魔法学園のために学校説明会を頑張ります④
マリアは中等学校の渡り廊下を歩きながら現実世界の学校とついキョロキョロして見比べてしまう。ファンタジー世界とはいえ公立、施設は普通の学校と特に変わらないが……
「魔法の授業があるから実技教室に焦げた跡とかあるのね……」
その様子をサリーが物珍しそうに見ていた。
「マリアの学校にもあったでしょ? 魔法の教室」
「あ、いやっ! 懐かしいなーと思ってさ! アッハッハ」
必死で誤魔化すマリア。その声が聞こえたのか授業中の生徒たちがこちらの方に注目しだした。
「魔法学園の学校説明会……ってキバ様だ!」
―ワイワイ、ガヤガヤ
超有名人を発見し授業中にも拘わらず窓の方に集まりだす生徒たち。
「会長もいるよ~い……てやんでぇ」
人気の差にさすがのロゼッタもへこみ気味である。
(完全に芸能人の付き人状態だものね私たち……一応付き人はあっちなんだけどな)
完全にキバの人気に食われている状態の生徒会一行、へこんでいるロゼッタをサリーがーフォローする。
「まぁまぁ会長、このキバ様人気をウチの学校の評判につなげて人材をたくさん確保しましょう。ほら、お手振りお手振り」
「お、おうとも」
やんごとなきお方のように生徒に向かって手を振るロゼッタ、そしてキバとマリアたち。
「わっふ」
「あそれコンコン」
モフ丸とギンタローのペットコンビも手を振って生徒たちにアピールし始める。
「いいですね、ここは存分にアピールしてマリア様の素晴らしさを伝える一助になりましょう」
「わっふ」
「大事なのは注目……その通りですなモフ丸殿。カワイイ我々が慕うマリア様も可愛いと注目していただくことが肝要、少々『きゃら』ではありませぬが我慢しますぞっ! あそれフリフリ」
「わふりふり」
「何しているのよモフ丸……あら?」
呆れるマリアがふと見やった教室の奥。
その隅っこで一人こちらの方を気にも留めず教科書を眺め続ける少女の姿があった。
「あれは ―」
深窓の令嬢を思わせるたたずまい。
薄幸の美女と呼ばれそうな儚げな表情は薄いブロンドの髪に透き通った肌の色と相まって触れれば消えてしまう幻想的な妖精と間違えてしまいそうになる。
ワルドナのゲーム内での名前はミリィ・シャンデラ。
現在はサリーの家の養子になっているのでミリィ・インプション……マリアを殺す予定の悪しき精霊に取り憑かれし少女である。
「どうしたんでぇマリアちゃん、早く行こうぜ」
「あ、ハイ」
ワルドナ、そして自身の人生にとってのキーパーソンであるミリィとのニアミスにマリアの鼓動は一気に高鳴った。
(あの子ね……このままではサリーが殺されてしまうかもしれない。それはワルドナのゲームにとって由々しき事態。何とかして悪霊を払わないと)
ギンタローの力で確実に払える確証はない。
ぶっつけ本番、失敗する可能性は高い。
だとしてもむざむざと殺されるわけにはいかない。キバ、モフ丸、ギンタローの力で多少傷ついても生き延びさえすれば現世に戻ることができる。
標的を目にして俄然やる気を出すマリア、そんなことを考えているうちに応接室へとたどり着いた。
「説明会までまだまだ時間がありますのでこちらでおくつろぎください」
案内の先生もロゼッタではなくキバの方を向いて話していた。もう完全にメインはキバである。
「まぁ、仕方ねぇやな。次期亜人の王だもんよ」
応接室のソファーに座るや否や嘆息交じりで呟くロゼッタ。
彼女は自分にそう言い聞かせて心の安寧を得ようとしていた。
一方、黙っているマリア。先ほど見かけたミリィのことでどうやら頭がいっぱいのようである。
(どうしようかしら、今すぐギンタローを……いえ、いきなりは怪しまれるし、相手は私を殺す予定の女の子、いきなり襲ってきたら……うぬぬ)
自分を殺すきっかけや理由がマリアがプレイした範囲で明かされていない以上、最悪いきなり悪霊が暴走し戦闘になる可能性もある、様子を見て少しずつ打ち解けるべきか静観するか考え込んでいた。
ここがターニングポイント、焦って下手は打てないと逡巡するマリア。
その様子が気になったのかサリーが彼女に声をかけてきた。
「マリア、ちょっと外に行かない?」
「ぐぬぬ……え? どしたの? トイレ?」
ツレションかと平気で聞いてくるその辺はお母さんなマリアにさすがのサリーも苦笑いである。
「まぁ、そんなところね。キバ様はここにいてくださいね、不用意に出歩くと大騒ぎになるんで」
「あ、ハイ。もちろん」
そう言いながら付いていこうとしていたのだろう中腰になりかけていたキバ。そんな彼にギンタローが耳打ちする。
「キバよ、好機ですぞ。マリア殿のいない間に策を練ろうではないか」
「わっふり」
「えぇ、そうでした。マリア様の素晴らしさアピール作戦を練りましょう」
そう言って応接室の隅でプチ会議を始める一人と二匹。
そんな様子を意に介さず、ロゼッタは腕を組んで唸っては自問自答していた。
「防衛大臣の孫ってんでチヤホヤされ続けてどっか思い上がっていたオイラにゃいい薬になったぜ。名前負けしないよう精進が必要だな、ちがうかいロゼッタ・ミルフィーユよぉ」
サリーはこの状態のロゼッタに慣れているようで「そっとしておいてあげましょう」とマリアの背中を押す。
マリアは会釈だけするとサリーと一緒に応接室から退室したのだった。
廊下を並んで歩くマリアとサリー。
キバの時ほどではないがすれ違う生徒たちが恐縮して頭を下げてくる。
それをそつなく対応するサリー、気品漂う彼女の仕草には貴族としての貫禄がにじみ出ていた。
一方マリア、設定は上級貴族だが中身はお母さんみたいなキャラなので「あ、どうもどうも」とご近所挨拶をしてしまう。
そんな彼女だがサリーとこんな風に二人で歩くことは初めてなのでちょっぴり緊張していた。
(うーむ、サリーから二人になろうって誘われたのは初めてかも)
ということはおそらく何か二人きりで話したいことがあるのだろう、キバ様やロゼッタ会長抜きで……
現世ではちょくちょく友達の相談役になっていたマリアはすぐさま察した。
「……」
サリーも緊張しているのだろうか、少し無言になった後、ゆっくりと切り出した。
「さっきミリィがいたのわかった?」
「あ、うん」
クラスの隅っこで静かにたたずんでいる少女を見て浮いているを越え浮き世離れしているとさえ感じたマリア。
基本誰とでも分け隔て無く接することのできるマリアだが、そんな彼女でも話しかけるのを少し躊躇ってしまうほどの雰囲気だったのを思い出す。
その浮いているミリィについてサリーはポツリポツリと話し出す。
「学校でも大人しいと小耳に挟んではいたけど、実際目の当たりにすると結構ショックね」
「学校でも?」
聞き返すマリアにサリーはゆっくりと頷いた。
「そ、家でもあんな感じなの。色々事情があるのはわかるんだけどさ……ずっとあれじゃ家でも使用人が普通に接しようとしなくなってきていて」
頬に手を当て困り顔のサリー、そうとう家で気を使っているのがわかる。
この手の相談は何度も受けてきたマリアはサリーを元気づけながら自分の考えを示してあげた。
「気を使いすぎても難しいものよ、そういうのって。甘え慣れない子って距離がどんどん離れちゃう」
「やっぱそうなのかな……」
「あと、友達と離れて寂しいとかあるんじゃないの? あの子養子になる前はどんなところにいたのかしら?」
ゲーム上では「シャンデラ家の養子」という設定しか知らないマリアは自然に尋ねてみる。
個人情報だからだろうか、それとも込み入った話になるからだろうか……サリーは言葉を選びながらミリィの出自について貴族の事情を交えながら教えてくれた。
「なんていうか施設と言っていいのかしら」
「施設?」
説明に困りながらサリーは続ける。
「貴族にも色々な事情があるのはマリアも知っているわよね」
(すんません、よく知らないっすわ)
転生して数か月も経っていない別世界の貴族社会事情など安くて美味しい食材などの台所事情の方に興味があるタイプのマリアは笑って誤魔化した。
「私の家みたいに実績を重ね貴族社会に貢献して上級貴族の仲間入りを果たすものもいれば現在の上級貴族に反抗的な下級貴族もいる……他にも上級貴族の下請けに甘んずる商人気質が抜けない家とか。でも一番問題なのは……」
「問題なのは?」
「 ―お金の力で貴族の仲間入りを果たす粗野な連中が増えたのよ。いわゆる『金で称号を買う』貴族が増えたってわけ」
上級貴族に賄賂を掴ませる、没落した貴族の名前を高額で買い取るなど……いずれも品を欠いた行為を貴族社会は問題視しているとサリーは苦々しく語った。
「なるほど、たまたま本が売れたラノベ作家やちょっと人気でたぽっと出のユーチューバーみたいなものね」
「ゆーちうば?」
「あぁっと、こっちの話」
自分の世界に置き換えてなんとか理解しようとするマリア。
サリーは聞き慣れない単語を気にしながらも話を続けた。
「お金で平民から貴族に成り上がる……つまり、お金を失ったら平民に逆戻りしてしまうこともあるの。貴族の称号を剥奪されて、もともとプライドばかりで品格のない人間も多いから逆恨みなんかもあってね。家柄や伝統あっての貴族だというのに ―」
サリーも最近上級貴族になった家柄でその手の「成り上がり」と一緒くたにされてしまうことに疲弊しているらしい。
そしてマリアは何となくミリィの出自がわかってきた。
「もしかしてミリィは貴族の称号を剥奪された家の子なの?」
サリーは静かに頷く。
「ええ……深くは詮索していないけどたいていは夜逃げに一家離散、自ら命を絶つものもいると聞いているわ、ミリィのご家族もきっと……」
「そう……なのね」
儚げな表情、吹けば飛んでいってしまう空気感はそのせいだと納得したマリア。
サリーは校庭の方を見やる。
ワイワイ楽しく遊んでいる平民の子供や貴族出身の子供たちの様子に目を細めていた。
「そういった出自の子は不憫よ。平民からはなじられ貴族界隈では鼻つまみもの……どっちつかずの宙ぶらりんな存在になり親戚の家を転々と。でもね、そんな子供たちを預かる施設があってね、貴族の養子として迎え入れられるその日まで教育してくれる施設がね」
ミリィが浮いている理由がわかったマリアは「中等生の身でそれはキツイわね」と同情の色を見せる。
「ミリィちゃんはきっと色々な感情がない交ぜになっているのね……もし家族が不幸な目に遭っていたら自分だけ幸せになって良いものか、裏切られるんじゃないか、そういう葛藤があってサリーから距離をとっているんだと思うわ」
だからサリーも自分を責め過ぎないでねと気遣うマリア。
強ばっていたサリーの表情がじんわりとほぐれる。
「相変わらずマリアは優しいわね。その優しい言葉が欲しくて相談しちゃったのかも」
「うん、何にせよ時間が経てば解決してくれると考えるしかないわね」
様々な深慮遠謀が張り巡らされた状況であえて毒を飲む覚悟でミリィを養子として引き取ったサリー。
ミリィには悪しき精霊の依り代として何か仕込まれている疑惑がある。
しかし一人の人間としてミリィのことは放っては置けない、今の境遇を含めて様々なことが彼女の本意ではないと察しているからこそサリーはマリアに心境を吐露しているのだった。
マリアも似たような心境である。
ゲームの造られた世界。
本来、長谷川麻里亜が生きている現実とは別の世界。誰が死のうが苦しもうが所詮ゲームのキャラと割り切ることはできる。
が、ハセマリはそういう割り切りはできないタイプ。ゲームのキャラだろうが悲しいものは悲しい。
だから自分の身代わりにミリィに命を狙われるかもしれないサリーを知らん顔はできないしミリィも心配なのだ。「そこもハセマリの良いところ」とはイシュタルの弁である。
「マリアがミリィのことを気にかける理由はこの際聞かないでおくわ」
「あ、うん」
ゲームの世界に転生したマリアを大精霊の導き手だと勘違いしているサリーは「わかっているわ」と気遣うそぶりを見せる。
「それよりもミリィが心配ね」と彼女は頬に手を当て嘆息する。
「あんな辛そうな顔……せめて学校ではと思っていたんだけど」
「友達でもいたら少しは違うんでしょうけど」
心通わせる同年代がいれば、学校で笑えれば家でも笑えるのではと考えたマリアだが高等生が中等学校の人間関係に首を突っ込むのはいかがなものかと再び考え込む。
「何か妙案ある? マリア」
「妙案ねぇ……下手に権力のある高等生の私たちが口出ししすぎたら、変な目で見られてもっとふさぎ込んじゃうわよね」
そんな会話をしているうちに校内を一周してしまったようで二人は応接室に戻ってきてしまう。
「着いちゃったね」
「うーんゴメン、まだこれといった打開策が思いつかないや」
小さく謝るマリアにサリーは「いいのよ」と笑顔で返す。
「無理しないで良いからね、今日のメインは学校説明会だから。スピーチ頑張ってねマリア」
「うへぇ、忘れていた……」
舌を出し苦そうな顔をするマリアに微笑みながら応接室の扉を開けるサリー。
しかし、応接室はその微笑みを吹き飛ばすほど剣呑な空気に満ちあふれていた。
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