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なんだか私の知らないところで盛り上がっています⑦

 ロゼッタの実家であるミルフィーユ家の邸宅。


 そこには一人の老軍人が客間にて豪奢なソファーに腰を下ろしていた。


 堅牢な顔立ちに白い髭を蓄え鋭い眼光でじっと前を見据えている。


 粗相などしたら瞬く間に手打ちにされてしまうかもしれない緊張感を纏っており、周囲の使用人たちの表情は硬い。


 まるで戦場の自陣内に鎮座する武将が如き風貌である。


 彼の名前はバルバトス・ミルフィーユ。


 サイファー公国の防衛大臣であり、若き頃は自ら戦場の先陣を駆ける血気盛んな将校でまさに「一騎当千」の四字熟語がふさわしい人物であると国内で呼び声が高かった。


 年を重ねると指揮官として老獪な手腕を発揮し始め「防衛戦においてバルバトスの右に出る者はいなかった」と教科書に書かれるほど。


 信望が厚く一線を退いた後は防衛大臣として着任し戦いの場を政治に変えても未だ情熱は衰えず。「老いてなお血気盛ん」を地で行く男、それがバルバトスであった。


 そんな彼はチラリと時計に目をやった。



「ギリギリか、あの男が珍しいねぇ」



 この太い一言に使用人たちは思わず身震いをしてしまう。


 チッ……チッ……


 時計の針の音だけが客間を支配する。


 大きな体をソファに預け、バルバトスは天井に向けて独り言ちた。



「確かに亜人……竜族と人類の取り決め、その形式だけの再確認。本来会う必要すらない会談だがよぉ」



 太い息を吐くバルバトス。誰に言うでもなく言葉を続けた。



「一つの油断が勝敗を分けるのをワシはいくつも見てきた。次期竜族の王の肩書に胡坐をかいちゃぁいけねぇよ」



 約束の時間まであと一分。


 そのとき使用人が慌てて客間に駆け込んできた。



「キバ・イズフィールド・アネデパミ卿がたった今、ご到着されました」


「へぇ、一応時間には間に合ったが、感心しねぇなぁ」



 バルバトスは悪態をつきながら立ち上がり正面ドアの方を見やる。


 その顔つきは生徒に説教をする体育教師のような厳しい眼差しだった。



「さて、第一声が謝罪なら見込みがあるが果たしてどうだろうねぇ」



 値踏みをしようとする彼に使用人がおずおずと進言しだす。



「あ、あの、バルバトス様」


「なんでぇ」


「アネデパミ卿ですが……その……」


「遠慮すんな、縮こまっていねぇでハッキリ言いやがれ」



 何かを伝えようとして躊躇する使用人に苛立ちを覚え語気を強めるバルバトス。



「あ、あの、驚かないでくださいね」



 意を決して使用人が告げた言葉が、よもやの心配でバルバトスは鼻で笑う。



「へ、驚くだぁ? 鉄砲でも抱えてきやがったのかい?」


「い、いえ……意外性としてはそれ以上かもしれません」


「ほほう、公国大臣のワシが驚くような代物か……逆に興味がわくってもんだ」



 バルバトスがそう言い切った瞬間。


 ズババンと正面ドアが豪快に開いた。



「遅くなりました」


「わっふ!」


「あいすみませぬ……っとコンコン」



 バルバトスの目に飛び込んできたのは執事服に身を包んだ次期亜人の王キバ。散歩中かのようにリードにつながれたモフ丸、そして抱きかかえられたギンタローだった。


 なんとも頓珍漢な出で立ちに、さしものバルバトスもアゴが外れんばかりの勢いで驚くしかない。



「な、なんでぇこりゃ⁉」



 完全に使用人のお散歩スタイル。抱きかかえるのは人語を話しかけた滑稽なキツネの子供、これなら刀なり重火器を抱えて入室してくれた方がよっぽど理解が追い付く……バルバトスはたまげながらそう思った。


 腰を抜かしソファに深く沈む老軍人のリアクションなど意に介さず、キバは真顔で時計を見やった後、深々と頭を下げる。



「申し訳ありませんバルバトス防衛大臣、時間ギリギリになってしまいました」


「お、おう」



 もうすでに時間ギリギリのことなどどうでもよくなっているバルバトス。むしろ亜人の次期王としていろんな意味でギリギリな出で立ちに言及したくなっていた。


 そんな彼にキバは遅刻しかけた理由を淡々と説明する。



「実は、モフ丸君が初めての道に興奮してしまいやたらマーキングをしてしまいまして……あぁ、水筒の水が残りわずかに ―すみません、あとでお水をいただけますか?」


「わっふん!」


「モフ丸殿、『マーキング王に俺はなる!』と息巻いてはいけませんぞ……おっとコンコーン」



 ギンタローがモロリと口にした人語にバルバトスは耳をかっぽじる。



「そのキツネさっきからしゃべっている気がするんだがよ」


「空耳ではありませんか?」


「わ、ワフ!」


「ッコン!」



 しれっと誤魔化すキバにモフ丸もギンタローも追随する。



「ならいいけど……いや、色々よくねぇけどよ」



 つまり散歩の片手間で会談しに来た……いくら確認程度の内容とはいえ、それを堂々と言える豪胆さに口をあんぐりとさせているのだった。


 その傍らで、キバは淡々と会談の準備を始める。



「あの……モフ丸君をここにつないでもいいでしょうか? 珍しいものに興奮しっぱなしで、すいません」



 準備というよりモフ丸の対応、ペット入店禁止のお店に入る散歩中の人のような光景だった。



「わっふっふ、わっふっふ」


「モフ丸殿、そこにマーキングしては亜人と人間の政治に軋轢が生じてしまいますぞ」


「おい、やっぱしゃべっちゃいねーか?」


「コン! コンコン!」



 怒涛のツッコみどころラッシュに圧倒されるバルバトス。ここまでの波状攻撃は現役時代でも体験しなかったと後に語ったとか語らなかったとか。


 しばらくしてひと段落ついたのか、キバはバルバトスの対面に鎮座する。



「さて、サイファー公国と竜族が締結した第三十五条について意見交換を始めたいと思うのですが ―」



 ここまで引っ掻き回しておいて何事もなかったかのようにふるまうキバ。


 バルバトスは苦笑と感心が入り交じった表情を浮かべていた。



「元々腹の読めない男だと思っちゃいたけどよ」



 もしや奇をてらった行動でこちらを混乱させている隙に不平等な条約でも提案してくるのか? そんな邪推までしてしまうバルバトス……心のどこかでは「むしろそっちの方が理解できて助かる」なんて願望すらあるくらいだ。


 が、もちろんそんな思惑などないキバは淡々と終わらそうとする。



「……何事もなければこのままでよろしいですね」


「って! いいのかよ⁉」



 てっきり何か要求してくると思ったバルバトスはつい声を上ずらせてしまう。


 意味のわからないキバは小首をかしげた。



「あの……何かご不満などがありましたか?」



 「いや不満だらけだろう」とバルバトスは言いかける……が、それも作戦の一部かと深読みし言葉を飲み込んだ。


 勘違いによる頭脳戦(笑)が始まったバルバトス。


 彼はらしからぬ迂遠な言い回しでキバに探りを入れることに。



「アネデパミ卿……その、ずいぶんと変わった気がするが何かあったのかい?」



 ファンキーな方向に……と皮肉を込めた視線を送るバルバトス。


 その問いにキバは小さく「フッ」と笑った。


 そして、まっすぐにバルバトスの目を見るとウソ偽りのない口調でこう短く言い放つ。



「ええ、ありました」


「……先に聞いておくが変な宗教に入信したとかじゃねえだろうな?」



 キバは「どうでしょうか」とあいまいな素振りを見せた。



「変な宗教……あながち間違ってはいないかもしれません。ですよねギンタローさん」


「コン」



 ハッキリ返事をするギンタロー。


 バルバトスは悪意とは違う何かがあると感じ取り、深堀りしてみることにする。



「後学のために教えちゃくれないか、オメェさんに何があったのか」



 キバは少しだけ黙り込んだのち、ポツリと呟いた。



「マッシュルームのスープをご存じですか?」


「質問を質問で返して申し訳ないが……藪から棒にどうした?」



 片眉を上げるバルバトス。


 キバは言葉を続けた。



「私、結構な頻度で貴族の方と会合……まぁお食事会などがあったんですよ」


「知っているぜ、モテるもんなアンタ」



 否定も肯定もせずキバは言葉を続けた。



「確かに豪華な食事は何度もいただきました。やれ『どこどこ産の何々だ』とかシェフの方の解説まで付いて。スプーン一口のスープや小鉢……確かに美味しいのに違いは無いのですが、味気ないと」


「まぁわかるぜ、メシだってのにこじんまりとした会食ってのはワシも好かねぇ。そういう日はどんぶり飯三杯ほど胃にかっ込んでから向かうことにしているぜ」



 三杯と言い切るバルバトスに思わずモフ丸も「わっふ」と驚きの声を上げた。



「しかし、この前シャンデラ家で出されたスープは普段の会食ではお目にかかれないような……なんていうか色味の悪い灰色のスープでした。まるで灰を煮詰めたような ―」


「ほう、ワシは気にせんが見てくれを大事にする貴族でそんなスープを出すのは勇気がいるかもな」


「しかし、そのスープは灰色でしたが私にとっては実に彩のある代物でした。味もまた濃厚で芳醇、温かみのあるもので……亡くした母の面影が浮かんできました」


「へぇ」



 キバの母親。


 本来は乳母に預ける習わしだったが自分の手で育てたいという頑なな本人の希望があったと聞いていたバルバトス。


 他の竜族と違い母の愛で育った……そんな事情を知っている老軍人は言葉少なに返事をした。 


 一方キバはバルバトスの胸中などお構いなし、いっそう熱を帯びて語り出す。



「なんとその料理はシャンデラ家のご息女マリア様の手料理と言うではありませんか。料理もそうですが、恥ずかしながらそのような家庭的な方とは思っていなかったので二重の驚きでした」


「お貴族様の手料理ねぇ」



 嘆息交じりのバルバトス。


 そしてキバは襟を正し真摯な眼差しを彼に向け高らかに告げる。



「と、いうわけで、私は今マリア様の執事として粉骨砕身して仕えているというわけです」


「そこだよ! 何がというわけで執事なんだよ! 飛躍しすぎだろうがよぉ!」



 もっともなバルバトスの意見だがキバは曇り無き眼で答える。



「亡き母の思いを継いで公務に励んでいましたが、人の打算や腹のさぐり合いというのに触れすぎてだんだんと心が無くなっていってしまいまして……我を無くし公務に挑んではいましたがそれでは母の望んだ亜人の平和は掴めないと悩んでおりました。そこでマリア様のスープ、心にしみました」


「それで執事なのかい?」


「はい、執事なのです」



 言い切るキバにバルバトスは額をピシャリと叩いた。



「深慮遠謀、政なんざそんなもんでぇ……大臣なりたての頃はドンパチやっていた方が性に合うと毎日酒呑んで誤魔化していたぜ。まぁ何にせよ、お前さんの意図が読めてきたよ」


「はい、マリア様の慈愛……どことなく母を想わせる彼女に仕えていれば熱を取り戻せると、それが亜人族によく繁栄をもたらすと確信した所存です。いやはや毎日が発見ですよ」


「発見ねぇ」


「はい、いまマリア様の命でぬか漬けを作っているのですがこれがまた奥が深い、歯ごたえ良く仕上げるのは至難の業ですね。あ、これ持ってきましたのでよろしければご賞味ください」



 どこからともなく小さなぬか壺を差し出す彼にバルバトスは目を細めて笑った。



「ぬか漬けの命令って……その嬢ちゃんも大したタマだぜ」



 真顔ながら熱のこもった言葉で語るキバ。


 ぬか漬けを差し出す姿勢はやり手営業担当の名刺を出す姿のように堂々たるものだった。


 バルバトスは「次期亜人の王がぬか漬けかよ」と面食らうも変わった彼を見て微笑ましく思うのだった。



「結局根がクソ真面目なんだよお前さんは。ま、神の啓示を受けたとかじゃなくて安心したぜ。まぁまぁ納得のいく理由でよ」


「わっふ」



 話が一段落したところでモフ丸が自力でリードを外したのだろうか、バルバトスの方に駆け寄り彼の胸にダイブした。



「おっと」



 モフ丸を抱き抱えるバルバトス。


 歴戦の戦士でもある彼はモフ丸がモンスターであることに気が付いた。



「おうおうずいぶん元気な……って、ただの犬っころじゃねーな。モンスターか? ってことは……」



 ギンタローの方を見やるバルバトス。先刻から人語をしゃべっているようなかのキツネを訝しげに睨んだ。


 その視線にたまらなくなったのかギンタローは二本足で立ち上がると恭しく一礼する。



「そうです、モフ丸殿と私はマリア殿を護衛するいわば戦士。この天然トカゲよりお役に立てると自負しておりますぞ」


「やっぱお前もただのキツネじゃなかったか」


「ギンタローさん」



 勝手に言って良いものかとたしなめるキバにギンタローは「よいではないか」と腕を組んでにこやかに笑った。



「いやいや、お主ばかりがマリア殿を特別に想っているわけではないと口を挟みたくなったのじゃ。のう、モフ丸殿」


「わっふ」


「ふむ『待ち疲れたからリードを外しただけ』とな? あ、そっすか……」



 色々と得心したバルバトスは人語を話すギンタローを見ても取り乱すことなくソファに腰を沈めた。



「つまり、お前らはペットのフリをしたシャンデラ家の護衛モンスターってことだな」


「いかにも」


「わっふ」


「そうかい」



 バルバトスはしばし熟考すると使用人に席を外すよう伝える。



「……おう、お前ら、ちょいと席を外しな」


「はい」



 使用人たちを見送った後、バルバトスはギンタローに向き直った。



「ところでよぉ、しゃべれるってことはただのモンスターじゃなさそうだが……アンタ何者でぇ?」


「いかにも、そこなるキバの一族とかつて亜人の長の座を争った妖狐の末裔ですぞ」



 キバは真顔で補足説明する。



「古い時代の話ですので耄碌した爺さんの戯言と思っていただければ」



 間髪入れずギンタローはキバに刃向かった。



「耄碌はしておらん! ちょっと信仰心を失い弱体化したにすぎぬわい! 一昨日の晩ご飯を思い出せぬのはそのせいじゃ!」


「わっふん!」


「何々……『人はそれをただの老化という』? モフ丸殿、それは『たぶー』ですぞ」



 そのやり取りを聞いたバルバトス、ギンタローの出自に驚いた。



「おいおい、大層なお方じゃねーか。妖狐っつったらロクの地の ―」


「そうじゃ、今は面妖な連中が幅を利かせ、すっかり我が一族に対する信仰は落ち、気が付いたらこの有様!」



 バルバトスは白髪の頭をポリポリ掻くと呆れ交じりでキバの方を向く。



「あんたを含め、一介の貴族が従えて良い面子じゃねぇな。シャンデラの嬢ちゃんは何をしでかそうとしてんのか? それとも『例の件』に気が付いているのか?」


「例の件とは? 何か心当たりでもおありですか?」



 「使用人に席を外させたのはこの話をするためだ」と前置きしキバの問いにバルバトスが答えた。



「ワシの孫娘にも色々調べてもらっているんだが、どうも上級貴族と下級貴族のいざこざが激化しているらしい」


「いつものことでは?」



 公務で貴族と関わりの多いキバ、呆れることなく「それは日常茶飯事でしょう」と一蹴する。


 が、バルバトスは声を落とし事の深刻さを伝える。



「どうもよぉ、下級貴族が変な連中と結託して上級貴族を滅ぼそうとしているみたいなんだ。今までとは毛色の違う搦め手を使ってな」


「毛色とな?」


「あぁ、不穏分子を送り込み内部から崩壊させようって手口だ……」



 バルバトスは手を組むと静かにその「手口」について口にした。



「悪霊に憑かせた少年少女を養子縁組みという形で送り込んでな」



 養子縁組という単語を聞いてキバが首をかしげた。



「養子縁組、はて、聞き覚えのある単語ですね」



 首をかしげるキバにギンタローは呆れる。



「お主の方こそ我より物忘れが激しくなってはおらぬか? 今朝がたの話じゃぞ、マリア殿のご両親が言っていた養子縁組の話じゃ」



 それを思い出したキバは今しがた聞いた話と照らし合わせ神妙な顔になる。



「 ―ッ! つまりマリア様に悪霊の取り憑いた輩が近づく。これは執事として見過ごすわけにはいきませんね」


「わっふ!」



 腕をまくりすぐに帰ろうとするキバとリードを自ら咥えだすモフ丸をギンタローが制する。



「このたわけめ、それはもう白紙になったと言っておるじゃろ」


「っと、失念していました」


「わふ……」



 一人と一匹をたしなめた後、ギンタローは改めて安堵の息を漏らした。



「しかし危ないところじゃったな……いやはや、マリア殿は豪運じゃな」



 その運の良さに感服しているギンタローにバルバトスが別の可能性を示唆した。



「いや、もしかしたら運じゃねーかも知れねーぞ」


「ほほう、その心は」


「シャンデラの嬢ちゃんはさっき言った上級憎しの組織の存在を察して回避したんじゃねーかってんだ」



 その可能性にキバが食いつく。



「まぁマリア様のことですからその可能性は極めて大ですが、根拠が気になりますね」



 彼の問いにバルバトスはキバたちを指さし答えた。



「おめーらだよ」


「我らですか?」


「わっふ?」



 驚く彼らにバルバトスは呆れ交じりだった。



「次期亜人の王にロクの地の妖狐。そんでコボルトの赤ん坊……用意周到以外の何者でもなくないか?」


「つまりマリア様は」


「あぁ、悪しき精霊を復活させんとする不届きものに気が付いて独自に動いている……ていうかそうとしか思えねんだ」


 「じゃなかったら世界でも征服したいのかもな」と冗談交じりのバルバトス。


 キバはその冗談に笑えなかった。



「そういえば今朝悪霊払いができるか聞いていましたね」


「そいつはマジか? だとしたらいよいよ決まりだな。やるなシャンデラの嬢ちゃん」



 驚くバルバトス。一方、キバは得心をしたように頷いていた。



「マリア様はそれでモンスターテイマーの資格を得てモフ丸君……ついでにギンタローを教室に連れていけるよう考えていたのですね」


「こりゃ! ついでとは何じゃ! しかしだとするとモンスターテイマーの資格が得られないのはいささか問題ではござらんか」


「わうっふ」



 嘆くモフ丸の言葉をキバが汲んだ。



「モフ丸君の言うとおりですね、有事の際にそばにいることが肝心だと」


「わっふり」


「何々……『それに他の生徒からお菓子をもらえるかも知れない』……あ、はい」



 平常運転のモフ丸に一周回って感服するキバだった。


 一方、その話を受けたバルバトスはなぜか神妙な面もちになっていた。



「モンスターテイマーの資格か、ワシの孫娘が申請しているのなら、なかなか下りないのはしょうがねぇやな」


「いかがされましたかバルバトス殿?」



 ギンタローの問いにバルバトスは上級貴族、下級貴族のいざこざ……いや、恥部について語りだした。



「実はよ、ウチのミルフィーユ家はモンスターテイマーの資格を管理しているデルフィニウム家と仲が悪くてな。許可が下りない原因は十中八九ソレだろうよ」


「デルなんとか家ですね、仲がよろしくないのは小耳に挟みました」


「耳が早えぇな、さすが次期亜人の王だなオイ」


「えぇ、マリア様の執事ですから」



 真顔でひけらかすキバを「それ我が今朝言ったやつ」と言いたげなギンタローは歯ぎしりして睨んでいた。


 モフ丸が「わふ……」と肩を叩いて慰める。



「話の腰を折りたくないのでツッコミをぐっとこらえてお尋ねしますが、そこまで諍いは深刻なのですかな?」


 ギンタローの問いにバルバトスはどこから話すべきかと逡巡したのち、一つ一つ丁寧に教えてくれた。



「まずサイファー公国生徒会は学生にしちゃ絶大な権力を持っているのは知っているか?」


「わっふ!」



 力強く吠えるモフ丸に老軍人は目を細めた。



「そうかい、おりこうさんだ……なぜ学生なのにそこまで権力を持っているのか、それは学閥の力が強いからでな、ワシを含めた多数の生徒会OBが国の要職に就いているからなんだよ」


「わふん?」


「モフ丸殿、そっちの洋食ではございませぬぞ」


「わふり……」



 そんな小ボケを挟まれバルバトスの強ばった表情が少し和らいだ。



「通称『千刃会』っつーんだけどよ。一応ワシが立ち上げてミルフィーユにちなんで千刃だな。結構気に入ってんだ、この名前」


「聞いたことあります、どの学閥より数が多く、結束も固いと」


「そう、次期亜人の王も知っている最大学閥。それを快く思ってねーやつは山ほどいやがるんだ」


「その筆頭が先ほどのデルフィニウム家ですかな?」


「まぁな、目の上のたんこぶ扱いされるのも面倒なもんだぜ」



 バルバトスはギンタローに肩をすくめてみせると腰を深くしてソファーに座り直す。



「下級貴族の成り上がり連中は金じゃ得られない権力は喉から手が出るほど欲しいんだ。で、手に入らないとなると……」


「潰す? ですか?」



 クイズ番組の司会者のように「正解」とバルバトスは指さした。



「ご名答だアネデパミ卿。連中、権力の一局集中は危険だと『アンチ千刃会』とか変な派閥作っては何でもかんでもウチの邪魔するようになったんだ。今回の件もそれが原因だぁな」



 丁寧に教えてくれたバルバトスにギンタローは同情の素振りを見せる。



「それはやっかい極まりありませんなぁ……」



 老軍人はついでだと四方山話まで教えてくれた。



「これは噂だけどよ、デルフィニウム家は変な組織とつるんでいるって話もあってな。さっきの悪霊の件、デルフィニウム家が一枚噛んでいるとかいないとか」


「ふむ、用心するに越したことはありませんね……おや」



 キバが唸っているところに、先ほど退室したはずの使用人が大慌てで客間に駆け込んできた。



「あの! バルバトス様!」


「なんでぇ、慌ててどうした? また変なのが来たか?」


「えっと……その、アポなしで困ります!」


「失礼しますよ」



 使用人の制止を無視し、バルバトスの前に現れるは尊大な態度で狡猾そうな顔つきの少年。


 魔法学園と似たような学生服だが……ボタンや刺繍にところどころ金糸を用いており、良く言えば豪華絢爛、悪く言えば悪趣味な意匠は少年の態度と合わさって実に鼻につくオーラを纏っていた。



「おやおや、お久しぶりですバルバトス殿」



 ファッサーとウェーブのかかった前髪をかきあげる少年。香水なのか柑橘系の良い香りがまた腹立たしさを増してくる。


 露骨に嫌な顔をするバルバトスはその少年の名前を口にした。



「イゾルデ・デルフィニウムか」


「ん~そうです、新進気鋭の貴族デルフィニウム家のイゾルデです」



 イゾルデ・デルフィニウム。


 サイファー公国魔法学園に対抗して誕生した「私立デルフィニウム高等学校」の生徒会長。


 デルフィニウム家の他、成り上がり貴族による多額の出資と魔法学園生徒会派閥を忌み嫌っている例の「アンチ千刃会」の後ろ盾で設立したこの学校は人材や名声集めに余念がなく度々サイファー公国魔法学園と衝突している。


 希代の軍人バルバトスにも気後れしないのは図々しさと彼が大昔活躍した戦争そのものを知らない無知故だろう。そう感じるほど「成金の息子でござい」感がすさまじかった。



「噂をすれば影ってやつかい」



 人の家で好き放題言い放つ招かれざる客に呆れるバルバトス。


 イゾルデは小声で悪態付く老軍人に恭しく一礼、その後ファッサーと髪をかきあげ柑橘系の香りを振りまいた。



「いやいや、ご機嫌いかがですかな御大。アポなしのご無礼お許しください」


「来るなら一言くれぇ声かけろ、知ってりゃ居留守使っていたってのによ」



 苦々しい顔の老軍人にイゾルデは慇懃無礼な姿勢を崩さない。



「下級貴族と話をする気はない、未来を担うボぉクとの会話を拒否……国益を損なう行為は大臣の職務放棄ですよ」


「自惚れんな小僧」



 ああ言えばこう言うを地でいくイゾルデをブン殴ってやりたいようだがバルバトスは立場上ぐっと堪えていた。傷害を与えたら相手の思うつぼだと。



「とっとと用件を言って帰んな」



 そう言われ、イゾルデはようやく本題を切り出した。



「おたくの孫娘さんが生徒にモンスターテイマーの資格申請をしてきましたね」


「あぁ、それがどうしたい」


「フフン……正式にお断りさせていただきます」


「んだと?」



 憤るバルバトスにイゾルデはこれまた慇懃無礼に笑い出す。



「ぬふふ、本来は書面で通達なのですがボクぁ優しいので直接お伝えしにきたのですよ」


「職権乱用って言葉を知っているか? おぉ⁉」



 すごむ老軍人にさすがにたじろぐイゾルデ。


 彼は深呼吸して気を取り直すと詭弁ともとれる御託を並べ始めた。



「いえね、ボクぁ常々思っていたのですよ、モンスターという危険な生き物をそう簡単に学生に扱わせて良いものか……と。いくら魔法学園生徒会長ロゼッタさんの口利きでも簡単に許可を下ろすのはよろしくないと思いましてね。もし許可を下ろした学生さんが事故でも起こしたらミルフィーユ家は我がデルフィニウム家に取って代わられますよ。これは優しさです、えぇ」



 言いたい放題語り尽くすイゾルデにバルバトスは異議を申し立てる。



「するってぇと何か? 学生はモンスターテイマーの資格は今後許可させないってのか?」


「そういうわけではありませんよ、学生でモンスターテイマーといった危険な資格は信頼に足りる存在にのみ許そうかと。具体的には我がデルフィニウム家が設立した学校、その生徒にのみ許そうかということですね。ご存じですか我が校のことを」



 サイファー公国魔法学園、そこの生徒会OBが幅を利かせているのが気にくわなく新設された学校


「デルフィニウム高等学校」。



 イゾルデ曰く「貴族による貴族のための学校」であり貴族の生徒は体は鍛えず帝王学や経済学、礼儀作法などを専攻。その逆で平民の学生は貴族の従者として徹底した訓練や教育を受け最高の主従関係を築く学校とのこと。



「知っているよぉ、極端な教育方針」


「使う側と使われる側を徹底したに過ぎません。それに学生の身分で様々な資格を拾得できる強みもあります、いつの時代か我が校の教育方針がスタンダードになること請け合いですよ。魔法学園は衰退の一途をたどる未来が見えますねぇ」



 ゆくゆくはモンスターテイマー関係以外の資格も自分の生徒にしか許可しない、つまりイゾルデは資格関係の独占を宣言しにきたということであろう。



「資格関係をダシに生徒を集めようってのか?」


「いえいえ、そのようなことは。まぁ中長期的に見たら生徒数激減で千刃会は衰退するでしょうな。千刃会の権力のいくつかを我がデルフィニウム家に譲渡していただければ多少融通を利かせてあげますけど」


「それが言いたかったのか……無関係の学生の未来を奪う暴挙に出るとは思わなかったよ」


「もちろん、そちらの学校卒業後に正式な実技試験を受けていただけるのなら問題ありませんよ。あぁそういえば、モンスターテイマーの試験は年に一回、しかも難しいそうじゃありませんか。わが校の生徒ならもっと簡単に取れるのになぁ」



 たっぷり嫌な笑みをためてからイゾルデは続ける。



「あぁ他にも亜人を取り纏めモンスターの研究や保護活動をしているアネデパミ家、キバ・イズフィールド・アネデパミ様あたりが『オッケー』とでも言ったら許可してあげようかと思いますけどねぇ」





「オッケー」





「……え?」


「…………オッケー」



 できるはずはない、プークスクスな表情だったイゾルデの顔が一瞬固まる。


 そして、イゾルデの視線の先には ―



「どうも、キバ・イズフィールド・アネデパミです」



 キバご本人が表情を変えずそこに立ち尽くしていた。



「……………………」



 しばしの間、静寂が客間を支配する。


 が、無表情でたたずみ「オッケー」と言い放った彼に対し、イゾルデは急に笑い出した。



「あ、アハッハハ!」



 動揺のまっただ中なのか、はたまた虚勢を張っているのか……無理に笑っている感満載だった。


 そしてイゾルデは早口でまくし立てる。



「いやはやバルバトス様、冗談がすぎますよ」


「んだと?」


「ちょっと似ている竜族の男をキバ様と言い切るなんて。本気で言っているのなら耄碌されましたかな? いやだって無理がありますよ。それにこの執事服、キバ様が執事ぃ⁉ ご冗談をそれにホラ!」



 勢いそのままイゾルデはモフ丸とギンタローを指さした。



「犬っ子やキツネを連れて散歩の途中ですか⁉ キバ様がぁ? しかも何ですかその壺、変な臭いがしますねぇ……って漬物ぉ⁉ 次期亜人の王が執事服に身を包み、漬物壺を持って犬やキツネの散歩をするなんて無理がありますよ!」


「だよな」



 さんざんな言われようだが一つも反論できないバルバトスは秒で肯定した。


 否定しない老軍人の態度を降参、もしくは開き直りと捉えたのかイゾルデは不敵に笑った。



「そんなウソでボクは騙せませんよ。とにかくマリア・シャンデラでしたっけ? 彼女にモンスターテイマーの許可は与えられません。よっぽどの大人物だったら話は別ですがねぇ……では、失礼しますよ」



 言いたいことを言うと黒服の手下を連れて去って行くイゾルデ。


 去り行く彼の背中を見送るバルバトスは非常に疲れた顔をした。



「嵐のように去って行きやがった……しっかし面倒だぜコイツは」



 様々な資格の管理を担っているデルフィニウム家。


 対外的なことをかなぐり捨ててその利権をフル活用し自分の設立した学校に有能な生徒をかき集め魔法学園、ひいては生徒会派閥「千刃会」の弱体化を目論む……


 下級貴族が下剋上に本腰を入れてきたことに辟易するバルバトスだった。


 片や、さんざんキバじゃないとこき下ろされた竜族の王子は何やらやる気に満ちていた。



「こちらはわかりやすくなりましたね。言質も取れましたし」


「言質だ? 何の話だ?」



 素っ頓狂な声を上げる老軍人を気にも留めずキバはギンタローとモフ丸を呼んで部屋の隅で作戦会議を始める。



「これは我々の出番ですね」


「わふ?」


「ふふん、読めたぞキバよ。マリア殿の素晴らしさを世に広める絶好の機会というわけじゃな」



 キバはゆっくりと頷いた。



「はい、謙虚なマリア様はあまり目立ちたくないのかご自身の素晴らしさをあまりアピールしません。我々がマリア様の素晴らしさを布教しようとしても『やめて』と叱られてしまいます」


「わっふ!」


「そうですぞモフ丸殿。モンスターテイマーの資格を得るにはイゾルデ何某が認める大人物でなければならない……マリア殿に叱られることなくマリア殿の布教活動ができる大義名分を得たということですぞ」



 日頃マリアの素晴らしさを声を大にして言いたいキバ。顔は真顔だが子供のように目を輝かせていた。



「悪霊を扱う不逞の輩も気になります、これは執事としてマリア様の良さをアピールせねばなりません」


「うむ! さっそく家に帰って会議じゃ会議!」


「わっふふわっふ!」



 人の家の客間でヒソヒソ話をする一人と二匹にバルバトスは呆れ果てていた。



「おめーら他所でやんな……ったく」



 バルバトスは苦笑する。家柄も人種もぶっ飛んでいる奴らにこんなにも慕われているマリア・シャンデラに同情しているのだ。



「ウチの孫娘も好いていることだし……一度会ってみたいもんだぜ」



 自分の知らぬところで防衛大臣の興味を引いていたなどマリアは知るよしもなかった。



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