九十九、ちょっとした気楽な時間。
コスモスの神域から出たエボニーは「沈黙の地獄」の戦闘跡を確認してからゴールドバレーまでの道のりをゆっくりと進んでいた。
寝れていないために頭痛はしているし、ズーハンがワルツの幻影に勝てたのかも気になるところではある。もし勝てたのだとしたら、最終職への到達を祝して皆で酒を飲むのもいいかもしれない。このなんとも言えない着地点を見失ったふわふわとした感情のままに酔えたなら、さぞ気持ちがいいことだろう。
ズーハンたちの移動手段は基本的に歩きだ。ヘンリーが馬を召喚できるがさすがに三人は乗れないため、キリで飛ばせば彼女らの脚に追いつく可能性はあった。
だが、今はもう少し愛馬の背中で考えていたかったのだ。
(ハクザンに戻ったとして……シーファ家は信用できるのか。これからのことを考えるとあんまり関わらないほうがいいんだろうけど、貴族の情報源は大いにこしたことはないんだよなぁ)
貴族のコネはあればあるだけいいとは言わないが、星の民であることを考えればデメリットは少ない。おぼろげながらではあるがゴールが見えてきた今、エボニーがゴールドバレーに居る時間は今までよりも少なくなるだろう。顔を合わす機会自体も減るし、短期の依頼であれば苦でもない。
他にも教会関係者が逃げたという情報があるレイクトップに向かうのもいいし、シーファ家を観察しながらハクザンの復興に尽力するのも悪くない。
(教会については国が動いてるし、そういう情報はヨセフから聞けると思えばこれ以上の縁は要らないんだけど。現状だと特に動く必要はないと言われればそうだし。いっそのこと居座って壊れた防具を全部直すなり新調するのも悪くはないか)
目的地こそ決まっていないが、やっておいて損のないことは少しずつ目の前に転がっている。
時間制限の設定がエボニーがこの世界に耐えられなくなるまで、という曖昧な状態だからこそ、あそこでワルツとコスモスと会話できたのは精神的にいいことだった。無理矢理な終わり方であれ、望んでいない結末であれ、縋る先が見えたことで多少の余裕が生まれたのである。
エボニーは歩行の全てをキリに任せ、落ちないようにだけ体勢を変えて「どうするかなー」と空を見上げてみる。
「キリはどう思う?」なんて問いかけてもキリは何も答えてはくれない。一瞥をくれるだけで、目が合えばすぐに前に向き直る愛馬の首筋を撫でた彼は、少しずつゴールドバレーへと向かう歩幅を大きくさせるのだった。
◇
「エボニーさん!」
クラテルの扉を開けて聞こえてきたその第一声で、彼はズーハンが最終職になれたのだと理解した。
彼女の声色にはエボニーを心配するものと合わせて、確かな喜びの色があった。親に高得点を取ったテスト用紙をみせるようなそれを聞いて、エボニーは素直に「おめでとう」と言葉を贈った。
ズーハンと一緒に居るヘンリーとフルも彼女への祝いの気持ちはあるようだったが、彼女らがエボニーを見る表情はあまりすぐれない。
途中で一人離脱したことで達成感に水を差し、心配をさせてしまっているのにも彼も分かったが、その結果を報告することは難しいように思えた。ズーハンやヘンリーなどは教会にクランをかき回されたこともあり、これ以上巻き込むはためらわれたのだ。
それに、家に帰ってきたという安心感から来る眠気の方が小さな葛藤を上回ってしまえばどうしようもない。
「ちょっと寝かせて?」と言う彼の姿はなんとも締まらないものであったけれど、憑き物がとれたような彼の様子を見て、ズーハンたちは一先ずの安心を得た。
「それでは、それぞれ寝ましょうか。私たちも寝てないので」
「それなら良さげな毛皮でも持ってくるか」
「起きたら宴会だな」
「私起きられる気がしないなぁ」
「主役なんだし嫌でも引っ張っていくさ」
「それってヘンリーが飲みたいだけじゃないの?」
会話は楽しく、思いのほか続くものではあるが、節々に浮かぶ疲労を隠す必要がなくなった各々の顔は下を向きがちだった。武具を脱ぎ捨てて寝る支度を整えていく動作は緩慢であったし、飛び交う声かけも間延びしたものだ。
そんなこんなで床についたエボニーは一度深く目を閉じ、体の向きを変えて薄っすらと目を開ける。時間で言えば七時頃だろうか。不健康な睡眠時間ではあるものの、徹夜でSSSを遊んだかつての日々が静かに彼の口角を持ち上げた。
体を重たくするだけだった疲労と共にベットに身を委ねて彼が見た夢はこの世界に来てからと、今までの人生が入り混じった無茶苦茶なものであったが、目が覚めてみれば悪いものではないと思うことができる程度の、よくある夢であった。
お盆休みは東京にいる予定なので来週の投稿はお休みです。よろしくお願いします。
飛行機飛ぶといいなぁ……。




