七話「魔法学園の体育祭が始まりました」⑰
体育祭というイベントが終わり一日中奔走していたマリアは心地よい疲労感に包まれて帰宅した。
「ふぅ、みんな楽しんでくれたみたいでなによりね。一年生と上級生たちとの勝負も僅差で負けちゃったけど良い勝負ができて盛り上がったから結果オーライね」
勝ち負けより団結できたことを喜ばしく思うマリア。
らしさ全開の彼女だがもちろん死亡フラグ回避の件でも進展があり喜んでいた。
「みんな喜んでくれたしクラスメイトと仲良くなれたわね。もしかしたらゲーム開始時の取り巻きも頼んだら一日くらいはやってくれるかも」
まさかの一日取り巻き……まぁ主人公たちの前だけでも誤魔化せればオッケーなのだろう。
悪役令嬢として日に日にほど遠くなっているマリアだが「なんとか悪役令嬢の設定を守れている」と信じ込んでいるようだった。
「さて、あとは私を殺す予定の義理の妹「ミリィ」ちゃんの同行を逐一チェックし続ければなんとかなりそうね」
自分を殺す予定である悪しき精霊に取り付かれているミリィ。
これから養子としてシャンデラ家に入ってくる彼女をマークすればちょっぴりイレギュラーが起きても何とかモフ丸やギンタローで対応できるはず。
マリアはそう考えていた。
「いけるいける、生き延びるわよ!」
しかしマリアは知らなかった。
もうすでにゲーム本編がよからぬ方向に動いていることを。
「ふんふふ~ん」
ほくほく顔のマリア。
そこに同じく嬉しそうな両親が現れる。
「おかえりなさいお父様お母様、遅かったのね」
声をかけるマリア。
父ガンドルはちょっぴり困り顔で笑っていた。
「いやぁ、あれから他の貴族たちから質問責めにあってね。どうやってキバ様を身内に引き入れたのかうるさく聞かれてかなわなかったよ」
「あ、あぁ……そうだったの」
続いて母シンディも疲れた顔で笑っていた。
「あなたの活躍もあってお近づきになりたいって人がひっきりなしで疲れちゃったわ」
「そ、そう。じゃあ今からご飯作るから待っててね」
両親も両親で貴族って大変なんだなと改めてキバの影響力に感心するマリアだった。
そんな二人は良い笑顔をマリアに向けていた。
「それはひとまず置いといて、魔法学園に入学してからマリアに友達がたくさん出来ていたなんて……そっちの方が嬉しいわ」
シンディの言葉にマリアはちょっぴり恥ずかしくなった。
そして父ガンドルも続けて喜んでいる。
「そうだな、お前はお父さんたちにはどこか本音で話してくれないところがあって心配していたのだよ」
「本音?」
「あぁ、ずっと前に「仲の良い友達はいないのか」って聞いたら「友達はいらない」なんて言っていたからね」
シンディは少し目の端っこに涙をためていた。
「でも今日たくさんの友達に囲まれているのを見て嬉しかったわ。貴方は強い子だけど独りぼっちは辛いもの」
「お前は私たちに心配かけないように心配かけないように気を使っていたみたいだけど……いやいや、さすが我が娘! みなに慕われて嬉しいぞ!」
その言葉を聞いてマリアはうっすらと思い出す。
転生した「長谷川麻里亜」ではなく「悪役令嬢マリア・シャンデラ」が今までどのような気持ちで生きてきたのかを……である。
(そうか、私……っていうかマリア・シャンデラはお父さんとお母さんにどこか気を使っていたんだ)
上級貴族、その有力者であるシャンデラ家。
物心ついてその凄さを実感し一人娘として気を負ったせいだろう、親の前では極力良い子であろうとした。
自分の気持ちを発散することなく幼少期を過ごしたせいで、使用人や同級生に対して過度で幼稚なワガママを自覚なく繰り返していたことを。
蝶よ花よと育ててくれた両親――彼らにはワガママを言わないように我慢していたことを。
その反動で他人に対するワガママが止まらなかったことを。
(だからか……モンスターテイマーになりたいなんて言えなかったんでしょうね)
自室で埃をかぶっていた本棚。
折れ目のついていない本だらけの中、一冊だけ何度も読み返したであろうモンスターテイマーの本のことを思い出していた。
(いえ、本棚に埃がかぶっていた事自体おかしかったのよね)
シャンデラ家という上級貴族。使用人もたくさんいる中、ワガママなお嬢様が自分の部屋を掃除させない理由など普通はないだろ。
にも関わらずマリアの部屋は一切掃除が行き届いておらず転生初日にまず大掃除をしたくらいだ。
それほどまで掃除して欲しくなかった……いや――
(自分の夢を悟られたくなかったから……よね)
モンスターテイマーという上級貴族には似つかわしくない、ましてや一人娘がなる職業ではない。
少しでも気取られ、両親に心配かけたくなかった……これはマリア・シャンデラなりの配慮だった。
(うっすら思い出した……マリア・シャンデラの気持ちが)
この世界の上級貴族は色々な重荷を背負っているのだろう。先のプリム先輩も上級貴族として両親のため振る舞おうとしての行き過ぎたことだったのかもしれない。
上級貴族としての葛藤――
愛してくれた両親への感謝――
だから子供の頃に両親に向けるはずの幼児性たっぷりのワガママが高校生になっても抜けなかったのだろう。
悪役令嬢の成り立ちが見えてきた彼女は「長谷川麻里亜」として決意する。
絶対に生きようと。
(そっか、マリア・シャンデラも悩んでいたんだ……)
その感情は慈愛だった。
マリア・シャンデラ……彼女は彼女なりの苦悩があった。
そして夢も両親に対する恩も返せぬまま悪しき精霊にそそのかされた義理の妹ミリィによって殺されてしまう。
「……うん」
そんなちょっぴりワガママかも知れないが両親を愛したマリア・シャンデラのため。
彼女を愛してくれる両親のため。
そして現実世界で待っている長谷川麻里亜の家族のためにも――
(必ず、生き延びてみせるわ……モンスターテイマーとしての腕を磨いてね)
そう決意し直したマリアだった。
(とにもかくにも、ワルドナの主人公たちが入学する時……その瞬間だけでも取り巻きを演じてくれる数の友人は確保したわ。悪役令嬢の取り巻きってよく分からないけど主人公たちに、その瞬間だけでもそう思わせれば万事オッケー……のはず!)
別にニアミスするだけならその瞬間だけでも悪役令嬢だと思わせればいい……盲点というか逆転の発想である。
キバというイレギュラーのせいで学園生活は思い描いた以上に目立ちまくり生徒会にまで勧誘されるようになってしまったが、あくまで「ゲームの主人公の見える範囲」で設定を遵守すればゲームシナリオに影響は少ないと信じるマリアだった。
(生徒会は断り続ければいいし、そうすればサリーとは良いお友達で居続けられるし)
だが、マリアは気が付いていなかった。
キバやモフ丸たちも関係ない……自分自身の「オカン的行動」のせいで新たなるイレギュラーが勃発していることを。
それがゲームストーリーを揺るがすことになっているとは思っていなかった。
(あとは義理の妹で悪しき精霊に憑かれた「ミリィ」が家に来てからが勝負ね。いつ命を狙ってくるのか、逐一チェックしていれば死は回避できるはずよ。まぁなんで命を狙われるか知らないけど)
そんな事を考えているときだった。
父ガンドルが不意に「あること」を口にする。
「いやぁ例の件、断って正解だったな」
「あなた」
例の件という気になる言葉を聞いたマリアは軽い気持ちで尋ねる。
バツの悪そうな顔をするガンドルとシンディ。
ちょっぴり笑っているところを見るに「そこまで大事ではないだろう」と楽観的になるマリアはグイグイ聞いてみることに。
「なに? またサプライズでお洋服とか買ってくれたの? そういうのもったいないからいいって言ったじゃない」
まさにお母さんの発想である。
ちょっぴり説教されてしおしおのガンドルは申し訳なさそうにしている。
「いやいや、この前はごめんね。でも今回はそうでなくてね……」
言いにくそうなガンドルに代わってシンディが答えた。
「実はね、貴方に内緒だったんだけど養子を迎え入れようかと思っていたの」
「養子……あぁ」
今し方考えていた「義理の妹ミリィ」の事かと察し、さほど驚かないマリア。
その様子を怒ってしまったと勘違いするガンドルは言い訳を並べ出す。
「いやいや、マリアが可愛くなくなったとかじゃないんだよ。マリアはずーっとカワイイ! お母さんの小さい頃にそっくりでカワイイ!」
「あなた……んもぅ」
頬を染めるシンディに恥ずかしそうなガンドル。
急にノロケられてマリアは優しく苦笑いする。
「でもね、マリアがあまり学校で友達を作らないのが心配でなぁ……上級貴族という立場上、友達を選ばなきゃとお前に気を使わせてしまっているのかと思っていたんだ」
実際は気を使ってではなく普通に友達が出来なかっただけだろうと察するマリアだが、わざわざ言う必要ないだろうとスルーする。
「それで養子縁組みを考えてくれていたの?」
「あぁ、ちょうどいい話があったんだ。一個下でお前と年が近い女の子でな、気兼ねなく心を許せるかと思ったんだよ」
「お父さんを責めないであげてね。上級貴族という同じ立場で苦労を吐露できるお話相手は必要だと思ったからよ」
シンディの言葉を聞いてミリィが養子になった理由が分かったマリア。
高校入学後という多感な時期に養子を迎える理由が分かって納得の表情である。
(そりゃ年頃の一人娘が友達らしい友達いなかったら心配もするわよね)
頷いているマリアにガンドルが心配そうな顔を向ける。
「怒っていないかい?」
「大丈夫よ。ところでその養子はいつウチにくるのかしら?」
正確な日にちを確認しようと問いかけるマリア。
しかし次の瞬間、ガンドルの口から彼女にとって思いも寄らぬ事実が放たれる。
「あぁ、養子の件だけどね。実は断ったんだ」
「………………………………あい?」
長い間。
そして間延びした声を漏らし絶句するマリア。
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