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魔法学園のために学校説明会を頑張ります⑦


 ギンタローが謎のプロ根性で試行錯誤しているなどつゆ知らず、イゾルデの差し向けた刺客をギンタローと勘違いしているキバは黒服と相対する。



「あ、あのキバ様」



 キバが変に暴走しないか心配するマリア。


 一方サリーとロゼッタは止めることなくその様子を眺めている。キバが本物であることを知っている彼女らは息巻くイゾルデの鼻をあかせるとウキウキですらあった。


 キバはというと「きなさい」と一言、変な拳法的な構えで黒服を迎えようとしていた……ちょっぴり童心に返ったかのようにごっこ遊びに興じて少し楽しそうでもある。


 逆に黒服は相手が無防備すぎて警戒し出すが……「偽物なんてこんなものか」と意を決して飛びかかる。



「しぃ!」



 鋭い身のこなしから繰り出される渾身のストレート。


 キバはそれをキッチリと顔面で受けた。



「あ~れ~」



「「「え?」」」



 驚くマリア、そしてロゼッタとサリー。


 交通事故かと思うくらい宙に舞いドサッと倒れるキバ……会場は一瞬にして静まり返った。



「アハハハハ! やった! やっぱりだ!」



 事が思い通りに運んだイゾルデは飛び跳ねて喜んだ。


 しかし、殴った方の黒服は額に汗を滲ませていた。



「こいつ、わざと……なんでだ?」



 まったく避ける素振りも見せず、拳が顔面に触れた瞬間、半身を翻し宙に舞ってダメージを相殺し……しかもやられた振りをしている。


 相当な手練れだと一瞬でわかった黒服だがわざと倒れている意図がわからず警戒心がなおも高まる。



「かぁ!」



 不安をふりほどくように気合い一閃、バンと床を蹴り構え直す黒服。


 その震脚に床が揺れ思わずマリアは膝を突いて倒れてしまった。



「きゃあ⁉」


「わふ⁉」



 マリアの悲鳴、そしてモフ丸と戦おうとせず自分を追撃する姿勢の黒服……


 そこでようやくキバは気が付く。



「あなた、ギンタローではないですね」


「何を……」



 膝を突いたマリアを見て先ほどまでのちょっぴり楽しそうな顔はどこへやら、キバは鋭く冷たい表情へと変貌する。



「 ―ッッッ⁉」



 見た者を凍えさせるような視線、思わず黒服は身震いし後ずさってしまう。


 イゾルデはためらう黒服を煽り立てる。



「睨まれただけで何をビビっている! 早くとどめを刺してコイツが偽物だと証明してみせるんだ!」


「うるっせぇなぁ……クソ!」



 このやりとりを聞いてやっと理解できたキバは小さく嘆息した。



「偽物と暴くためとはいえ、ずいぶん野蛮な手段を選びましたね」


「何をボソボソしゃべっている!」



 畳みかけろとはやし立てるイゾルデ。


 キバはゆっくり戦闘態勢に入った。



「いやはや間が悪いというか、それは同情します……しかし、許せぬ失態をあなたは犯しましたね」


「偽物が何をのたまう! さぁやってしまえ……え?」



 憤慨するイゾルデの前でキバはおもむろに胸元を広げてみせた。


 そこには……人ならざる竜の鱗がビッシリと生えだしている。


 キバが竜族の力を発揮する、その前兆である。



「そ、それはぁ⁉」


「何を驚いていらっしゃるのかわかりませんが、お望みだったのでしょう? 見せて差し上げますよ竜族の力……マリア様に膝を突かせたことは万死に値しますから」



 次の瞬間、ふわりと宙に浮くキバ。竜族の浮遊術である。



「な……が⁉」



 黒服の男に驚く暇さえ与えず、キバは真上から彼の頭を掴んでみせる。


 流れるような動きで黒服を担ぐ、いわゆるバックブリーガーの体勢だ。


 そして ―


 ゴキィ!



「ぐげぇ!」



 腰骨粉砕一歩手前コース。


 会場中に響きわたるほどの大きな音を立て担いだ黒服を御神輿のように上下に揺すってゴッキャゴッキャ音を鳴らすキバ。


 泡を吹こうがお構いなし、時折空中に放っては担ぎ直し再度腰骨を攻撃……たまらずマリアが止めに入った。



「き、キバ様! もうギブしていますから放してあげてください!」


「マリア様がおっしゃるのならこのくらいにしておきましょう」



 マリアに言われ、ようやくキバは黒服を降ろす……というより腰を抜かしていたイゾルデの方にブン投げた。


 そしてキバは目で訴える、「その男を連れてどこへでも行け」と。


 すぐに理解できたイゾルデは捨て台詞すら吐くこともできず小刻みに頷いた後、黒服を背負い急いで会場を後にした。


 まるでこの一連の流れは芝居の殺陣を見せられたかのような雰囲気。


 誰がでもなく呟いた「やっぱり本物だったんだ」の言葉がやがて大きなうねりとなって会場を包み込んだ。


 ロゼッタは頭をポリポリ掻いて楽しそうに呟いた。



「やれやれ、とんだ大立ち回りを見せられたぜ」


「いいんですか、向こうの生徒会長にあんなことして?」



 苦言を呈するサリーにロゼッタは肩をすくめた。



「あん? 喧嘩売ってきたのはあっちだぜ? 相手が悪かったなぁ、いや本当に」



 ニヤリと笑うロゼッタ。いまいち騒動の発端がわからず若干置いてきぼりのマリアは狼狽えていた。


 そんな彼女にキバはスピーチを促した。



「お待たせしましたマリア様、会場は温めておきましたのでスピーチをどうぞ」


「え? この流れでスピーチを⁉」



 キバが本物だとなると彼がマリアの執事であることも事実……


 竜族の王子を従える女傑、マリア・シャンデラの登壇に一瞬で会場は静まった。


 畏敬、畏怖の眼差しに、ただでさえ苦手なスピーチがさらにやりにくくなりマリアは困惑するしかない。



「うぅ、でもやるっきゃないのね……」



 この会場の異様な空気、カンペを持つマリアの手も震えていた。


 そしてイゾルデが勝手にしくじった今、ジャンやウルフリックたちを魔法学園に入学してもらうために失敗はできない。


 生徒会の仕事が成功すればホームパーティでミリィと自然に接触できる。悪霊が払えて死亡フラグも回避できる。


 色々なプレッシャーに押し潰されそうなマリアはサリーに助けを求めるような視線を送る。



「緊張感ハンパないわ。ねぇサリー、今から代わってくれない?」


「それはどうかと思うわよマリア」


「覚悟を決めてスピーチしてくれぃ」



 グイグイとマリアの背中を押すサリーとロゼッタ。


 演台の前に立つとより一層視線が集中しマリアは狼狽えてしまう。モフ丸をついつい強く抱きしめてしまうほど緊張していた。


 そんな彼女の緊張が伝わったのか、モフ丸は彼女に何かを咥えて差し出した。



「わふ」


「え? これは……」



 モフ丸が差し出した物、それはマリアの愛用している三角巾だった。



「わふり」



 マリアに三角巾を差し出すモフ丸。


 その眼差しは「あなたらしく話せばいい」という慈愛に満ちていた。



「……私らしく、か」


「わっふ!」



 マリアの脳裏に出会ったばかりのイシュタルの言葉がよぎる。



「君らしくしていれば大丈夫だから」……と背中を押してくれた言葉だ。



 あの言葉を思い出した長谷川麻里亜の目から迷いが消え去った。



「サリーゴメンね、せっかく作ってもらったけど」



 マリアは手にしていたカンペをポッケに押し込むと ―


 ビシィ!


 愛用の三角巾をギュッと頭に巻いた。


 上級貴族の謎行動に周囲はどよめくがキバは「これぞマリア様の戦闘態勢」と温かい目で見守っていた。


 目の奥に光が宿るマリア。


 彼女は深呼吸を一つするとゆっくりとしゃべり出した。



「ぬか漬けは奥が深いです」


「「「⁉」」」



 いきなりぬか漬けと言い出し、全校生徒の頭の上にハテナマークが浮かんだ。


 マリアはその反応に対しニカッと笑って言葉を続けた。



「あれってただ漬けるだけじゃダメなんですよ、毎日混ぜてあげて手間暇かけてパリッと歯ごたえのある漬物に仕上がるんですよ」



 ぬか漬けのコツを語りだすマリア。


 全校生徒はにわかにざわめきだした……大丈夫なのか、この人はと。



「ぬか漬け? どういう意味なんだ」


「もしかしてぬか漬けに竜族を従える成分でも入っているとかかしら?」


「キバ様の好物だったりして、だったら私毎日漬けちゃう」


「聞いているだけで食べたくなってきた」



 しかし自分の言葉でつむぐ彼女のスピーチは聞く者の耳にすんなりと入ってくる。


 しだいに生徒たちは疑問を抱きながらも精一杯何かを伝えようとするマリアの言葉に耳を傾け始めていた。



「学校生活も同じだと思うんですよ。ただ漬かるだけじゃダメ、時に自分で、時に友達にかき混ぜてもらわないと美味しく漬からないんですよ。確かに資格とかも重要ですけど、大事なのはそういう人間関係を培えるぬか床……っと失礼、土壌だと思います」



 ぬか漬けと学校生活を対比させ自分の言葉で伝えるマリア。


 伝えたいことを、たどたどしくも口の端っこに泡をため必死で言葉をつむぐ。


 正直、イゾルデやロゼッタのスピーチと比べたら拙いことは否めないだろう。


 だが生徒たちは気が付けば真剣な目で彼女を見つめ、その思いに耳を傾けていた。 



「「「……」」」



 彼女の言葉を誰もメモは取っていない。


 心に響く拙い訴えに手が止まるほど聞き入っていたからだ。



「入学してからまだ数か月ですが、ウチの学園は生徒会も含めそういう環境が整っていると思います。だから……」



 そして最後に、言葉選びに困ったマリアは少し考えた後大きな声で訴える。



「お父さん……」


「「「?」」」


「お父さんお母さんを安心させたいかぁぁぁ‼」



 マリア、いや、長谷川麻里亜の魂の叫びだった。


 自分が学校選びで家から近く家族のために通いやすい環境を選んだことを思い出しそのことを訴えたのだ。


 将来の夢があろうとなかろうと、根底には家族への思いがあるはず……と。



「将来が不安だったりどうしたらいいかわからない、悩んでいたりする少年少女は生徒会が面倒みるわ! 皆さんの入学! お待ちしております! 以上!」



 両親、家族を大事にしたいマリアの本音。


 そして、元の世界に戻ってまた家族と笑いたいハセマリの叫びでもあった。



「「「…………」」」



 両親や祖母、弟……家族優先で学校を選んだ長谷川麻里亜の実に愚直で荒削りな訴えに会場は一瞬静まりかえった。


 そして ―


 パチ……パチ……


 パチパチパチパチパチ ―


 彼女の熱い思いが伝わったのだろう、生徒たちからは万雷の拍手がマリアに向けられる。



「そうだよな、資格も大事だけどそれだけじゃないよな」


「貴族の下に就けば安泰と思っていたけど、自分のやりたいことを目指した方がお父さんお母さんも喜んでくれるわね」


「マリアさんみたいな人がいてくれるならサイファー公国魔法学園の方が魅力的だぜ!」



 にわかに活気づく生徒たち。


 ロゼッタたちも生徒たちにつられマリアに惜しみない拍手を送っていた。



「たまんねぇスピーチだな。やっぱマリアちゃんを連れて来て正解だったぜ」


「えぇ、マリアらしさ全開でしたね」


「わっふふ」


「そうですね、家族への愛情、それが私がマリア様に惹かれた理由の一つ……再確認させていただきました」



 そして、ふさぎ込んでいたミリィも彼女のスピーチに少しだけ明るい表情を見せていた。



「お父さん、お母さん……か」



 商売が成功し下級貴族になれたのはいいものの、事業がうまくいかず一家離散してしまった過去のあるミリィ。


 その後、施設に預けられサリーの家の養子になった彼女は自分だけが貴族の暮らしをして良いものか、恨まれているんじゃないかと疑心暗鬼に駆られていた。


 そんなわけないよ、自分が両親を大事にしているようにあなたの両親だって大事に思っているはず。


 マリアにそう言ってもらえた気がしたミリィ、彼女の目に少しだけ精気が戻っていた。



「両親のために……そうね、今は会えないお父さんお母さんにいつか会えると信じて、その日のために胸を張って会えるよう前向きに生きなきゃ」



 ミリィの心が晴れやかになるに連れ、彼女の中に眠る何かが段々と弱まってきているが本人も、他の誰も知る由はなかった。


 一方、ジャンとウルフリックも彼女の熱意に感化されたようだ。



「なれるのか、俺もサイファー公国魔法学園なら一角の男に……こんな俺でも」


「そうだな! 資格よりお父さんお母さんを大事にしたい気持ちの方が大事だ! 俺は魔法学園に行くぜ! 一緒に目指そうぜ親友!」


「…………まだ俺を親友と言ってくれるのか? ウルフ」


「おん? 親友は親友だろうぜ?」



 自暴自棄になり勝手にウルフリックから歯牙にもかけられていないと思いこんでいたジャン。


 彼もまた、陰鬱だった気分がマリアのスピーチによって晴らされたようである。


 こうして何か忘れている気がしなくもないが学校説明会は大成功を収め幕を閉じたのだった。


※ブクマ・評価などをいただけますと助かります。励みになります。


 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 


 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。

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