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十、星の号令は。

 マイルームへ走ってきたエボニーは息を整えながら、ペンを探して机の上を探していた。ゲーム内の記憶を頼りにするのであれば、羽ペンが飾ってあったはずだった。


 ボールペンかシャーペンでもあればいいのだが、残念ながらそんなものはない。


 羽ペンと合わせてインク瓶も手に取った彼は「不便だよなぁ」と呟いてから部屋を出ようとしたものの、何か手土産でも、と思ってアイテムボックスを覗いてみた。


 四人でも持ち上げられるかどうかというほどの大きさのそれは、SSSだと殆ど無制限にアイテムを収納することが出来た。

 だがそれはゲーム内での話であり、彼は異空間的な処理がされているのだろうと思っていた。それほどまでにSSSで貯めてきた素材は膨大で、大きいとは言ってもこの程度の箱で納められる量ではないと分かっていたからだ。


(素材も使わないだろうけど、無くなってたら泣くなぁ……)


 金銭がギルドに使われて無くなったように、モンスター素材も何かしらの事情で消えてしまっていたら……。そんな心持ちで開かれたアイテムボックの中は、彼が思った以上に整理されていて、試しに回復薬を取り出したところで仕様を理解した。


 たしかに回復薬は手に持っているはずなのに、コンビニでジュースが補填されるように、アイテムボックには回復薬が出現したのだ。魔法か何かで実際に目には見えていないが、ストックされている状態であるのが分かって彼は安堵した。


 結局のところ、彼がお土産に選んだのは蜂蜜の瓶が数個であった。モンスター由来の特別なものであるが、三等星のモンスターというのもこれを選んだ理由だった。市場にも出ているはずだ、と。

 登りと同じように階段を飛び越えてホールに戻ってきたエボニーは、指に挟んだインク瓶と蜂蜜を揺らして円卓に置いた。


「お待たせしました。とりあえずこれ、お土産にでも持って帰ってください」

「これは……蜂蜜ですか?ありがとうございます。またお返しを準備させていただきますね」

「気にしないでください、ろくなおもてなしもできないもんで」


 エボニーは殺風景なホールを見渡して苦笑いを浮かべつつ、「水差しか何か、また揃えておきます」と口にして円卓に着いた。


「昨日話した職業の三段階目を書こうと思ってたんですよ。ちょうどよかった」


 インク瓶の蓋を開けて職業系統図を思い浮かべるエボニーの様子を伺いながら、ヘレナも席に着いた。「書きながらで構いませんので、よろしいですか?」と囁く彼女の声が思ったよりも近くで聞こえてきたことに彼は驚きつつも、「ええ」と小さく答えた。

 エボニーが書き始めるのを待って、彼女は語り出す。


「ハンターギルドで一番名前が売れている冒険者は教会と貴族の子飼いなのですが、エボニー様の噂を聞いたようでして、気をつけていただく必要があるかと思いまして」

「あぁ教会ね、はいはい」

「教会はドラゴン種を狩ることを禁じるようになりましたから、エボニー様の鎧姿は余計に目を惹くかと」

「はい?そんな馬鹿なこと……」

「残念ながら本当のことなのです」


 SSSのメインストーリーを知っているエボニーからすれば、彼女の言葉は到底信じられるものではなかった。ゲーム開始時、人間とドラゴン──「星と魔法のリーンズ」と、その眷属たちとは敵対関係にある。


 リーンズの眷属たちが他のモンスターをけしかける事で人間が襲われ始め、ハンターギルドが設立。人間側が押し返していくにつれてハンターは冒険者と名前を変え、五分五分の状況まで戻したところで「星の民プレイヤー」がやって来るのである。

 人間とドラゴンとの因縁を解消するところまでがメインストーリーの流れであり、それがどう転んだらドラゴン種の禁猟になるのか分からなかったのだ。


 エボニーの筆は自然と止まってしまい、脳裏ではヨセフ・ブラフナーとのやりとりが再生される。ゴールドバレー城を歩いている時の会話だ。


『ヨセフ、さっきから驚かれるんだけど』

『教会が馬鹿なことを言っているんです。貴方が気にする事はありませんよ』


 歩いているエボニーに驚いていた人たちの視線の意味を、そこで彼は初めて理解した。


「……ピュアホワイトの鎧は、そっか、そういうことだったのか」

「信者とまではいかずとも、ゴールドバレーには教会にお世話になっている者たちが多くおります。鑑識眼に優れた者であれば、エボニー様の鎧がドラゴン由来のものだとすぐに分かるでしょう。最悪の場合、急に攻撃される可能性だってあるかと」

「言っちゃ悪いけど、馬鹿しか居ないのか……教会には」


 ドラゴン種の素材は武器、防具はもちろんのこと、難しいクエストに挑む祭には必須級のアイテムの調合にも使われる。二等星のクエストから姿を見かけるようになるそれらを狩ることを禁止しているとなれば、一等星のクエストなんてあってないようなものだ。


「あー、ドラゴン種の狩猟クエスト自体はあるのか?」

「あっても誰も受けないでしょう。もし死んでしまえば、教会に蘇生を頼むことになりますから」

「教会、教会、教会……」


「なんなんだ」と独り言ち、彼は再びペンを走らせ始めた。

 「歩兵」「弓兵」「衛生兵」「魔術兵」「騎兵」。五つの基本職から伸びる系統樹は、エボニーの感情も乗せて伸びていく。


(ハンターの腕が一向に上がらないのも、俺が変な目で見られるのも、何もかも教会のせいじゃないか)


 職業名から、それぞれの転職条件まで。ブラフナー家とクーター家のために伸びきったそれを二枚書ききり、一枚をそのままヘレナへと手渡した。そしてもう一枚。職業とは関係のない手紙を書き始める。


「それをウワンさんに。職業の転職条件ね」

「承りました。もう一枚のそちらは……」

「ちょっとブラフナー家に頼みたいことがあってさ。あと、手紙の内容を言うから、それもウワンさんに伝えてほしいんだ」


 クーター嬢はそこでエボニーの纏う空気感が変わったのを肌で感じたのか、聞き逃さないように静かに頷いた。


「最初はブラフナー家に馬と人を貸してもらいたかったんだけど、ここまで来たらとことんやろう。一週間で俺の用事を終わらせる。そこから、俺が教えられるものは出来る限りで教えていこうと思う。「騎兵」系ならまったく問題ないし、ほかの職業もある程度は使えるから、アドバイスとかは言えると思う。あと、世話になってる冒険者に戦い方を見せる約束があるから、一緒に見るようになるかもしれない」


 SSSに出てくる五柱の神に会う。準備も含めて一週間もあれば、十分に達成の見込みはあった。何も戦う必要はないのだ。


 それにもし戦うことになったとしても、易々と負けるつもりもなかった。


「目標は全員の最終職到達と、ギルドランクを一等星にまで上げること。何も教会の力を落とさなくてもいいから、俺たちがそこまで並ぶんだ」


 エボニーは話しながら手紙に書く内容をまとめていき、最後まで言い切って筆を置いた。手紙に書かれた文字は綺麗ではなかったし、言葉遣いも貴族に宛てて送るようなものではなかった。


 だがそれは、ヘレナから見ても魅力的な提案であった。きっと、両家から良い返事が帰って来ることだろう。


 職業の三段階目。それは貴族の力の象徴であり、一般の冒険者には決して届かないものである。

 ブラフナー家なら「騎兵」系。クーター家なら「弓兵」系。それぞれの職業に担当している家があり、三段階目の転職条件を口伝で伝えてきた。

 それが全て纏められた紙一枚にどれだけの価値があるのかなんて、考えるまでもない。


 誰かに奪われやしないだろうか、と挙動不審になってしまいそうなそれだけでも十分だというのに、そこに戦闘指導までもらえるのだから、断るに断れないというのが両家の立場なのだが、彼はそんなもの知ったことではない。


「うし、取り敢えず手紙は出来た。これを届けて準備を進めないとな」

「それでしたら私からお渡ししておきましょうか。エボニー様もお忙しいでしょうし、できることならお手伝いさせていただきたいのです」

「それは助かるよ、ありがとう。午後からはギルドの方に居るか、外で狩猟してるかだと思うから、用事があるならどっかで待ってもらうのがいいかもしれない」


 エボニーはブラフナー家への手紙をクーター嬢に渡して席を立った。彼女に注意されたように、ピュアホワイトの鎧から別のものに着替えるためだ。彼はお互いに言い残しがない事を確認すると、最後に彼女に頭を下げた。


「教会側の動きを聞かせてもらって助かったよ、ありがとう」

「いいえ、こちらこそ急に押しかけて申し訳ありませんでした。それに手土産までいただいてしまって」

「ここには俺以外居ないし、土産も別に大したものじゃないから気にしないでいいよ。それじゃあ、そろそろお昼だしお開きにしよっか」

「機会があればまたお話しいたしましょう。その時はもっとエボニー様の事を聞いてみたいです」

「ええ、機会があれば是非」


 ヘレナとはまた話す機会がやって来るだろうと、エボニーにはどこか確信めいたものがあった。これが日本なら機会はやってこなかったのかもしれないが、ここでは現実の繋がりがより一層大切にされる。

 その空気感というものを彼が理解できたが故の確信であったのなら、それはきっと喜ばしいもののはずだ。彼が、この世界に馴染んできたということなのだから。

お知り合いの物書きである三城さんからSSSのSS(ショートストーリー)を頂きました。

以下のリンクから飛べますので、ぜひ読んでみてください。


https://ncode.syosetu.com/n9041ho/


三城さん、ほんとうにありがとうございました。

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