なんだか私の知らないところで盛り上がっています⑥
そしてその日の昼休み、生徒会室にて。
「マリアちゃんが妙に積極的だぁ?」
会長の席にデンと座り、べらんめぇ口調で驚いているのはゴスロリファッションの似合う生徒会長ロゼッタである。
その前には社長に進言する部長のような神妙な顔立ちのサリーが鎮座していた。
「はい、妙に私に対して馴れ馴れしくなって……しかも急にですよ」
ロゼッタは片眉を上げる。
「別にいいじゃねぇか、素っ気ねぇよりだいぶマシだろ。生徒会にも入ってもらったし何を悩んでやがるんだサリーちゃん」
「生徒会長がいきなりお爺さまから『カワイイカワイイ』とデレデレされたらどうします?」
「天地がひっくり返る前触れだと思うぜぇ……あぁ、そういうことか」
「はい、そういうことです」
防衛大臣で厳格な祖父に憧れているロゼッタ。その祖父がキャラ変わりする様子を想像し思わず吹き出しそうになったのだった。
もし、そんなことがあるとしたら必ず裏がある ―
サリーと距離を取るマリアの方向転換に何か裏があるのではとロゼッタは睨む。
「何かあったとしか思えないってことか……あん? もしかして ―」
心当たりがあるのかロゼッタは机に身を乗り出した。
サリーは彼女の考えを聞かずに頷いた。
「はい、彼女はしきりに私の『家族構成』について尋ねてきました。その意図はやはり……」
サリーは一拍置くと真剣な顔つきで自分の見解を示した。
「マリアも上級貴族に起きている異変について気が付いたのかもしれません」
ロゼッタは「そうかもしれねぇな」とサリーに同意する。
「そういや例の養子……ミリィちゃんは元々どこで預かる予定だったんだ?」
「その件は調べている途中ですが、どうやらシャンデラ家だったようです」
「まいったね、そういうことかい……点と点がつながっちまったよ」
頭を掻くロゼッタ。
サリーはマリアの異常行動をこう結論付けた。
「おそらくマリアは気が付いたのかと。上級貴族に養子を送り内側から壊滅させようとしている何者かに」
「彼女は彼女なりに調査しようとしてたのかもな……でもご両親が変に気を利かせて養子の件が白紙に。奇しくもこの件を調査していたサリーちゃんが毒を食らわば皿までの覚悟で自分の家で引き取ろうとしていて……かっさらう感じになっちまったんだな」
「だから家族構成をしきりに聞いてきた……そうでなくては説明がつきません」
サリーはゆっくり立ち上がると部屋の隅からボードを引っ張り出してきた。
そのボードには刑事ドラマで目にするような相関図や間取り、バツ印の入った貴族らしき人物の顔写真などが貼り出されていた。その中にはプリム・ルンゲルの顔写真も……
彼女の写真をサリーが指差す。
「先日、体育祭で暴走したプリム先輩もルンゲル家に引き取られた養子でした。引き取られたのは彼女が幼少期の頃と聞いていてあまり注視してはいませんでしたが……」
「もっと昔からこの計画は実行されていたってことだな。ったくリストアップの範囲を広げなきゃならねぇ」
ロゼッタは「やること山積みだな」と苦い顔をする。
「ったっく……おっと、体育祭でのプリムちゃんの件は内々で処理してくれたかい?」
「はい、体育祭の一件は彼女の自発的な暴走ではなく、ヒートアップしてしまった保護者に巻き込まれたということにしてあります……あの時、謎の煙幕や記憶を失った出場者が多く根回しにさほど苦労しませんでした」
「おそらくマリアちゃんがキバ様を使って手を回してくれたんだろうな」
今の会話をギンタローが聞いていたら「我の幻術ぅ!」と枕を涙で濡らしていただろう。
「その手際の良さ、やはりマリアは養子事件について知っていたのでしょうね」
「もしかしたら、マリアちゃんはプリムちゃんが自分に絡んでくるよう『あえて』仕向けていたのかもな……だとしたら相当のタマだぜあの子はよ」
何やらドンドンと膨れ上がってくる二人のマリア像は止まるところを知らない。
もはやマリアが下級貴族の背後にいる組織に感付いている前提で二人の会話は進んでいるのだった。
「ところでよぉ、なんでシャンデラ家はミリィちゃんを養子にするのを思いとどまったんだ?」
「どうやら元々、マリアのご両親が友達のできない我が子に話し相手として迎え入れようとしていたみたいです」
「シャンデラのご両親はこの件を知らなかったみたいだな……」
「拒んでいた生徒会入りを急に翻した理由、拒んでいた時に彼女が口にしていた『やることがあるから』すべてに合点がいきます。ただ……」
「あの子が何者かってことが謎だよなぁ。急に人が変わったとか言われているしよぉ」
ますますマリアが何者なのか混乱を極めてきた、そんな中である。
ゴン! バン!
生徒会の扉がノックと同時にババンと音を立てて開いた。
「おじゃましまーす! 生徒会の新参者、マリア・シャンデラ入室しまっす!」
「ま、マリア⁉」
現れたのは件のマリア。つい最近の緊張感はどこへやら、部室に入るOBレベルの気さくさで入室してきた。
そんなノックをしながら部屋に入ってくる、ベーシックお母さんスタイルでの入室にロゼッタとサリーは目を丸くして驚いた。
慌てて機密事項のことが書かれているボードを隠すサリー。
ロゼッタは取り繕い噂のマリアに応対する。
「ど、どうしたんでぇマリアちゃん。いきなりよぉ。せめて返事する時間が欲しいぜ」
マリアは舌を出して「しまった」と可愛く反省した。
「あーすいません、ノックしながら入室するなって弟に何度も言われていたっけ」
「弟?」
「っと、こっちの話です。それよりどうしたもこうしたもないですよ」
笑顔のマリア。
先ほどまでの会話が会話なだけに彼女の柔和な笑顔が恐ろしいものに感じ取れるロゼッタとサリー。
もしや今までの会話を聞かれたのかと両者目を合わせた。
そんな二人の不安は杞憂に終わる。
―ドン!
次の瞬間、机の上にドドンと現れたのは豪奢なランチボックスだった。
「お昼じゃないですか! お仕事も大事ですけどご飯を食べなきゃいいアイディアも浮かびませんよ」
マリアは満面の笑みを携えながらランチボックスの蓋を開ける。
中から顔を出したのは今朝丹誠込めて作り上げた炊き込みご飯。
その上に椎茸や人参の煮物といった物を添え小さな陶器に盛った代物だった。
まさに「峠の茶屋の釜飯」風お弁当。
駅弁を彷彿とさせるそれはお金を取れる完成度である。
「お、おぉ、ありがとうよ」
「い、いただきましょう会長」
肩すかしを食らった二人は言われるがまま出された炊き込みご飯に口を付ける。
そんな気持ちのフワフワした二人だったが料理を口にした瞬間、上品かつ繊細な味わいにほっこりとした顔つきになる。炊き込まれた椎茸のように柔らかな表情だった。
「うめぇ、なんだこりゃ」
「鶏のお出汁が染み込んで……」
二人の反応にマリアもニンマリである。
「炊き込みご飯は炊き立てはもちろんですけど、冷めてもおいしいんですよ」
「あぁ、確かに。この『おこげ』たまんねぇな。噛めば噛むほど味がでる」
「こうばしい香りが炊き立ての風味になって楽しませてくれますね」
「付け合わせの椎茸と人参の煮物もよく味が染み込んでいてこれがまたアクセントになるぜぇ……爺様に連れて行かれた高級小料理屋で出される突き出しにも負けねぇ」
マリアの炊き込みご飯がよっぽど美味しかったのだろうか、よどみなく食レポしながら平らげる二人。
場の空気はシリアスムードから一気に「ほっこりランチタイム」ヘと変貌していたのだった。
先ほどまで緊迫していた表情だったサリーも忘れたかのようにお茶を淹れだす。
「はい会長、マリアもお茶どうぞ」
「おっとすまねぇ」
「ん~ありがと、サリー」
ふやけた顔でサリーからのお茶を受け取るマリア。
そんな彼女の顔をロゼッタは訝しげに見やっていた。
「……」
本当に知略を巡らせながらこの事件を追っているのかと疑いたくなるほどのふやけた顔だったからである。
もちろんマリアは事件など知らず、「死亡フラグ回避」という別ベクトルで動いているからなのだが……ゲームのキャラであるロゼッタの知る由ではなかった。
一方、緊張のほどけたサリーはマリアに素朴な疑問を投げかけた。
「ところで今日キバ様は一緒じゃないの? 今朝登校した時はいらっしゃったはずだけど」
昼時はモフ丸やキバ、ギンタローと一緒にいることが多いマリア。一人は珍しいとサリーは首をかしげる。
マリアはお茶を口にしながらちょっぴり呆れ交じりで答えた。
「あぁ、キバ様は今日ご公務があるんですって……散歩のついでとか言ってたけど」
「散歩のついでねぇ、公務が執事の片手間ってのは大したタマって誉めていいものかどうか……」
奔放なキバにロゼッタも呆れてしまう。
そこでサリー、公務と聞いて何かを思い出したかのようである。
「あら? そういえば会長のお爺さま……防衛大臣も本日会議とか言っていませんでした?」
「あぁ、でもキバ様とじゃねぇだろ」
「そうなのですか?」
「いやぁ、さすがに防衛大臣の爺様との会談を散歩のついでなんてキバ様でも言いやしねぇさ。そんなんしたらどんな雷が落ちるか……やっべ、想像しただけでも震えてきたぜ」
厳格な祖父が散歩のついで扱いされたら ―想像しただけで恐ろしいのだろう、ロゼッタは自分の体を抱きしめ身震いする。
年相応の可愛らしい怖がりようにいつものマリアだったら微笑ましく思うのだろうが ―
「本日、防衛大臣との会議がありまして ―」
「…………あちゃぁ」
去り際のキバの言葉を思い出し「あ、絶対ロゼッタのお爺さんとだ」と確信し、彼女同様に自分の体を抱きしめ身震いした。
「私は何も知らない、私は何も知らない ―」
言わぬが仏と思ったのだろう、マリアは脂汗を額に滲ませながらこの件について黙秘を貫くことに決めたのだった。
ロゼッタとマリア、二人仲良く遭難して救助された人のように震える様子をサリーは疑問に思う。
「どうしたんですか会長、マリアも」
「ん~ん何でも。ところでせっかく同じ生徒会になったんだから家族構成とか個人情報を教えてよサリー」
話題を変えるついでにミリィについて少しでも情報を得ようとするマリア。
その強引さにサリーは苦笑するしかない。
「マリア、またその話?」
「いいじゃないクラスメイトでもあるんだし、部屋汚いなら掃除しに行ってあげるわよ。ピッカピカにしちゃうんだから」
乗り気なマリアに困惑するサリー。家族構成云々言ってくる人間に部屋を掃除されたらどんな個人情報を調べられてしまうか怖くなってしまうのは仕方のないことだろう。
「…………ほうほう」
そんな二人のやり取りを端から見て、何かを思いついたのかロゼッタは悪い顔を見せる。
おもむろに立ち上がると満面の笑みで二人の肩をポンと叩く。
「ちょうどいいじゃねぇか、今度の生徒会の仕事が上手くいったらお互いの家族を交えたホームパーティを開こうとしていたんだぜ」
「え? そうだったんですか⁉ 言ってよサリー」
初耳だと目を丸くするマリア。
同様にサリーも目を丸くしていた。
「え、ちょっと会長?」
ホームパーティなんて聞いたことないという顔。
そんなサリーにロゼッタがそっと耳打ちをした。
「バッキャロイ、家に招くことをダシにしてマリアちゃんに生徒会の仕事をガンガンこなしてもらう良い機会じゃねぇか」
「またそんな姑息なことを……」
「策士と言いねぇ。それに別に彼女を家に招くこと自体、問題ねぇだろ? ちょっと前のめりすぎて引いているだけでよぉ」
「まぁそうですが」
そう、サリーはマリアに対しての好感が無いわけではない……むしろ高い方だが先ほどの会話からもわかるように「急に手のひらを返したかのように接近してきた」ことに色々戸惑っているだけなのである。
そんな彼女にロゼッタはメリットをつらつらとつむぐ。
「それに色々確かめるチャンスでもあるんだぜ。マリアちゃんが本当に事件を追っているのか、誰かの指示なのか協力なのか単独なのか。まさかのすべて偶然なのか……まぁそれはないと思うけどよ」
「ま、まぁ……確かに気にはなりますが」
実はすべて偶然なのだが……その可能性は考慮できないサリーたち。無理からぬものである。
一方マリアは取っかかりができたことに目を輝かせていた。
「これで一歩前進、ミリィちゃんに接触してサリーが殺されないように上手く誘導しないと」ボソボソ
二人に聞こえない声でやる気に満ちあふれるマリア。
「生徒会の仕事が成功すればホームパーティを開いていただけるんですね」
「おうともさ、その予定だぜ。ただし祝賀パーティだ、仕事が上手くいかなかったらこのパーティは立ち消えちまうけどな」
「よーし! やったぁ!」
サリー宅に行けることを……いや、ミリィと接触できることを喜ぶマリア。
独断専行なロゼッタのせいで強引にホームパーティを開くことになり嘆息するサリーだったが……
「まったくもう」
楽しみにしてもらえることは悪いことではない ―マリアの喜ぶ姿を見て満更でもない顔になるのだった。
ロゼッタは続けてサリーに耳打ちする。
「まぁ、オイラも見てみてぇんだ。例の養子……ミリィちゃんをよぉ」
「わかりました」
渦中の養子事件、その関係者かもしれないミリィに会ってみたいとロゼッタ。
そしてすっかりロゼッタに乗せられたマリアはやる気に満ちあふれていた。
「ホームパーティを目指し生徒会の仕事を頑張るわよ! この際、多少目立っちゃってもしょうがないわ! ……あ、ちなみにどんな仕事内容なんですか?」
「それについては後から説明するぜ。まぁなんだ、ちょっとしたライバル校との競争だよ」
「よくわかりませんがホームパーティのためなら何でもしますよ!」
本来なら序盤で殺されるモブ悪役令嬢としてゲームストーリーに影響を与えないようひっそり有事に備えたかったマリアだったが「それどころではない」と奮起する。
……が、この目立っても構わない姿勢が生徒会とマリアの評価を一気に変えていってしまうのであった。
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