三話「もふもふ護衛ペットを貰いに行きます!」③
カランコロン――
ドアに付けられた金が店内に鳴り響いた。
扉を開けた瞬間から挽きたてコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
カウンターとテーブルが数席の小さな喫茶店。
しかし豆の種類が豊富のようで自家焙煎から量り売りまでやっているようだ。
中では獣の耳を垂らした亜人の老店主が足を組みながら新聞を読んでいた。
マリア以外客はいない。
彼女に気がついた老店主は無愛想に声をかけるが、貴族風の女の子の来店に眉をひそめた。
「いらっしゃ……ずいぶん身なりのいいお客さんだな」
彼に会釈したマリアはカウンターの端に座ると「予約席」とかかれている札をマジマジと見ていた。
そしておもむろにその予約席と書かれた席に座る。
「……」
「どうかしましたマスター?」
怪訝な顔をした老店主は獣耳をピクつかせ品定めをするような目付きで彼女を見やる。
「あんたみたいな客がねぇ……こっちだ、当店自慢の自家焙煎の「豆」を選んでくれ」
頭を掻く店主につれられて裏口へと向かうマリア。
そのまま彼女はコーヒーを焙煎しているであろう小屋へと案内された。芳醇な香りは思わず深呼吸したくなるほどだった。
「いい香りね~」
のんきな顔のマリアに老店主は疑うようなまなざしを向け続けていた。
「確認するがウチがどんな「豆」を扱っているか知ってるんだよな」
「はい、ちゃんとキバ様に直接許可をいただきました!」
力強く宣言された店主は「やれやれ」と言いながら豆袋をどかし床板を外す。
すると地下へと続く階段が現る。
「ついてきな」
促す老店主。
降りた先は香ばしい香りとは打って変わって獣の臭いが充満した檻だらけの空間が待ちかまえていた。
檻の中には眼光鋭く牙をむいている、いわゆるモンスターだった。
「ここがモンスター研究施設ね」
モンスター研究施設。
ワルドナ世界のゲーム中盤の「モンスターテイムシステム」イベント解放から利用できるようになる施設であり、設定上では「モンスターの研究」や「引退したテイマーのモンスターの保護」などを目的とした場所である。
(しかし、こうしてゲーム画面じゃなくて自分の目で見るとすごい迫力ね)
むせるような獣臭をむしろ楽しんでいるかのような好奇心旺盛なマリアは老店主にゲームじゃ聞けなかったことを尋ねてみる。
「もしかしてモンスターの臭いを消すために自家焙煎のコーヒーで喫茶店をしているんですか?」
「最初は臭いを誤魔化せりゃなんでもよかったんだが……今じゃすっかりコーヒーにハマっちまってなぁ」
「遠方から豆を買い付けにくる客もいる」なんてちょっとハニカミながら老店主はコーヒーを用意してくれた。
「改めて、カフェ「マメウサギ」の店主ヤタベエだ。元モンスターテイマー今は研究者……いや、ただのコーヒー好きのおっさんだな。この一杯はサービスだ」
「あらサービスいいのね、ありがとうヤタベエさん」
「で、興味本位で聞くけど貴族の嬢ちゃんがなんでモンスターをもらいに来た?」
真剣なヤタベエのまなざし。
この人に嘘は付きたくない、そう思ったマリアはゲーム転生の事は伏せつつ事情を説明した。
「キャンベル家のお嬢様だったのか」と驚いたヤタベエは納得の表情を見せてくれた。
「命を狙われるかもしれないから護衛にモンスターか。人間じゃ気が付かないモノでもモンスターなら関知できるし目の付け所は悪くねえ」
得心したヤタベエは非礼をわびる。
「疑ってすまねぇ、貴族連中の中にゃ虐待や実験目的の連中もいやがるもんでな」
「そんな連中がいるんだ」
「もちろん追い返してやるけどな」
ニヤリと笑った後、ヤタベエはモンスターを見繕いはじめる。
「で、どんなモンスターがいいんだ? 護衛ならこいつをお勧めするぜ」
「キシャー!」
彼がまず紹介してくれたのはアナコンダ並の体躯をもつ大蛇のモンスターだった。
「隙間に潜れるし温度を感じ取って隠れている奴も見つけることが出来る、寒いのが苦手だが貴族様の家なら問題ないだろう」
笑顔で進めるヤタベエにマリアは申し訳なさそうに断った。
「ごめんねヤタベエさん、もうちょっと毛が生えていた方が……」
「毛?」
「そう、毛」
毛と言われ首を傾げるヤタベエは「ならば」と別の檻を案内してくれる。
「そうか、ならこのシルバーバックならどうだ?」
「フンゴー!」
次にヤタベエが紹介してくれたのは実に元気で実に巨大な白髪の大猿だった。
「すさまじい握力で暴漢も一ひねりだろうよ。人間の料理の味を覚えちまって野性に帰れなくなっただけで気性も問題なし、心優しいやつだぜ」
「ワーオ……ビックワン……」
呆然とするマリア、毛こそ生えているがここまでデカいと目立ってしょうがないと狼狽えていた。
「悪くないのだけど……」
「なんだ? 歯切れが悪いな」
そう、マリアは別に蛇といったは虫類が苦手というわけでも猿が嫌いというわけではない。
ただゲーム本編に支障をきたさぬよう「モフモフ好き」という設定を守りたい&目立ちたくない一心なのだ。
ゆえに「毛」や「目立たない」は彼女にとって譲れない項目であった。
もちろんそのまま説明できないので少々誤魔化しながらヤタベエに説明する。
「ペットみたいなのなら父が許してくれるかと」
「ペット? あぁカムフラージュ出来る奴をご所望か、いたかな?」
そういって頭を掻きながら奥へ向かうヤタベエ。
そして彼が連れてきたのは実に小さなカゴだった。
「ペットっぽいって言われちゃ、今はこいつしかいないな」
ヤタベエが持ってきたカゴ。
その中には小さな体躯のモンスターがうずくまっていた。
「ワフ!」
愛くるしい瞳にモフモフとした葦毛の毛並み。
まるで子犬のようなモンスターはマリアを見るや否や起き上がり嬉しそうに吠えていた。
人見知りをしない性格なのだろう、尻尾をばたつかせてカゴから飛び出て彼女に抱き着く。
モフッとそのモンスターをキャッチしたマリア。
「なにこの子カワイイ!」
思わず大きな声を上げてしまうほどそのモンスターは愛くるしかった。
ヤタベエはなつかれている様子を見て微笑みながら説明を始めた。
「たぶんコボルト系のモンスターだろうな」
「コボルトって二足歩行のワンちゃんでしょ? この子完全に犬なんだけど? あと人語を解せるようになるはずなのに……」
うろ覚えのゲーム知識を思い出すマリア。
それに関して研究者であるヤタベエはわかりやすく解説する。
「実はな、コボルトってのは生まれたては犬と変わらん」
「そ、そうなの?」
「そうだぜ、人間だってすぐに喋れないし当分はハイハイだろ?」
「あぁ、確かに」
納得のいったマリア。
ヤタベエはコーヒーを飲みながら目を細めコボルトの赤ちゃんを見やる。
「俺が発見した時は一匹でうずくまっていた、生まれてすぐ群れからはぐれたか珍しい毛の色だから捨てられたか……ま、ほっとけなくて拾ってきたんだ」
「不思議な毛の色のコボルトか……」
マリアはしばし熟考する。
(コボルトなら前衛系のタフなモンスターに成長するはず。身を守ってくれる護衛にはうってつけね。そして何より――)
「ワフゥ?」
「可愛いもん!」
そう、思わず心の声が口に出てしまうほどこのモンスターは愛くるしかったのだ。
「モフモフ」という条件を完璧にクリア。
加えてこの可愛さならペットとして飼いたいと言い出し四六時中一緒にいてもなんら不自然ではない。
(むしろモンスターというより普通のワンちゃんと言い切っても押し通せるくらいよね)
マリアは即決した。このモンスターしかいないと。
「この子をください! 大事に育てますから!」
ヤタベエは快く了承した。
「いいぜ、「モフ丸」の奴も懐いているし断る理由がねぇ。キバ様の頼みだ、ロハで譲ってやる」
「モフ丸?」
マリアは首をかしげる。抱きしめているモンスターもつられて首をかしげる。
「あぁ、俺が勝手にそう呼んでいるだけだ。モフッとしていてすぐ丸まって寝るからモフ丸だ」
安直なネーミング。
しかしハセマリはその素直なネーミングがこのモンスターにぴったりだと思った。
「モフ丸……いいわねその名前! よろしくモフ丸!」
「ワフゥ!」
ライ○ンキングよろしくモフ丸を両手で高く掲げるマリア。
高い高いをされた子供のようにモフ丸はキャッキャと喜んでいた。
マリアの気分は最高潮である。
(モフッとしてカワイイペットとして言い張れる前衛モンスター! 完璧よ!)
死亡フラグ何するものぞ、序盤の死体役なんてまっぴらごめんと意気込むマリア。
さぁいざ帰還となったその時だった。
――カッ……カッ……
ゆっくりとした靴音が地下に響く。
「邸宅にいらっしゃらないと思ったらやはりここでしたか」
黒髪をかき分けながら現れたのは先日シャンデラの屋敷で会った竜の王子、キバ・イズフィールド・アネデパミ卿だった。
思わぬ来客にヤタベエもマリアも驚いた。
「竜族の王子様!?」
「アネデパミ卿!? どうしてここに!?」
地下への階段を降りる様は歌劇団の舞台役者のように画になっているキバはマリアの前へと歩み寄った。
※次回も明日19時頃投稿します
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