九十八、ワルツの娘は。
「なんでそんなに死にたがるんだ」
どうにかエボニーが絞り出した言葉がこれだった。贖罪だとワルツは常々口にするが、エボニーはどうも彼の心に寄り添えなかった。
「…………」
ワルツは何も答えることはなく、ただエルフの家々を見ていた。
そこに何があるのか。何を思っているのか。神になった彼にしか分からない苦難があり、それは他人には類推が難しい。人間から神になったのはこの世で彼一人なのだ。
答えを待ってそれぞれの間に沈黙が訪れる。けれどそれは長く持たず、ワルツは何も言うことなくその場から消え去った。まるで夢を見ていたかのようにワルツが居た痕跡は一切なく、瞬き一つで居なくなったのである。
会話のないままにエボニーとコスモスだけが取り残されたものだから、両者もどこか気まずい。
そんな中で先に口を開いたのはコスモスだった。
「彼は。見ていられないのでしょう。この景色を」
「ここの、ってことか?」
「エルフ、ダークエルフに良い思い出がないのです」
「……自分の子を救ったんじゃないのか。ワルツは神になって、人も神にしようとした」
「それを望んだのは自分だけだった」
コスモスはエルフたちの家屋に目をやっていたが、その目は更に遠くを見ているようだった。快晴が広がるコスモスの神域の雰囲気も相まり、エボニーは彼女から夏の終わりの寂しさを感じたのである。
エルフたちを神域に匿っていることから、彼女とワルツとには何かしらの関係性があるのだろう。コスモスが最後に放った「それを望んだのは自分だけだった」という台詞こそ最たるものだろう。それこそ、遥か昔にワルツが吐いた弱音だった。
「……ワルツの娘は子を産んだ後。夫と共に自殺しました。彼女がエルフになって三年目のことでした」
「それは……」
「体の弱かった彼女は私への祈りをかかしませんでした。ワルツの薬では足りなかった。故に「命と調和のコスモス」に縋ったのです。ですが私は彼女を救わなかった」
「生きる命があれば。死ぬ命もある」というコスモスの言葉にエボニーは頷く。
ドーリーは「神とは自然の化身だ」と言った。ならば何もおかしなことはないように思える。祈れば誰もが救われるなんて夢物語でしかない。救われたとしても、それはほんの一握りだ。
「彼女はエルフになって病を克服して。ヒトとしての幸せを生きて死にました。あまりにも醜く。永遠の命に相応しくない最期でした」
「どうして、死んだんだ。もっとやりたいことがあったんじゃないのか」
「それを三年で終わらせたのです。薬を与えられ。命を与えられ。幸せを与えられ。たった三年で己の幸せを消費しつくしたと勝手に思い死んだ。……彼女は他を知りませんでした。救われない命。捨てられる命。それらを知らず。働く術も知らず。彼女は燃え尽きたのです」
ワルツが神から力を奪い、エルフというヒトを超えた種となった結果がこれならば、ワルツが思いつめるのも当然だった。
罪滅ぼし、贖罪。彼の行動の端々に出る後ろめたい感情こそ、彼が深いところに持っているものなのかもしれない。
「フルというエルフを知っていますか」
「……知ってるよ。一緒にご飯も食べた」
「そうでしたか。彼女はワルツの孫にあたるのです。どうか、よくしてあげてください」
「別に、悪くしようなんて思わないだろ。耳が長くて、長生きするだけの人間じゃないか」
「ここはそんなに優しくはないのですよ。ヒト。ドラゴン。妖精。ドワーフ。それぞれが血と因縁を混ぜて成り立つ世界ですから」
エボニーも戦ったことがある「針葉の巨人」は森と妖精の子という設定があるように、SSSにおいて混血の生物は多く存在するが、ヒトのコミュニティに参加している種族はヒトとドワーフだけである。
それ以外の混血たちの存在をエボニーはSSSで見なかったし、この世界に来てからも知りはしない。当たり前のように存在しないから深くは考えてこなかったが、一度考えれば不安が胸をくすぐって仕方がなかった。
ヒトが他種族と子を成しえないのならそれでいいものの、この世界のヒトはエボニーの知る人ではない。神にもなれれば、エルフにもなれる。この世界は、可能性に溢れている。
「貴方は妖精に好かれていますね」
「妖精……?」
「目には見えませんよ。本来ここは妖精たちの国だったのですが、随分賑やかになりました」
「ここはコスモスの神域じゃないのか」
「私の神域ですよ。そして妖精の国でもある。ヴァイスがドワーフの神であるように。私は妖精の神なのです」
ここが本来は妖精たちのための国だと聞いてエボニーは納得した。
コスモスの神域であると同時に妖精の国であるのなら、エルフたちが暮らしやすい場所であるはずもない。移動が不便だったり、常に日が出ていたり。ヒトに合わせたものであるなら当然だった。
「それよりも。龍の台地で見るべきものは見たのでしょう。外はもう明け方です。帰りなさい」
「……分かった。色々と考えてみるよ」
「では」
「うん」
あまり実行したくはないものではあるが、元の世界に帰る方法を見つけることはできた。
リーンズがどこへ行ったのか、教会がどこまで関係しているのか。宿題として考えることは多いものの、確実に一歩を踏み出したという感触はあった。
うろを抜けたエボニーは青白く広がる空を見上げ、大きなあくびを一つしてから背伸びをした。




