魔法学園のために学校説明会を頑張ります⑥
そして学校説明会の時間が訪れた。
チャペルのような建物の中で学生たちは各々のクラスごとに分かれて座っている。
さながら全校集会。
こういうとき多感な中等生だったならば大抵はぺちゃくちゃおしゃべりに勤しむもので「はい、静かになるまで三分かかりました」などと言い出す先生の一連の流れが起こるものだが ―
ザワ……ザワ……
私語というよりはざわめき。
張りつめている空気は面接のそれに近く、姿勢を正し手を膝上に置いている生徒が大半だった。
それもそうだろう、正面壇上にはロゼッタとイゾルデ、両校の生徒会長。そしてその横にはマリアとサリー生徒会役員がいるから……ではない。
マリアの後ろで悠然と待機しているキバに全校生徒の注目が集まり、やんごとなき存在に皆が緊張しているからである。
完全に視線が集中しているのだが慣れているのかキバは何事もないように真顔でモフ丸を抱き抱えていた。
注目が自分たちでないことに薄々……いや、露骨に感じているロゼッタとイゾルデはちょっぴり不満顔だ。
「わかっちゃいたけど、こうも露骨だと嫌になるねぇ」
キバを偽物だと信じているイゾルデは憎悪の表情である。
「今だけだぞニセキバ……お前が偽物であることなんぞボクぁお見通しなんだ……」
平然としているキバは何事もないようにモフ丸に話しかけた。
「モフ丸君、手はずはバッチリですか?」
「んわっふ!」
「もちろんですとも、大成功を収めましたら一緒にビーフジャーキーパーティと洒落込みましょう」
「わふっふ」
そしてサリーは会場にいるミリィの方を見つめていた。壁を作り誰とも話をしようとせずうつむいている彼女に心配を隠せない。
「ミリィ……」
マリアはというとミリィの後方にいるジャンとウルフリックを見やっていた。
「学校説明会か……デルフィニウム高校で資格取って食いつないでいこうかな……いや、そもそも俺、卒業できるのか?」
「お? デルフィニウム高校に行くなら俺も行くぞ、魔法学園も魅力だけど友達が一緒の方が楽しいからよ」
(こっちも深刻よねぇ……今日の説明会で魔法学園に来てくれればいいんだけど、スピーチもあるし頭が混乱しちゃうわ)
サリーが作ってくれたカンペに必死で目を通すマリア。スピーチなんて無縁の人生を送ってきた長谷川麻里亜にとって緊張の色はさすがに隠せない。
そんな中、司会進行役のジルが壇上にあがる。
「ただいまより、学校説明会を開始したいと思います」
堂々とした彼女の司会ぶりにマリアは唸る。
(うんうん、さすがゲームでもツッコミ役のジルね。MC向きの性格しているわ)
パチパチパチパチ……
響きわたるまばらな拍手。
その拍手の中まず演台に向かうはデルフィニウム高校のイゾルデだ。
「それではデルフィニウム高校生徒会長のイゾルデさんからの説明です」
ちょっぴり緊張の面もちのイゾルデは控えめに前髪をかきあげるとデルフィニウム高校の特色や良さ、サイファー公国魔法学園との違いを説明し出した。
「わがデルフィニウム高校は ―」
誰かプロがちゃんと考えたであろう文章に目を通しスラスラと自分の高校の利点や良さを述べ連ねるイゾルデ。学校説明会とあってしっかりメモをとる生徒の姿も。
「貴族とのつながりを重視し、すぐに好条件で就職できるようなプログラムと学生でも優先的に修得できる資格プランの数々をご提案できるかと ―」
資格関係も独占という耳障りの悪い単語は上手く誤魔化し「優先的に」「習得しやすい」など言葉を選び非常に魅力的なスピーチに仕上げて見せた。
「 ―以上でデルフィニウム高校の概要を終わりにします」
パチパチパチ ―
拍手が鳴り満足そうに戻るイゾルデにロゼッタが声をかける。
「へぇ、なんか策でも練っているのかと思ったら案外まっとうなアピールだったな」
「後のお楽しみですよロゼッタ会長」
凡庸で物足りないと挑発まがいの言葉をかける彼女に余裕の態度を見せるイゾルデ。
「なんかやらかす気だなコイツ」とロゼッタは口元をつり上げた。
「いいねぇ、こういう風に張り合ってくる奴は久しぶりだ。たぎってきたじゃねぇの」
「続きまして、サイファー公国魔法学園 ―」
「あいよ」
ジルの呼びかけに応じ演台の前に立つロゼッタ。
しかし……身長が足りず演台には頭しか出せないでいた。
「……」
「「「……」」」
沈黙に包まれる会場。
(なんか打ち首獄門みたいね)
喉まで出掛かったマリアはすんでのところで自重していた。
ロゼッタは涙目でイゾルデの方を見やる。
「……やるじゃねぇかイゾルデ会長、これを考えていたのか」
「あの、それはボクの狙いじゃないです」
「……そうかい」
申し訳なさそうに否定するイゾルデ。
ロゼッタはただのハプニングと知りさらに悲しい顔を見せるしかない。
ジルが大急ぎでミカンの木箱を抱えてきて彼女の足下に置いてあげた。
「これで大丈夫ですかロゼッタ会長」
「面目ねぇ」
気を取り直しジルが司会進行に戻る、心なしか声が無理して明るめになっていた。
「お待たせしました! サイファー公国魔法学園のロゼッタ会長です! 拍手っ!」
パチパチパチ ―
ロゼッタは咳払い一つして気を取り直し学校説明を始めた。
「あ~、ゴホン。サイファー公国魔法学園のロゼッタ・ミルフィーユだ、生徒会長をやっているぜ」
多少のトラブルはあったがロゼッタの真面目な学園アピールに魔法学園を志望している生徒たちはバシバシとペンを走らせていた。
ロゼッタのアピールタイムも終盤にさしかかった頃、ロゼッタはマリアに演台の前へ来るよう指示を出す。
「さて、オイラの話ばかりじゃ退屈だろう? 同じ生徒会で新人のマリア・シャンデラが学園の良さを伝えてくれるぜ、なぁマリアちゃん」
「あ、はいっ!」
顔をひきつらせわかりやすく緊張しながらカンペの最終確認を始めるマリア。
「うぇっと、サイファー公国魔法学園の良いところは……」
「お足元お気を付けくださいマリア様」
「んわっふ」
カンペをガン見するマリアを気遣うキバとモフ丸。
その時である ―
「ちょっといいですか?」
スッと挙手しイゾルデが前に出てきた。
「なんでぇイゾルデ会長、まだオイラんところの番だろうがよ」
イゾルデはイヤミったらしく前髪をファッサーかきあげるとチッチと指を鳴らしてみせた。
「いえいえ、この場でハッキリとさせたいことがありましてね。キバ・イズフィールド・アネデパミ卿の件でして」
「私ですか?」
スッと前にでるキバ。それだけで会場全体が色めき立つ、主に女子生徒が。
意気揚々としているイゾルデにロゼッタは片眉を上げて苦言を呈する。
「オイお前、まさか……偽物と言って難癖付ける気じゃねぇだろうな?」
「少々違いますね、難癖ではなく告発ですよ」
「証拠もねぇのに水掛け論になるだけだぜ、説明会を台無しにするだけだ」
イゾルデはなおも不適に笑った。
「中等生の皆々様! ここにいるキバ、竜の王子と名乗る男が偽物であると! このボクイゾルデ・デルフィニウムが立証して見せましょう! そして! 偽りの名声を得ようとするサイファー公国魔法学園より我がデルフィニウム高校が誠実であると示させていただきましょう!」
大見得を切るイゾルデに会場がざわめいた。
「え、偽物だったの?」「キバ様がまさか……」「でも確かに執事になるか普通」「本物を見たことないしそっくりさんならわからないよな」
一抹の不安が次々と会場中に伝搬する。
「キバ様ならば竜族の力! 竜の鱗を身に纏い空を飛び尋常ではない力を発揮すると耳にしておりますが ―」
「はぁ、別に構いませんが」
やれと言われたらそのくらい……軽く空を飛ぶとか本来見せてはいけない力なのだが、マリアにぞっこん過ぎてすっかり忘れているキバが淡々とやって見せようとしたその時である。
そんな動揺の中、黒服に身を包んだ男が一人、壇上に飛び上がった。
どさくさに紛れ尋常ではない身のこなしで登壇する彼に教師陣は制止する言葉もかけられずにいた。
「……ふん」
黒服の男はキバと対峙し、イゾルデはほくそ笑んだ。
そして、ニヤケるイゾルデを見てこの場にいる誰しもが思った、「偽物キバの実力を見るために招き入れた刺客」だと。
そう、本人キバとモフ丸をのぞいて ―
奇しくもギンタローに同じようなことをさせようとしていたキバは彼をすっかりギンタローが変身したものだと思いこんでいる。
「まったく、間が悪いですねギンタローは。空でも飛んで本人だと証明してからでも良いと思うのですが」
嘆息一つするとキバは黒服に向き直る。
「まぁ気合いを入れてびっくりするほど別人に変身したことに免じて、許してあげましょう。ではモフ丸君、作戦通りマリア様のおそばに」
「わふふふ」
「なんですって、『マジで別人かも?』ですか? さすがギンタローですね」
「わふ……」
「あ、はい、気を付けます。えぇ」
黒服がギンタローではないかもと察したモフ丸は警戒しながらもマリアの懐へと飛び込んだ。
一方、そのギンタローはというと……
「ふ~む、悪党ですからもう少し強面にせねば……」ヌリヌリ
「向こう傷をつけて素浪人仕立てですぞ! ……いやいや、まだまだ美しさが隠し切れていませんなぁ」ヌリヌリ
「ふ~む、どう頑張っても美キツネがにじみ出てしまいます。我の美しさは罪ですな」ヌリヌリ
「まぁちょっと遅れても説明会終了に間に合えば問題ありますまい、しばしお待ちをマリア殿!」ヌリヌリ
変化の術で大人化してから小一時間……未だトイレの鏡の前にて誰も求めていないクオリティを一人追い求めていた。
※ブクマ・評価などをいただけますと助かります。励みになります。
皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。
また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。