百、エルフから見たゴールドバレーと。
百話目です。
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マイルームの扉が叩かれる音でエボニーは目蓋を開いた。時刻は昼を過ぎ、小腹が空いて来る頃だろうか。彼の体感としては寝足りない程度の睡眠時間であったが、体を動かすのに不足はない。
ノックをしているヘンリーの名前を呼ぶ声に適当な返事を返した彼は、軽く身だしなみを整えて一階のホールに降りた。
ホールにはヘンリーとフルが既に居たが、主役とも言うべきズーハンの姿は見えなかった。
まだ寝ているのだろうかと「ズーハンは?」と、椅子に背中を預けたエボニーが目を擦って言うと、フルが「まだ起きなくて」と返した。それだけ彼女にとって神の幻影との戦闘は大変だったのだろう。夜の移動のうえ連戦だ。無理に起こす必要もないだろうと、エボニーは「まぁしばらく休憩だな」と呟いた。
「それなら俺は外に出ようと思うんだけど、二人はどうする?」
「私は……外を、街を見てみたいです」
「それなら俺は留守番してるんで、二人で楽しんできてください」
「じゃあそうさせてもらうか。あんまり遅くならないようするよ」
陽が落ちるまでとなれば外を歩ける時間は数時間程度だが、それでもエボニーが行きたい場所へは問題なく行くことができるし、フルが街を見たいと言うのならその道中で観光すればいい。フルがエルフであるためにある程度の変装は必要だが、ハクザンから多くのエルフたちがゴールドバレーにやってくれば変装の必要もなくなるだろう。
いつか彼らの日常にエルフ、ダークエルフの姿があることは当たり前になるのなら、エボニーも頑張った甲斐があるというものだ。
「外套はほしいよな……身長は、俺の方が高いけどまぁ合うだろ」
「そんな、悪いです。自分のがありますから」
「まぁいいからいいから」
二人分の外套に、武器を槍から取り回しのしやすい刀へ。他にも簡単な荷物を持って外に出た二人は、エボニーを先頭に人混みの中を進んで行く。エボニーはフルがはぐれないようにいつもより歩幅を小さくし、フルは周囲に控えめに視線を配りながら遅れないように付いて歩いた。
「あれは……」
「ハクザンに行くやつかな」
「でしょうか。随分と大きな店舗のようですが」
大通りに合流した彼らの目に入ったのは、大きなお店の前に止まっていた数台の荷車だった。山と積まれた木箱の中身は定かではないものの、荷箱の上にかけられたシートと固定のためのロープを見る限りではこれから荷下ろしというわけではなさそうであった。
エボニーは何度かこの通りを通っているために全く知らない店ではないが、このような荷物の山を見るのは初めてだった。彼は縁がないために中に入ったことはないが、大通りに店を構えていることからも非常に優秀な商人の店であるのだろう。
「冒険者も何人か居るな。武器からしたら中堅ぐらいか」
「エボニー様の感覚は当てになりませんからね……」
「そんなことないと思うけどな」
荷車を守る冒険者と、店舗が必要とする以上にあるように見える荷物の行く先はどこか。大量の日用品や雑貨が必要となれば行き先はまずハクザンで間違いないだろう。復興に向けて動いているのは現地の人間だけではないのだという光景は彼らの心を温めた。
ハクザンから離れているために、今も復興を進めているだろう彼らに少々の申し訳なさを感じつつ、エボニーたちはどちらともなく、再び大通りを歩き始めた。
往く順番はやはりエボニーが先導する形であり、どこに向かうのかとフルが訊ねてみると、彼は「教会」と言って小さく笑った。内緒話をするように互いの距離を縮め「ちょっと偵察しておきたくて」と言うエボニーの目が非常に冷たいものであったことにフルは気が付いたもの、末恐ろしいものを感じたために咄嗟に言葉は出てこなかった。
「ぱっと警備の人数だけ見ればいいから」
「……何かあるのですか?」
「もう何もないんじゃないか。抜け道とか、隠し通路がない限りは」
「疑っているのですね。私にはそこで何があったのかは知りませんが……」
「疑ってるというか……、気になるってだけだよ」
エボニーが向かっている教会とは、ヴァイスが囚われていた神殿である。一度寝たことで思考が整理されたのか、ふと頭の中に疑問が出てきたのだ。
ヴァイスが入っていた繭が彼女から力を吸い上げていたのなら、はたしてその繭の先はどこに繋がっているのか。
魔術や魔法によって離れた場所に力が飛んでいるのならエボニーにはどうしようもないが、繭を構成する糸によって物理的に伝達されているのなら、それを辿るのはさほど難しいことではない。
(ヴァイス救出から時間が経ってるから証拠隠滅されてるかもしれないけど、他に気になるところもないしな……。事情を知ってるお偉いさん方は逃亡に必死で誰も後片付けしてない可能性だってあるし。そもそもあそこは王家とかの墓地なんだから、下手に触れないと思うんだが)
幸いなことに時間と心には余裕がある。警備が多ければまだ何かがあることも考えられるし、逆に少なければ「夜の外套」を使って少しずつ調べればいい。エボニーからしたら結果はどちらでも構わないのだ。結局のところ一度はハクザンに戻らなければならないため、すぐに行動を起こすわけでもない。
そういうつもりでの偵察という言葉であった。
「フルの目から見てこの街はどう見える?」
話題を変えるように口を開いたエボニーの言葉に彼女は改めて周囲を見渡した。
大通りには多くの人が居る。着飾った人や武器を持った人、そして貧相な人。一目で貧富の差がはっきりと出てしまうこの光景をエボニー自身はあまり好ましくは思っていなかった。だが、住んでいる以上はどうしても目に入ってくるものだ。彼はそれらとの付き合い方を、極力見ないという形で行っていたが、エルフである彼女ならばどうするのか。純粋に気になったのである。
エルフが住むコスモスの神域では皆が平等で、貧困者など居ないようにエボニーには見えた。そこだけ見れば元の世界と殆ど変わらない。
ならば似たような環境で育った彼女ならどう思うのか。
言葉にはしないが、彼の中には望んでいた答えがあった。
できるかぎり自身と近しい感情を持っていてほしいという願いがあった。
「好ましくない」とはっきり言ってほしかった。
だが彼女は人間でもヒトでもなく、貴族家の娘であり、どこまでもエルフというヒトを超えた存在だった。
「そうですね……別になんとも、でしょうか。ここまで大きいのは今回が初めてですが、変装して町に入ることはありますし。人ってこんなものではないですか?」
「んー、ま、そうだな」
自分から聞いておいて物悲しさを感じる自らにため息を吐いた彼は、「そりゃそうか」と独り言ちた。




