大団円の裏でなんだか不穏な空気が流れているみたいです③
湖畔に停めてある小舟の陰。
そこで一人の女性がひっそりと気配を消してたたずんでいた。
その女性の正体はリン。
そして小舟の陰に一人の男が隠れるように立っていた。
目深にフードをかぶり、ただ者ではない空気を纏っている。
「ミリィはダメそうだね」
低く、剣呑な雰囲気漂う男の声音にリンは静かに頷いた。
「はい……あの雰囲気、すっかり悪霊は払われてしまったと思われます」
男はゆっくりと嘆息する。まるで呆れていることをリンに見せつけるような仕草である。
「まいったねぇ『新たなる神の依り代』として素晴らしいほど深く暗い闇を抱えていたあの少女が、我が主の分霊を使いこなすのに最適だと思っていたあの子が……」
再度嘆息するとフードの男は首を掻く。
「せっかく一生懸命頑張って彼女の家を潰して不幸な境遇に仕立て上げたってのに……大事な作品を一つ台無しにされた気分だね」
「心中お察しします」
「やはりシャンデラ家からインプション家に養子先が変更になったのが大きいか……わがまま放題のお嬢ちゃんの義理の妹になれば心の闇はさらに膨れ上がると思っていたけどさ。先方が養子縁組みを白紙にしたのは何でかな?」
口調はフランクだが実に圧力のある口調。例えるなら部下の失態をなじるイヤミな上司のそれである。
リンは顔色一つ変えず淡々と答える。
「すいません、マリアお嬢様の性格が急に変わられてしまって旦那様が養子の件をなしに……私ではどうしようもありませんでした」
「あぁそうだったの、せっかく養子を取るよう時間かけて誘導してくれていたのに。そっちも無駄骨になっちゃって辛いでしょ。で、原因は特定できたかい?」
ここにきてリンは眉を寄せて本気で困った顔をした。
「それがまったく」
「まったくってことはないだろう」
やや強い口調のフードの男。
リンはウソ偽りなく答える。こっちもわからねぇんだよ……と。
「まったくなんです、自己啓発本でも読んだのかと思いましたがそれらしい本すら見あたらず……」
そこまで言うリンに「本当なのか」と納得するフードの男、職務怠慢を誤魔化すためならもっとマシなウソをつくだろうとでも思ったのだろう。
「自己啓発本でなかったら高名な僧侶の説法か……いやぁどちらにせよ凄い変わりようだ。無感情のキバ・イズフィールド・アネデパミだけでなく高慢ちきなイゾルデまでほだされるとは」
苦労人の中間管理職のように小さく頭を下げ続けるイゾルデを見やりフードの男は強めに首を掻いた。
「使えると思って手下を一名つけていたんだけど、何かあったら処分すればいいと言ってさ……そしたら知らぬ間に廃人になっていたよ、幻術を使えるほどの結構な手練れだったんだけど。あ、幻術って知っている? ロクの地の狐が使う妙な術 ―」
「いえ」
話が長くなりそうなところをぶった切るリンにフードの男はつまらなそうに口をとがらせた。
「ここ数年の努力がパァだ、予備のプリム・ルンゲルですらほだされたみたいだし」
フードの男は腕を組み、トントンと指でリズムをとってから何かを思いついたのかパチンと指を鳴らす。
「リン・リンネ」
「はい」
「我が組織に仕える精鋭の一人である君に命じる、マリア・シャンデラを始末しろ」
「……私がですか?」
「本当はミリィがシャンデラ家を掌握してから彼女をコントロールする役目を君にと考えていたんだけど頓挫しちゃってね。そんでもってあのマリアのお嬢様、心に闇なんかなさそうだしコントロールも難しそうだからいっそ始末しちゃった方がいいかなって」
遠くにいるマリアを指さすフードの男。
「……」
リンは無言を返す。
「ほら、キバと仲良くなりすぎて権力つけすぎたらいずれ驚異になるじゃない。場所、手段、時期……問わないから好きな時に好きな方法で殺しちゃってね」
「……」
「我が主のために頼むよ」
「……………………はい」
リン・リンネ。本名不詳。
悪しき精霊を復活させる組織のエージェントが一人、悪霊の支配下にあるミリィを養子にするようシャンデラ家に進言し内部から掌握する役目を担っていた女性。
これは一応ワルドナゲーム上の「裏設定」に該当する内容で本来ならば表に出てくることのない……はずであった。
しかし度重なるイレギュラーのせいでこの設定が日の目を浴びることになってしまうとは、マリアにとって知る由もなかったであろう。
そして湖畔にてもう一人たたずむ少女の姿があった。
「……」
ワルドナのヒロイン、ジルである。
※ブクマ・評価などをいただけますと助かります。励みになります。
皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。
また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。