たちが寝っ転がっており、昨晩の状況を簡単に察することができた。


(皆いい感じに酔ってそのまま寝たんだっけか)


 良くも悪くも奔放であるというべきか。家に帰って寝るという選択をしたのは家庭を持っている者だけであった。そんな中でエボニーとフルだけクラテルに戻るのも憚られ、仲良く床で寝たのである。

 この世界には電気が通っておらず、蝋燭やスキルによる光源がなければ基本的に屋内は暗い。唯一の光源であると言っても過言ではない窓から入ってくる光の色合いは白く、外の時間が早いものであるとすぐに分かった。

 目に見える位置に時計もないので自分がどれだけ寝ていたのかも定かではなく「昨日何時まで飲んでたんだ……」と呟いたものの、起きているのが彼だけであるために誰も答えてはくれなかった。


(飲み始めるのが早かったからあまり遅くまでは起きてなかったと思うんだけどな)


 エボニーは額を手で押さえながら水差しを探すが、目につくのは誰かの飲みかけや空の樽ばかり。どこかに井戸があるという話を昨晩聞いたような気はするものの、酔いもあってか微かにその話が頭に残るだけである。かと言って、外に出て水売りを探すほど水が飲みたいわけでもない。どうしたものかとぼうっと佇んでいると、そんな彼の気配を感じたのか寝ているフルが身じろぎをした。

 起こしたら悪いかなと、エボニーは今更ながらに気配を消そうとするが、少しばかり遅かったらしい。


「エボニー様、ですか?……おはようございます。朝早いんですね」

「あぁちょっとな。水が飲みたくて」

「それなら一緒に行きましょうか」

「助かるよ」


 簡単に身だしなみを整えた彼女に連れられて着いた先はクランハウスの中庭だった。

 エボニーが思ったように外は夜の気配を孕んでおり、小鳥のさえずりがよく耳に届く。井戸は目の前にあって迷いようもなく、彼は一直線に井戸に向かった。


「フルは酔いとか大丈夫なのか?結構飲まされてたと思うけど」

「そうですね、私はあまり。合間でここに避難もしましたし」

「あー、なるほどな。なんか悪いな」


「いいえ」というフルの言葉を背に井戸の中へ投げ込んだ桶が水面を叩く音を聞いて、エボニーは繋がっている縄を引き上げる。


「正直、どう思ってるんだ?」

「どう、とは」

「クラテルで住むこともそうだし、俺についてもそうかな」


 エボニーは振り返ってフルを見た。彼女はとくに表情を変えずにいつも通りに見えるが、あまり表情に出すタイプではないのを彼は知っているために本心を図りかねていた。クラテルの警備は完璧と言っても過言ではないものの、一歩外に出ればそこはノトの国の首都、ゴールドバレーだ。

 人は多いし、人にはヒトのルールがある。今までと同じようにいかないことの方が多いのは目に見えている。

 そういった不安があるのなら先に聞いておきたかったのだ。コスモスに任されたとはいえ、エボニーはこの世界の住人ではない。中途半端に権力と武力を持った個人でしかなく、全てをどうにかできるような能力が備わっているわけでもない。話し合いの場はいつか必要になる。そのすり合わせというわけではないが、その時になって信頼関係があるのとないのとでは大違いだろう。


「まぁ言いにくいならいいんだけど」


 井戸へと向き直ったエボニーはくみ上げた水で顔を洗う。陽の温度を知らない井戸水は冷たく、肌と心を引き締める。一気に目が冷めたところで水を口に含み、うがいをすれば喉の渇きも幾分かマシになった。

 両者の空気はあまり良いものではないが、何か言うなら今しかない。エボニーは口を開いた。


「俺は元の世界に今すぐにでも帰りたいと思ってる。だから、文句は早めに言ってくれると助かる」


 エボニーははっきりと帰りたいと言い切った。帰れないからここに居るのだと言外に伝えるように笑みを消した彼の物言いはまるで、後のことは知らないと言っているようなものだった。


「……星の民には元より居た場所がある、というのは分かります。ですが…………私には何も分かりません。今、貴方様にどう答えるべきかも。……私たちにはエボニー様の庇護が必要なのです」

「分かってるよ。だから最低限以上のことはやって帰りたいと思ってる」

「住居を提供してくれることには感謝しています。あそこなら少し手を入れるだけで誰でも住めるでしょうから。ですがエルフとヒトは違います。誰かが間に立たないと上手くいくかどうか……」

「俺はこの世界の人間でもなければエルフでもないけどね」


 コスモスに頼まれたのは、ハクザンで起きた顕聖がダークエルフによるものではないと認めさせること。そして、エルフ、ダークエルフを彼女の庇護下でなくとも生活ができるようにすることである。

 人間とエルフがどういう関係を築くかは当事者同士の問題であり、元よりゴールドバレーにずっと居るわけではないエボニーにできることは少なかった。

 だが、だからといって放り出すわけにもいかない。せっかく外に出てきたのに迫害でもされれば、コスモスと共にエボニーの顔も立たなくなってしまう。


「この世界で生きていくのは、フル……君たちだ。付き合い方は考えておかないとね」


 踏み込んだ話のジャブとしては十分すぎたが、これでもう少し考えてくれればとエボニーは思うのだった。

投げやりな部分が大きいというのは彼も分かっているが、エルフたちは元の世界への帰還よりも優先度が低い。そこの線引きを間違えたくはなかった。

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