なんだか私の知らないところで盛り上がっています⑤
教室への道中、マリアの耳に生徒同士の話し声が聞こえてくる。
「あの方がマリアさん?」
「そう、サリーさんの熱意に動かされついに生徒会入りを決意した新進気鋭の生徒会員よ」
「なんでも、もうすでに役職候補とまで言われているらしい」
「じゃあ将来の生徒会長?」
「それはサリーさんがいるから、でもサリーさんとマリアさんで会長副会長になってくれればウチの代は安泰じゃないか?」
などなど「生徒会に所属する」と言ったその日から本人の望まぬ噂の雨あられ、嫉妬や羨望の眼差しがビシビシとマリアに降り注いでいた。
好奇の眼差しはキバの一件で慣れてはいたが「生徒会に対する期待」となると重責……知らずのうちにマリアは肩を落としていた。
「不本意なんだけどなぁ……でも命がかかっている以上、やるっきゃないわ」
廊下を歩いているだけなのに中には深々と頭を下げてくる生徒も……調子に乗る性格だったら重役気分を味わうのだろうが、マリアはどちらかというと過剰な敬意が胃に響くタイプである。
「上級貴族でありながら下級貴族のことを思案しているマリア様、どうぞよしなに」
こんな感じで挨拶されてマリアは会釈しながら頭を掻いた。
(ロゼッタ会長の家とデルなんとか家といい、本当に上級下級問題って根深いのね。みんな仲良くすればいいのにさ)
ゲームの世界とはいえ、こんなことを言ってくる生徒もいる状況を憂うマリアだった。
そして自分の教室へ。
マリアの入室に「おはよう」や「噂で持ちきりよ」なんてクラスメイトから声がかけられた。
気さくに声をかけてくるが若干色めき立っているのは「生徒会」の一件のせいだろう。
(生徒会に入るってことはワルドナの世界ではこれほどまでのことなのね……ゲームじゃ気にならなかったけども)
まるでテレビに出演したかのような盛り上がりに当の本人は気疲れマックスである。
そんな色めき立つ中、彼女を迎える一人の少女の姿が。
「おはようマリア」
ワルドナのメインキャラ、主人公の先輩にあたる「サリー・インプション」である。
長谷川麻里亜にゲームを貸した友人曰く「スタッフの愛が詰まった万能チートキャラ」とのこと。
そんなわけで他の生徒やマリアと違い実に華やか、実に気品満ち、実にオーラあふれる美少女である。
彼女に対しマリアは ―
「うん、おはようサリー。ところで家族構成の話なんだけど教えてくれない?」
朝の挨拶と共に個人情報を要求した。
唐突すぎる質問にどん引きするサリー。内容も内容なので無理もない。
「あ、あのマリア。いきなり家族構成は」
「いいじゃない、教えてよぉ……割とマジで」
ちなみに「教えてよぉ」と比べ「割とマジで」は1オクターブほど音程が下がっている。つまりガチトーンである。
サリーからしたらこの前までのマリアはよそよそしく、生徒会に誘っても梨の礫。それが打って変わってこのように馴れ馴れしくなったので一周回って気味悪がっているのだった。
「えっと、参考までに聞いていい? この前までよそよそしかったと思うんだけど……どういう心境の変化かな?」
「細かいことは気にしなくていいのよ」
ゲームストーリーに影響を与えぬよう必要以上にメインキャラと関わろうとしなかったマリア。
だが、死亡フラグがサリーに渡ってしまった以上、なんとかするべく積極的に関わろうと努めているのだ。
よそよそしいから馴れ馴れしいに早変わり……間がなくて戸惑われるのはマリアも重々承知の上だった。
しかし気に留めるわけにはいかない、サリーの命がかかっているのだから。
「とりあえずお昼一緒に食べましょう。その時じっくり聞かせてね」
「ぜ、善処するわ」
サリーの心境はこうである。仲良くなれて、しかも生徒会に入ってくれて嬉しいはずなのに、どこか不信感が拭えない。
彼女はマリアに裏があるのではと勘ぐるのだが……
「よろしくねっ!」ニッコリ
優しさ100パーセントな満面の笑みを浮かべるマリアについつられて笑ってしまうのだった。
その謎めいたやりとりに周囲の生徒間で憶測が飛び交う。
「どうしてマリアさんは急に生徒会に入ろうとしたんだろう」ヒソヒソ
「ね、サリーさんによそよそしかったのに」ヒソヒソ
「あ、もしかしてジラし作戦とか?」ヒソヒソ
「なるほど、確かにこの状況、イニシアティブはマリアさんが握っている」ヒソヒソ
「急に接近されサリーさんは困惑するしかないもの。今までは未来の生徒会長になるためのマリアさんの布石⁉」ヒソヒソ
「すべてはマリアさんの手のひらのうち……腹芸もできるなんてさすがマリアさん」ヒソヒソ
ちなみにこのやり取り、マリアたちに筒抜けである。
予期せぬ別ベクトルの盛り上がりにマリアとサリーの当事者両名は何とも言えない顔になった。
「一応聞くけど、違うわよねマリア」
「それは違うわ。まぁちょ~っと複雑なので詳しくは言えないけどさ」
まさかゲームで自分を殺す予定のキャラがそっちの家の養子になってしまったとは言えず言葉を濁すマリア。
その様子を見たサリーは何か思い当たることがあるような素振りを見せた。
「まさか……」
「ん? どうしたのサリー?」
「っと、何でもないわ」
今度はサリーの方がよそよそしく距離を取りだした。
マリアは「ちょっと積極的になりすぎちゃったかな?」と行動的になりすぎたことを反省。
そしてこう考え出した。
(うーん、やっぱり生徒会に入っただけじゃダメね。そこから先の信頼を勝ち取ってからじゃないと家族構成は聞けそうもないわ……もしくは意外に生徒会の仕事とプライベートは分けたいタイプ? いや、ゲームプレイしていたけどそんな感じはなかったわ)
深読みしても埒が明かない、時間をかけて仲良くなっていこうと考えるマリア。
しかし、この一件はサリーの……いや生徒会、そしてサイファー公国の思惑が絡んでいるなど知る由もなかったのである。
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