魔法学園のために学校説明会を頑張ります①
天界 ―
神々が住まう楽園。
そこには北欧神話や八百万の神など名だたる面々が各々の領域で過ごしている。
そんな神々は定期的に集まっては時に喧々諤々、時に和気藹々に話し合う決まりがある。
そう毎度毎度実のある議題があるわけではなく、世間話や与太話、タヂカラオに服を着せろと「集まって話すことか?」に留まることもしばしば……
例えるなら参加自由な会社の定例会議みたいなもの……真面目な神は毎回顔を出し、またある神は「無意味」とあまり顔を出さなかったり。参加する神の数でその時の議題にどれだけ関心を持っているかのバロメーターになっているのだが……
ザワザワザワ ―
そして、今回の会議には多くの神が各々の領域から足を運んでいる……その様子だけで今回の議題がどれだけ興味を持たれているかが窺えるだろう。
陽の見える丘にそびえる吹き抜けの神殿。
その中央に設えられている大きな円卓には名のある神々がすでに鎮座していた。
いつもなら談笑を交えながら八百万、北欧神話など縁のある神々で分かれているのだが今回は少々違っていた。
「……」
「……」
一方はタヂカラオを中心としたハセマリ延命を望む神。
もう一方は個人の命に深く関わるべきではないと主張する神。
いわゆる改革派と保守派……そんな彼らを中立派の神々が取り囲むように見守っている。
中立派の代表としてクマのぬいぐるみの姿をしたイシュタルが議長を務めているようだ。
「えーゴホン」
咳払いを一つ。
しかし両陣営からの反応は無い。
ピンと張りつめた空気に耐えられなくなったのかイシュタルは早々に議題に入ることにする。
「というわけで長谷川麻里亜ことハセマリの延命会議を始めるね。今彼女は僕の領域で造った『ワルドナ』というゲームの世界で試練に挑んでもらっています」
イシュタルの読み上げる議題にタヂカラオが力強く割り込んできた。
「皆も知っていると思うが! 彼女の性格の良さや気立ての良さで! もうすでにゲームの『きゃらくたぁ』からこれでもかっていうくらい慕われている! こんな良い女の子を見捨てるわけにはいかないよなぁ!」
タヂカラオの主張に「そうだそうだ」の合いの手が飛び交う。国会予算審議でよく見る光景である。
一方、ハセマリを生き返らせることを良しとしない神々の代表、ゼウスの妻ヘラが声を上げる。
「条件はそのゲームの世界で生き延びることでしょう?」
厳格な貴婦人のような出で立ちでピシャリ言い放つヘラにタヂカラオたちは身をすくませる。
「ぐぬ」
「それにただただ器量の良い娘だからと言って都度都度、死の運命を捻じ曲げるのはいかがなものかと。収拾がつかなくなりますよ」
ヘラの意見に賛同する者の合いの手が上がる。
気圧されたタヂカラオはわかりやすく焦りだした。
「だ、だけどよぉ」
「聞くところによるとゲーム内で信頼を得すぎたあまり命を狙われる危険が増したと耳にしましたが?」
「ぐ⁉ 何故それを?」
「隠せると思っていたのが浅はかですよ筋肉おバカさん」
機と見たのかヘラは畳みかける。
「そもそもそんな気立ての良い人間なんてごまんといます。一度でも前例を認めたらあれやこれや理由を付けて自分の好みの人間をわざと死なせ、生き返らせて恩を売る輩もいるかもしれません」
「あぁ、ゼウスの旦那とか……」
浮気性で伝説になったゼウスのことを口にされたヘラは鋭い目つきで睨みつけた。彼女側の保守派な神々の大半が伴侶の浮気を気にしているようである。
ヘラは気を取り直し別の話題に変える。
「それに彼女のためだけに現世の時間を止めているのはいかがなものかと。こんなこと何度もあったら非効率にもほどがあります」
正論に次ぐ正論。
それに対しハセマリ擁護派は言葉に詰まる。
「いやでも、犬を助けて死にかけているんだぞ! 犬派の神として見過ごすわけには……」
辛うじて犬派や犬っぽい神々が反論するも。
「理由が弱すぎるのよ!」
キャインと声が聞こえるほどヘラに一蹴され犬系の神々は大いにへこんだ。本人たちも個人的にハセマリに肩入れしていると自覚があるのだろう、ちょっぴりバツの悪い顔をしていた。
劣勢、だがこのままでは試練が終わる前にハセマリの死を決められてしまうかもしれない。ハセマリ派の神々はヘラにどう対抗しようかざわつきだす。
「情に訴える?」
「俺の首差し出そうか?」
「ヤマタノオロチさんの首一つ差し出したところで……八つもあるんだし」
「じゃあ俺の首も」
「ヒュドラさん、あなたも首たくさんあるしありがたみが……」
「そんなに首貰ったって置き場所に困るわよ!」
憤った声で一喝するヘラ。一瞬で場が鎮まる。
が、そんな空気など意に介さず、ゆっくりと透き通る声で中立側の神から意見が飛んできた。
「まぁまぁ落ち着いて、イシュタル君困っているじゃない」
ニヤリと頬に笑みを溜める青年姿の神。
人を食ったような態度で仲裁してきたのは北欧神話でお馴染みのロキだった。
「ロキ……」
意外な神が割って入ってきて改革派、保守派両陣営に緊張感が走った。
トリックスターと呼ばれるラグナロクを引き起こした張本人。この場を引っ掻き回すのかと神々は身構える。
そんな周囲の反応を楽しんだようにニッコリ笑うと円卓の前に降り立ち意見しだした。
「ゲームでハセマリちゃんが生き延びることが試練、そう神々の全会一致で決めたことじゃないか。神々が全会一致で決めたことは絶対だよね」
「まぁな。その規律があるから異なる神が集っても今まで争いが起きていない」
神妙に頷くタヂカラオにロキはにっこり微笑んだ。
「なんかワルドナの世界の中で色々大変らしいからといってタヂーが慌てるのはわかるけど彼女を信じるのが肝要じゃないかな?」
「タヂーって言うなよカラオが無いと力が抜けた感じになるだろ」
「つまり、この場で決めることじゃないってこと、でしょ?」
タヂカラオの言葉など気にもかけず、ネットリと自分の意見だけを言い残すロキ。
しかも彼の口にする言葉は正論、改革派も保守派も返す言葉がない。
「各々思うところがあって早期決着を望んでいるんだろうけど、この場で決めるのはナンセンス。せっかくゲームの世界を作ってくれたイシュタルが可哀想さ。だろ?」
「ま、まぁね」
急に話を振られ困惑するイシュタル。
ロキは「だよね」とにっこり笑う。
「気持ちはわかるけどねぇ、好きな人を生き延びさせるなんて前例作ったらお盛んな神様の嫁候補が盛りだくさんだ」
保守派の神々から漂う張りつめた空気がこの場を一瞬で支配した。
それすらも楽しそうに眺めているロキ。
「まったくもう……何か企てているのか、それともただただ引っ掻き回して楽しんでいるのか」
まさにトリックスター……議長のイシュタルは嘆息するしかない。
とりあえず議長らしく木槌でコンコン叩いて会議をいったん纏めようとした。
「双方の言い分はよくわかったよ、前例を作りたくない気持ちも純粋にハセマリを助けたい気持ちも。でも全会一致で決めたことは絶対、試練が雌雄を決するまで結論を出すのは後にしようよ」
議長のイシュタルに対してヘラが疑いの目を向けてきた。
「でもその試練、本当に公平なのか疑問だけどね。あなたもハセマリ派の気がするのだけど」
鋭いヘラの言葉。
しかしイシュタルは動じない。毅然とした態度で言い返す。
「遊戯を司る神として、片方に忖度しすぎるようなことは絶対にしないさ。忖度していいならもっとハセマリの環境は好転していると思うけど?」
度々ゲームの世界で人間を試す試練を与えているイシュタル。彼なりの矜持、真摯な受け答えにさすがのヘラも納得せざるを得ない。
彼女が口ごもった流れを生かし、イシュタルはこの場にいる全員にあることを釘刺した。
「えーっと、一つだけ気になっていることがあって、この場を借りて言わせてもらうけど……ハセマリの試練に関しては僕に一任されたはずだよね」
「オウそうだろ! 何をいまさら!」
タヂカラオが首をかしげる中、イシュタルは周囲を見回した。
「戯れで僕の領域に干渉するのは構わないけど、ハセマリの件に手を出そうとするのはフェアじゃないと思うんだ……ま、聞き流してもらっても構わないけどさ」
イシュタルの言葉に顔を見合わせる神々。
「フフッ」
そんな中ロキだけが訳知り顔のように静かに笑っていた。
「あぁいう顔をするけど、まったく関与していない場合もあるから厄介なんだよなぁ……引っ掻き回すの好きだからロキってば」
カマをかけてみたが収穫どころか余計混乱してしまったのは否めない。
(絶対何柱か潜り込んでいるはずなんだ……保守派か改革派か、はたまた愉快犯か……)
どちらにせよ罪作りな女の子だなぁとイシュタルはハセマリを思い浮かべ苦笑するのだった。
ゲームの中で無事生き延びることができたら死の淵から復活できるとイシュタルに告げられ長谷川麻里亜はワルドナの悪役令嬢マリア・シャンデラに転生した。
序盤で殺されるモブ役のマリアは死亡フラグを何とか回避すべく得意の家事を駆使しながらモンスターテイマーとなり自らの身を守ろうと試みる。
見事コボルトの赤ちゃんモフ丸と妖狐のギンタローを従えることに成功したマリアだったが予期せぬ誤算が生じることになる。
それはおまけで付いてきたキバの存在である。
ゲーム上ではストーリーの中盤で主人公たちの冒険を助けるパトロンポジションの竜族の王子。
そんな彼が一モブキャラの執事になってしまったことは彼女にとって予想外以外の何物でもない。
現実世界で例えるなら次期大統領がいきなり自分の部下か何かになるようなもの。悪目立ちや嫉妬による別ベクトルの死亡フラグが乱立する羽目になったのだ。
そして悪役令嬢らしからぬ行動に両親が娘の心配をしなくなり養子縁組を断ることになる。奇しくも自分の命を狙う予定の義理の妹ミリィが同級生のサリーの養子になってしまう。
ゲームのメインキャラ、サリーに死亡フラグが渡ることを良しとしないマリア。その危機を回避するべくサリーに急接近しミリィに接触を試みることに。
「目立ったりゲームのストーリーを変えたりしまうような行為は避けたかったんだけど。やるっきゃないわね!」
目立つこととサリーが死んでしまう可能性を天秤にかけ生徒会に所属することを決めたマリア。
腹をくくったら思い切りよく全力を出せるのが彼女の良いところであり魅力でもある。悪役令嬢のキャラを守りつつ生徒会活動、そして信頼を得て ―
「ミリィちゃんに接触しギンタローの力で悪霊を払うわよ! サリーが死んでしまう最悪の事態だけは避けるようなんとかしないと」
ゲームストーリーを守るため、何より自分の都合でサリーみたいないい子を死なせたくはない。並々ならぬ決意であった。
「それにサリーみたいな万能キャラが死んじゃったら主人公一行が世界を救うことができなくなるかもしれないし……この試練の『生き延びる』って課題、底意地の悪い難題だもの」
メタな視点からも死んで欲しくないと思うマリア。
ゲームのキャラとして割り切れず非情に徹しきれない自分にとって、実に絶妙で嫌らしい試練だと提案した神々に感心すら覚えるのであった。
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