生徒会のお仕事中に本編主人公たちと遭遇しちゃいました②
「ん? おう! そうだぜぇ!」
顔見知りのようなキバの反応にギンタローが尋ねる。
「おや、意外じゃなキバよ。顔見知りかえ?」
「あ、いえ。私が一方的に知っているだけです……彼のお父さん、巡査のキタジマさんと顔見知りでして」
「なぬ⁉」
まさかの展開にマリアは声を出してたまげた。それはもう見事にたまげた。
(な、なんで? なんでキバ様が⁉ こんな接点ゲームじゃなかったわよ!)
マリアが驚くのも無理はないゲームではキバとの出会いは中盤、やんごとなきお方のキバにはその時全員が初対面だったはずである。
(ど、どういうことなのよ⁉ まさかイレギュラー⁉)
そう、彼女は知る由もなかった。
モフモフ好きの設定を守るべく「毛が無い方はちょっと」とキバの護衛を断った経緯のあるマリア。
その流れで勘違いし春先にファーを付けてシャンデラ家の邸宅周辺をうろつきウルフリックの父キタジマ巡査に職務質問を受けていたことなど。
その際に何度も職務質問してきたキタジマさんとすっかり仲良くなってしまったことなど。
「 ―と、いうわけなんですよ」
事の経緯をきっちり説明したキバ。
その偶然に次ぐ偶然……ピタゴラスイッチ的な流れにマリアは仰天するしかない。
(ま、まさかこんな感じで主人公たちと接点が生まれてしまうなんて⁉)
心の中でもマリアはたまげ続けていた。せっかくストーリーに支障がないよう一生懸命やっていたのに次から次へとイレギュラーが起きてしまい焦っている。
(これはまずいわ、ただでさえイレギュラーが起きているってのに)
すでにキバが自分の執事になっているという、とんでもイレギュラーが発生している状況。
さらなるイレギュラーはゲームシナリオの崩壊、つまりは世界の崩壊すら招いてしまう。
世界が滅んでしまったらもれなく自分も死亡……フラグ回避不成立で現実世界への復帰は望めないだろう。
(で、でも……ちょっと知り合いだったからといってストーリーに支障がでるとは限らないわ! ここで心を折ってはいけない!)
後ろ向きになってはいけないと自分を鼓舞するマリア。
が、現実は彼女をあざ笑うかのようにあらぬ方向へと進んでいる。
「あぁ、アンタが父ちゃんの言っていた人か!」
ウルフは声を大にしながらキバの前に立ち、手をがっしりと掴んだ。
「あ、どうも」
「いやー! 会えて嬉しいぜ! キバさんには感謝しかねぇよ!」
「はぁ、感謝ですか」
熱烈に歓迎され、今度はキバが首をかしげる番だった。
ウルフリックは熱く語る。
「アンタが貸してくれたんだろ、何だっけか、魔法のスゴい教本をよぉ」
「あぁ、アレですか」
アレかと納得するキバ。
マリアはその「アレ」の正体に不安を覚え問いつめてみることにする。
「き、キバ様? アレって何でしょうか?」
キバは淡々と答えた。
「えぇ、我が家の倉庫で埃をかぶっていた『魔導書シリーズ』とかいう代物です。何度もお世話になったキタジマさんに少しでもお返しできればと」
(魔導書シリーズですってぇ⁉ って、それスキルブック! ゲームで主人公たちにポイントと交換するレアなヤツ!)
ゲーム上では飛空艇や鉄道といって移動手段の提供やらモンスターテイムといったシステムの解放など、いわゆるサポートポジションのキバ。
その一つに某有名RPGで例えるなら「小さな○ダル」の交換を受け持つようなポジションも担っている。
彼の提供するレア景品の一つ、誰でも書かれたスキルを覚えることのできる「教本シリーズ」……どうやらそれをキバは「無償」でほとんどウルフリックに提供したということだ。
そう「筋力キャラを魔法使いにして全クリを目指す」縛りプレイを素でやってしまった……ということになるだろう。
そんな大それた物とは知らずウルフは軽い感じで「そうソレソレ」と笑っている。
「なんかしんねーけど、読んだだけで苦手な魔法がみるみる使えるようになってな! おかげでこの前魔法大会中等生の部で優勝しちまったよ」
「た、大会⁉」
あの筋肉キャラが魔法の大会で優勝を収めたと聞いてマリアは絶句した。
そう、ウルフリックといえばワルドナゲームで最も魔法の能力の低いキャラクター。友人曰く「内部データでは魔力は序盤のチンピラにも劣る」とのことで、ネット上では「ワルドナ(この世界)で最も魔法が下手くそなんじゃね」や「実はモンスターの伏線だったと思っていた、あまりにもバカで」と匿名掲示板で身も蓋もないスレッドが立てられたこともあるという。
成長率も激低、しかし筋力関係のステータスは初期値、伸び率、共にずば抜けているピーキーなキャラと耳にしていたマリア。
そんな男が大会で優勝⁉ とマリアはたまげていたのだった。
さて、この様子を傍らで見ていたギンタローはそっと耳元でキバに尋ねる。
「キバよ……ちなみにウルフなる男に渡した教本シリーズは何じゃ」
「えーっと、『二連魔法・極炎』や『絶対零度』、『完全回復』その辺を一通り……」
淡々と答えるキバにギンタローはこれ見よがしに「あちゃ~」と額を手で押さえる。
「お主、よりにもよって準国宝級を……見るからに魔法の才のない小童に無償であげる代物ではないぞ」
準国宝級だと耳にしたマリアは思わず声を上げそうになった。
(準国宝級⁉ たぶん私がプレイする中盤では手に入らないような代物ってこと⁉ それを手当たり次第プレゼントしちゃったってわけ⁉ 魔法の才能無い筋肉キャラに⁉ いや、でももしかしたら……)
ゲーム上じゃ使い捨てのスキルブック。もしかしたら使い回しができるかもと淡い期待を抱くマリア。
しかしイシュタルの造りしゲームの世界、その再現度はかなりのものだった。
「いえでも、返してもらえば大丈夫ですし」
「あのなぁキバよ、いわゆる『すきるぶっく』の類は魔力が充填されており読むだけで覚えられる簡便さがある反面、一度読んだものは制作者が魔力を補充し直すか長い年月を経て自然に回復させるしかないのだぞ」
「えっと、つまり……」
「お主があげた代物は全部ただの古本になってしまったということじゃ」
(ぬわんですってぇぇぇ! もったいなぃぃぃ!)
残酷な設定を耳にして絶句するマリア。
彼女は元々家計を回す倹約家でもあり無駄遣いを極端に嫌うタイプ、色々な意味でショックだったのだろう、白い目を剥いていた。
自分の与り知らぬところで筋肉魔法キャラという縛りプレイにショックを受けるマリア。
そんな彼女にサリーが耳打ちしてきた。
「ウルフリック君……今、生徒会が目を付けている逸材よ。あんなスゴい魔法を覚えられる……まぁ全部上級魔法にしては『しょぼい』けど成長すれば……伸び代はあるわよ」
(いや、スキルブックのおかげだから。こいつ脳筋だし、たぶん今の規模が精一杯よ!)
ワルドナの魔法はどれだけ凄い魔法でも使い手の魔力が低かったらしょぼくなる仕様。例えるなら絶対零度がちょっと効き過ぎたエアコン程度の寒さでしかない。
猫に小判、豚に真珠、ウルフリックに上級魔法といったところだろう。
「ふむ、とりあえず返してもらえ。使えるようになるのは百年二百年先かも知れぬが」
「お? 読み終わったからすぐに返すぜ!」
「ゆっくりでいいですよ、急ぎでないので」
実にのんきな会話の傍らでショックを受けるマリアをモフ丸が不思議そうに見ていた。
そんなやり取りがされている中、誰かの大きなため息が聞こえてきた。
「……はぁ、俺なんてどーせ」
「ん?」
ため息の主の方へと視線を向ける一同。
視線の先。
そこには先ほどからダンマリだったジャンの姿があった。
たまらずジルが何事かと心配の声をかける。
「ちょっとどうしたの? 最近ずっとこんな感じじゃない」
「……俺なんて」
そんな彼に友人のウルフリックも心配している。
「お? どうしたんだよ? 腹でも減ってんのか?」
すると、彼の優しい声に何故かジャンはさらに落ち込んだ。
「…………俺なんて眼中にないってか」
「ガンチュー? なんだ? 食べ物か?」
もはやお約束な反応をする脳筋のウルフリック。
さらにさらに彼は落ち込んだ。しゃがみ込み膝を抱えどんよりとした負のオーラが見えるほどだ。
「こんな奴に俺は……俺は……」
そこまでしてようやくウルフリックは何のことか理解したようだ。
「あぁ、お前まだ気にしているのか? 魔法大会で俺に負けたこと」
「ぐあぁぁ!」
雷にでも打たれたかのような悲痛な叫び。クリティカルダメージを受けたジャンは戦闘不能時のように地に伏した。
打ちひしがれながら誰に言うでもなくジャンは語りだした。
「確かに俺は、負けた……まさかあんな上級魔法をウルフが使うとは思わず、意表を突かれた……武術ならまだしも魔法で負けたんだぜ……」
そこでマリアは先ほどまでジャンがダンマリだった理由を察した。
「そうか、そういうことか……」
勝気なキャラのジャン・シルベスタは武術も魔法も得意なオールラウンダー。武術でウルフリックに負けることはあっても魔法が使える彼はウルフリックと長所短所を補える関係……ゲーム本編ではそう考えていたのだろう。
しかし、ウルフリックが苦手の魔法を克服した今。総合的には主人公ジャンを完全に上回ったと言えよう。
つまり ―
(今現在、ジャン君は完全に下位互換扱いなのよね)
もちろん伸び代という観点から考えればあくまで「今は」ウルフリックが勝っているが魔法の才能皆無の脳筋キャラである。そう遠くない未来、主人公らに確実に追い抜かれるであろう。
(でも極炎だっけ? それを今の段階で覚えていたら周りの見る目が変わってしまうのもしょうがないわよね)
まだ中等生。周囲も、そして本人すらもこれから魔法が伸びていくと信じて疑わないだろう。
それはジャンも一緒、完全にウルフリックに対して卑屈&気後れしている有様。
「いったい何が……この間まで……」
この口振りから察するに相手がスキルブックを使ったことなど聞こえておらず完全に自己嫌悪の世界にふさぎ込んでいる様子だ。
(まぁ、昨日今日で追い抜かれたら状況を飲み込むのも簡単にはできないわよね。でも……)
彼のキャラである「勝ち気」が見る影もなく失われていることにマリアは懸念を覚える。
一時のものと思いたいマリアだったが……
「俺なんてどーせ……」
「んもぅ、しっかりしなって」
心配を通り越し呆れるヒロインのジル。
彼女に対し主人公ジャンの反応は乏しい。
復帰の兆しが見えぬ様子……マリアの脳裏に一抹の不安がよぎった。
(もし、もしこのままずーっと主人公がこの調子だったら、ゲームのストーリーどうなっちゃうのかしら)
ワルドナのストーリーは勝ち気なジャンが事件やらなにやらにグイグイ首を突っ込んで巻き込まれ物語が進展するタイプだ。
勝ち気でお節介、ウルフリックと一緒にトラブルーメーカーになってヒロインのジルが呆れながらメンバーの頭脳となってフォロー。
そしてマリア・シャンデラ殺害の容疑がかけられ、事件の真相を突き止めていくうちに世界を救う壮大な物語に巻き込まれ、下級貴族の彼が成り上がる……まさに王道サクセスストーリーRPGだ。
(勝ち気な彼の性格に結果的に世界や大勢の人が救われるって友達が言っていたわね。でも……)
「俺なんてどーせ……」
今では百八十度のネガティブ思考、ゲーム登場時の見る影もない。
(これじゃ世界を救うどころか学園に入学するかも怪しいわよね……うーぬ)
これはゲームの世界、大前提であるジャンの入学がなくなるなんてことはないかもしれない。
世界平和も、もしかしたら予定調和で上手くいくかもしれない。
しかし、マリアは楽観視できないでいた。なぜなら ―
「埃をかぶっているより魔導書も本望かと」
「アホたれ、せめて魔法の才ある若者にせい! あやつにはどう見ても魔導書より『ぷろていん』じゃろが……まったく間抜けと思いませぬかマリア殿」
「わふ?」
「ぬ? 『何故急にイケメンの姿になったか?』ですと? 急にイケメンが話しかけると女子は『ドキドキ』すると言うではありませぬか。リスクは承知のうえ、他の者が見ておらん隙にさり気なくやるのがコツですぞ」
「わっふん」
自由すぎるキバとギンタローに呆れるモフ丸……
「こういう状況だもんなぁ……大丈夫と信じたいけど、うぬぬ」
もうすでに「竜の王子が自分の執事になった」という予定調和を超越した状況だからである。
単純な落ち込みなら時間が解決してくれるが妙な胸騒ぎがするマリア。
そんな不安の拭えぬ彼女の予感は的中する。
「きっと倍率の高いサイファー公国魔法学園なんて無理だ……新設で資格の取りやすいデルフィニウム高校に入った方がいいんだ……そこで良さげな資格を取って堅実な人生を送ろう……」
「ぬな⁉」
「マジか⁉ ジャンが行くなら俺もデルフィニウムにしようかな? あそこ家から近いんだよな」
「ぬなな⁉」
「確かに三人とも勧誘されているから入試は面接だけだし、二人が行くなら私もそっちに行こうかしら」
「ぬなっふ⁉」
ジャン、ウルフリック、ジルがまさかのライバル校に入学と聞き、犬の鳴き声のような変な声を漏らすマリア。
即刻のフラグ回収、新たな問題発生に膝から崩れ落ちるのだった。
「そ、それはあかんでぇぇぇ!」
「ま、マリア様、どこの方言でしょうか?」
なぜか関西弁で絶叫するマリア。彼女を支えるキバも謎の方言に戸惑いを隠せなかった。
ロゼッタとサリーもライバル校デルフィニウムになびいている三人に驚き尋ねる。
「で、デルフィニウムだって?」
「資格って……ウチの学園でも修得できるわよ」
その疑問にジルが答えた。
「噂では学生が冒険者や魔法使いの資格を得るなら今後はデルフィニウムでないと取れないとか……」
「んなバカなことがあるわけねぇ!」
ついつい語気を荒らげてしまうロゼッタにキバが先日耳にした情報を伝える。
「ロゼッタ会長、実は ―」
「………………え、あるの?」
放心するロゼッタ、戸惑うジルたち……
暗雲立ちこめる中、こうしてワルドナ主人公を迎えた学園見学会は幕を閉じたのだった。
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