生徒会のお仕事中に本編主人公たちと遭遇しちゃいました③
見学会という一仕事を終え帰宅したマリア。
いつもなら台所に向かい料理長と一緒に夕飯の下拵えや軽く床を掃除したりするのだが、今日は早々に自室に戻り机に向かっていた。
使用人たちが「なんか宿題でもでたのかしら」と心配している……もうすでにマリア=家事という認識になっていた。
彼女の机の上にはノート……もちろん宿題ではない。あったとしてもすぐにやらない。
「色々イレギュラーが起きているからいったん状況を整理しないとダメね……」
そう、マリアは今自分の状況と今後のことを整理するためいったんメモに書き記すことにしたのだ。
現実世界でも「なんか出費が多いなぁ」と思ったらレシートと睨めっこして家計簿つけ、無駄な出費を「洗う」ことをちょくちょくするマリア。彼女にとって、こうやってノートに書き記すことが状況理解に一番なのである。
「まず、私の今の状況からおさらいしましょう」
家計簿をつけるように横線を定規でキッチリ引いて今の自分について書き記し始めた。
マリア・シャンデラ。魔法学園一年生。
ゲーム上では二年生になってしばらくすると何者かに殺され、そして主人公たちの物語が始まる……いわゆる序盤の死体役な悪役令嬢である。
「その運命をゲームのストーリーに支障を来さぬよう上手に回避して現実世界に戻るのが私の目的なのよね。そのために悪役令嬢を頑張っているのになぁ」
二年生に上がる前まで、悪役令嬢というキャラを守りながら「モフモフモンスターが好き」というマリア・シャンデラの設定を遵守し命を守るべくモフ丸やギンタローをペット兼、護衛モンスターとして迎え入れた。
しかし ―
「ここまでは上手くいったんだけどなぁ」
マリアは頭を抱えると「イレギュラー」と記した枠を作り、その中にデカデカと「キバ・イズフィールド・アネデパミ」と書き込んだ。
モンスターテイムのやり方など色々教わるべく「中盤に登場する主人公たちのパトロンポジション」である竜の王子キバに手料理を振る舞い彼の胃袋を鷲掴みにしてしまったこと。
そのせいで自分に興味を持たれ、紆余曲折すったもんだのあげく何故か竜の王子が自分の執事に収まるという謎ムーブになっていることをマリアは嘆いていたのだった。
「いや、しかし料理に手抜きはできないし……相手の好物を忘れない自分の特技が恐ろしいわ」
イケメン、しかも時の権力者が執事となり四六時中気にかけてくれる……現実では絶対にない状況に焦りを覚えると共に、序盤の死体役モブ悪役令嬢が変に注目を浴びている現状にマリアは頭を抱えるのだった。
「イケメンに懐かれるのはむず痒いわね……嬉しい反面目立っちゃって困るのよね」
それが恋愛感情ではなく「懐かれた」と言い切れてしまうのがマリアのマリアたる所以だろう。いくつもの男子からの好意を無自覚に撃墜してきた「ステルス戦闘機」の異名は異世界でも健在ということだ。
閑話休題。
中盤のキャラである竜の王子に懐かれてしまって目立ってしまっていること……それがイレギュラーその1。
そして、イレギュラーはそれだけではなかった。
「流れで私、生徒会に所属しちゃったのよね」
生徒会は魔法学園で絶大なる権力を持っていて……ファンタジー学園ものでは、もはや「お約束」というやつである。
ひょんなことからサリー、そして生徒会長のロゼッタの目に留まり生徒会に勧誘され続けることに。
ストーリーに支障があると困るので何度も断るマリアだったが ―
「ぐぬぬ、断りきれなかったか……まぁしょうがないわね、あの流れじゃ」
唸りながら枠の中に生徒会に所属と、目をバッテンにしたイラスト付きで記入する。
ストーリー序盤では明かされないが、マリア・シャンデラは養子としてシャンデラ家に迎え入れられた一つ下のミリィに殺される。
元々は友達のいない自分に気を使った両親が養子を迎えたのだが……キバが自分の執事になって両親が安心してしまい、この話はマリアの知らぬところで白紙に。
そして代わりに養子としてミリィを迎えたのが ―
「よりにもよってメインキャラのサリーだもんなぁ」
ワルドナ主人公ジャンたちの先輩として能力的にも物語の要であるサリー。
彼女が死んでしまっては世界崩壊してしまうかもしれない、そしたら死亡フラグどころの騒ぎではない。そう考えたマリアはサリーを助けるべく避けていた彼女に接近……結果生徒会に入る形になってしまったのだった。
それがイレギュラーその2である。
「無理よねぇ、仲良くなりましょうと言いつつ生徒会は断るなんてさ」
そっちはしょうがないと諦め口調のマリア。
ミリィが殺人を犯す前にギンタローを連れて彼女の悪霊を払えばいいのだから、その後色々理由を付けて生徒会を脱退すればいいだけの話だ。
しかし新たなイレギュラー……その3は非常にまずい。
「ジャン君たちがウチの高校に入学しないのはちょっとヤバくない?」
キバの親切のせいで超強化されたウルフリック。
彼の強さをを目の当たりにしたワルドナ主人公であるジャンが自信喪失し魔法学園に入らない、などと言い始めたのだ。
そのせいで「じゃあ俺も」「じゃあ私も」とウルフリックとジルもライバルのデルフィニウムにいこうとする始末。
ゲームが始まらない=世界崩壊=マリア死亡で試練不達成……このような図式が完成してしまうのだ。
「これはまずいわ……何とかして彼らをウチの学園に……あら?」
そこにトテトテとどこからともなくクマのぬいぐるみが現れ彼女に声をかけた。
「やぁハセマリ、元気?」
「あ、イシュタル」
マリアが現実世界に戻る「ワルドナの世界で生き延びる」という条件のためゲームの世界に転生させた遊戯の神イシュタル。
ぬいぐるみの体を器用に使い机の上によじ登るとちょこんと座ってマリアのノートを覗き込んだ。
「何々、まさか宿題なわけないよね、帰ってすぐにやるより学校で写させてもらうタイプだもんね」
「宿題なわけないって失礼ね……まぁ、事実だけどさ」
「アハハ、じゃあ家計簿かな? っと、状況整理の最中か」
話し相手が現れ少し気が楽になったのか、マリアはダラリと机に突っ伏して弱音を吐く。
「えぇもう大変、色々こんがらがっちゃって……特に ―」
「自分を殺す予定の義理の妹がサリーちゃんのところに行っちゃった件だね」
「そうなのよ、んもう……悪役令嬢頑張っているのにどうしてこうなるのかしら」
「……」
彼女の愚痴にイシュタルは思わず閉口してしまう。
マリア・シャンデラは本来ならワガママで奔放、目下の人間に嫌がらせをするのがステレオタイプの悪役令嬢。
しかし「悪役令嬢」をよく知らないマリアは「とにかくワガママをすればいい」と解釈し、とにかく炊事や洗濯といった家事に口を出し始めてしまった。
ワガママ=好きなことをする=家事に口を出す ―という自由かつトリッキーな発想の結果「ただの家庭的なご令嬢」になってしまっている現状に未だ気が付いていないことにである。
「そりゃご両親も養子の件を白紙にするよね」
ボソリ呟くイシュタルにマリアが聞き返す。
「え? 何か言ったイシュタル?」
「いや、何でもないさ。こっちにも責任あるからなぁ……」
以前、「君らしく普段通り振る舞えば大丈夫」と言ってしまったイシュタル。
君の人の良さで周りが助けてくれるからきっと事態は好転するよ……そういう意味での言葉だったのだが……
「一周回ってゲームの中心人物に躍り出るなんて誰が思うもんかい……」
マリアの人柄の良さ、そのポテンシャルを甘く見ていたとイシュタルは頭を掻いた。
「やっぱなんか言った?」
「何でもないさ」
疲れた目でイシュタルの方を見やるマリア。
感心と申し訳なさで心がいっぱいになるイシュタルだった。
マリアは上半身を起こすと腕を組んで唸った。
「落ち込んでちゃイケないとはわかっちゃいるけど、まさかミリィがサリー家の養子になっちゃうなんて……私じゃなく彼女が殺されてしまうかもと思うとゲーム云々関係なしに心が痛むわよ」
「うん、そういう性格だから君を助けたいって神様たちは思っているんだろうね」
自分の命よりもついつい他人を優先してしまう優しさが神様に好かれているんだと再確認するイシュタルだった。
「で、今になってノートに纏めだすってことはまた何かイレギュラーが起きたってことかな?」
「そうよ、まさについさっきの話なんだけど ―」
マリアは偶然が重なってしまい主人公が落ち込んでいることを伝える。
イシュタルは机の上で胡坐をかいて「それは……」と苦笑した。
「キバとウルフリックが偶然関わって主人公たちの力関係が変わっちゃったのか。それで別の学校に行こうとしている……次から次に大変だなぁ」
「ほんと大変よ。だって頑張ってマリア・シャンデラの死亡フラグを回避したところでジャン君たちが世界を救わなかったらアウトでしょ?」
「まぁ、それ込みでの試練だからね」
「一縷の望みが絶たれたわ……」
新たなる懸念に頭を抱えるマリアだった。
「僕が再現したワルドナの世界だけど住人はみんな自分の考えで生きているからねぇ。それがゲームの世界を創造する遊戯の神としての醍醐味でもあるんだけどさ」
「醍醐味で死にたくないわよ……絶対、現実世界に帰ってやるんだから」
逆境にいる自覚の中、マリアは前向きに考えていた。
考えようによってはジャンを立ち直らせて魔法学園に入学させるのは生徒会の仕事の成功になる。
つまりジャンを入学させることはミリィの悪霊を払うことにつながる、二つは一緒、そう考えていたのだった。
「生徒会の仕事を成功させるだけ、結局やることはシンプルね」
「うん、その意気だよハセマリ」
「とはいえキバ様に振り回されっぱなしよ……ホント捉えどころのないイケメンね」
その遠因がマリア自身であるとは思えないのも無理からぬものだろう。
「風が吹けば桶屋が儲かる……予想外のピタゴラスイッチ、創造神としてはたまらないんだけどね」
つくづく醍醐味だなぁと感慨深げに唸るイシュタルだった。
落ち込んでいられないと気を取り直したマリアはイシュタルに用があったのかと尋ねる。
「ところで久しぶりにどうしたの? 何かあったのかしら?」
「あ、いや……ちょっと様子を見に来ただけさ」
まさか自分の知らないところで神々がこの世界に潜入し何か企んでいるかもとは言えないイシュタル。
教えすぎても他の神々からアンフェアとクレーム付けられても困ると注意喚起するだけに留めることにした。
「何ってわけじゃないけどさ、おかしなことがあったら教えて欲しいんだ。まぁ自分の創った世界でもすべてを把握しきれないからね」
「あ、そうなの?」
「うん、差し当たって何か気になっていることはあるかい? 些細なことでいいからさ」
「う~ん、ファンタジーの世界でもやっぱりセミっているのかしら? 夏が近づくにつれて気になるわ」
「そういう風情的なことじゃなくてさ……一応いるけどね」
それ以外と言われたマリアは今日気にしたてほやほやの話題をピックアップしてお届けする。
「そういえばモフ丸がヒロインのジルちゃんにめっちゃ懐いていたわ」
「そういうほっこりする話でもなくて……まぁ、あまり特筆すべきことは無かったってことね」
これ以上聞いても収穫は無いと判断したイシュタルはマリアが不安になる前に切り上げる。
「まぁ良くも悪くもキバ……アネデパミ卿との仲は大事にした方がいいかもね。せっかく好かれているんだから中学二年の時みたいに無下にしちゃだめだよ」
「中学二年? 何かあったかしら? 隣のクラスの男子に呼び出された件はそういうのじゃないし……」
「そういうのだったんだけどなぁ……さすがハセマリ」
「ところでなんで私の中学時代を知っているのよ」
「ん? まぁその……神様だからってことにして」
はぐらかすイシュタル。
マリアは深く追求することはせず頭を掻いた。
「うーん、好かれているって表現していい物かしら? どっちかというと舎弟みたいな感じよ」
「いいじゃんイケメンの舎弟とか。結婚するのって案外そういう相手だと思うよ」
「け、結婚って⁉」
いきなりの提案に慌てふためくマリア。
イシュタルは口元に手を当て楽しそうに笑ってみせた。
「どうせ転生したゲームの世界だし、結婚するのもアリだと思うよ。現実世界に戻った時の予行練習と思えばさ」
「バカねイシュタル! そういうのって練習でするものじゃないでしょう⁉」
「ん~真面目だなぁ。そこがいいところなんだろうけどさ」
今までイシュタルが見てきたゲーム転生者だったら贅の限りを尽くせる権力者のイケメンと結婚なんて躊躇う余地もなくアタックしていたところだ。
身持ちの固いマリアに感心するイシュタルだった。
「まぁ、できることをやっていけばハセマリならきっと大丈夫さ。またちょくちょく顔を出すね。じゃ、健闘を祈るよ」
そう言ってイシュタルは手を振り徒歩で部屋を出て行った。
「毎度思うけど何処から来ているのかしら……まぁ神様だしこっちも気にしすぎてはダメね」
マリアは改めて机に向き直りあれやこれや書き連ねたノートをつぶさに見つめた。
「とにかく生徒会の人間として、ジャン君たちに学園に来てもらうためにも、ライバル校デルフィニウム高校より魅力的な学校に見えるよう頑張らないと! 資格がすべてじゃないわ! 調理師免許がなくても美味しい料理は作れるのよ!」
資格独占のデルフィニウム校に対抗心を燃やすマリア。
例えが調理師免許なのが実にお母さん系JKハセマリらしい考えであった。
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