七話「魔法学園の体育祭が始まりました」⑮
「気が付いたら負けていた……最悪の展開よ……」
「本気のお嬢様はスゴカッタです。胸を張ってもいいと思います」
無骨な外見ながら良い人のモリタさん、、先ほどから何度も「凄かった」と連呼していた。
そんなプリムは手に例の薬を握りしめ葛藤していた。
今ならマリアに一服盛るのも不自然ではない……最後の機会、そう考えてだろう。
談笑しているマリア達。
この輪に交じってマリアに近づき薬を盛れば……そう考える彼女だが二の足を踏み続けている。
「……くっ」
二人三脚での一件があるから近寄れない……という理由だけではない。
この団らんの輪に混ざるという事にどうやら抵抗があるようだ。
「ドウシマシタ? キバ様にお近づきになりたいのでしたらいい機会かと思いますが」
プリムがキバと仲良くなりたいけど恥ずかしがっていると思っているモリタさんは優しく彼女の背中を押してあげる。
「……」
「上級とか下級とか関係なく皆和気あいあいとやっているようデスし」
「……だからよ」
プリムはそう言い切った。
どうやら自分の人生に全くなかった「和気あいあいとした光景」に壁を感じているようである。
「もし居心地が悪いようでしたら上級貴族のテラスへ向かいまショウか? お料理が用意されていると思いますシ」
「もどる……ね。でもお父様もお母さまもいないでしょ」
「あ、は、ハイ」
プリムは一拍置くと嘆息交じりで呟いた。
「そりゃそうよね、元下級貴族の養子だもの」
「そ、それは違うカト」
必死でフォローに回るモリタさん。
しかしプリムの表情は暗かった。
「自分たちの子供が生まれたらそっち優先よね。私は所詮予備か繋ぎ扱いよ」
プリム・ルンゲル。
彼女は上級貴族ルンゲル家の養子で元は下級貴族の一人娘だった。
跡取りに恵まれなかったルンゲル家の養子として幼少期迎えられて以来、蝶よ花よと育てられた令嬢。
しかし、その数年後、ルンゲル家に待望の男の子が生まれる。
その日以来自分への愛がそっくりそのまま実子に移ったとプリムはそう感じるようになった。今まで横柄な態度を取っていた使用人たちからそう陰口を叩かれるようになるのはさほど時間はかからなかった。
自分に残されたのは上級貴族という立場のみ。
上級貴族のアイデンティティにやたら固執するようになったのも、その一件を意識し始めてからである。
思えばマリアの下の人間を守るのが貴族という言葉にもっとも心を抉らされたのはプリムだったのかもしれない。
そう言ってくれる人間が近くにいてくれたら……と。
「くっ」
様々な葛藤を胸に錠剤を握りしめるプリム。
「むむむ」
「わふふ」
何かしでかしそうな雰囲気を感じ、そろそろ止めるべきか否か唸るギンタローとモフ丸。
しかし先に動いたのはなんとマリアの方だった。
「どうしたんですか?」
「っ!? マリア・シャンデラ」
先の一件もあって非常に気まずそうなプリム。
心配で声をかけてもらいモリタさんは頭をポリポリ掻いて一礼する。
「………………」
「………………」
しばし無言の間。
マリアは何かを察したのかプリムの腕を引っ張った。
「え?」
咄嗟のことに小さな声を漏らすプリム。
彼女の動揺を気にすることなくマリアは屈託のない笑みを浮かべていた。
「とりあえずお弁当を食べましょう!」
「おべ……え? お弁当!?」
「わかりますよ色々あるのも。でも美味しいご飯を食べれば吹っ飛びますって!」
そう言い切ると強引に自分の隣に座らせるマリア。
「え?」「プリム先輩?」「なんでここに?」
色々と遺恨のある先輩の登場に場に何とも言えない緊張感が走る。
しかし誘ったマリアは全く気にすることなく彼女の前におかずやおにぎりを盛ったお皿を用意してあげる。
「はい先輩、遠慮せずに」
「え、遠慮って……」
この時プリムの脳にある事がよぎる。
もしや自分の作戦がバレて先手を取って来たのか――
同じ考えで料理に毒を盛ってきたのか――
「……」チラッ
プリムはたまらずマリアの方に視線を送る。
そんなマリアの目は疑いの眼差しではなく慈愛の眼差しを向けていた。
「大丈夫? 食べれそう?」
マリアは二人三脚の時から彼女変調をずっと心配していたようだ。
自分のことより他人の体調をついつい気遣ってしまう……お母さん気質のマリア。
本気の心配。
これも演技力のなせる技なのか見抜けないプリム。
その心を見透かしたのかキバがそっと近寄り彼女に進言する。
「大丈夫です、みなさま同じものを召し上がっていますので……毒などは入っていませんよ」
「き、キバ様!? いえ、そのようなことは考えていませんわ――」
心の内を見透かされあからさまに動揺するプリムは誤魔化す勢いそのままにマリアの料理を口にした。
「…………あ」
一口頬張ったプリムは小さく声を漏らした。
「どうですか?」
「…………うん、おいしいわ」
一流シェフのできた手料理をいつも堪能していたプリム。
舌の肥えた彼女にとって「お弁当」は出来立てには到底かなわない冷めたモノだと勝手に決めつけていた節があった。
……が、今口にしたマリアの料理からは温度とは違う暖かさが感じ取れる。
養子になる前の朧げな記憶。
心を込めた家族の手料理に似た暖かさがそこにあったからだ。
プリムが過去に思いを馳せていることなど知らず、マリアは言葉をかける。
「わかりますよ先輩、私もでしたから」
「私も?」
妙なことを言い出すマリアに首をかしげるプリム。
マリアは気にかけることなく言葉を紡ぐ。
「ウチも両親が共働きでこういうイベントにあまり顔を出せなかったんです。みんながお父さんやお母さんと一緒にいるのに自分だけ一人……お昼の時が憂鬱になる気持ちやどこかの家族に混ざりたい気持ちはわかりますって」
「え? でもあなたのご両親は……」
不思議そうな顔で視線を別の方に向けるプリム。
その先にはガンドルとシンディがシートの上に座って他の家族や生徒と談笑していた。
マリアはやっちまったと舌を出すとすぐさま言い訳を展開する。
「あーっと例えばというか別の話というか……」
「昔の話?」
「そうです、そうです! 昔の話です、アハハ」
前世の事とはさすがに言えないマリアは大いに笑って大いに誤魔化した。
軽く咳ばらいをしてプリムに対して言葉をかける。
「私はそういう人を独りぼっちにさせたくないし、気にせずこういうイベントを楽しんでもらいたいの」
「押しつけがましいかも知れないけどね」なんて自虐的に舌を出して笑うマリア。
そこに貴族特有の自己顕示欲と言ったエゴはなかった。
言うなれば……まさにお母さん。
「一人でいないでウチの家族とお昼を食べましょう」という発想のようだ。
そしてマリアは肝っ玉お母さんのように胸を叩いた。
「……う」
貶めようとしていたプリム自分が恥ずかしくなる。
マリアは「料理くらいしか取り柄無いけど」と笑っていた。
そして勧められたお弁当を食べ始めるプリム。
その様子に気が付いたのかガンドルとシンディが二人の方へと近寄ってくる。
「やぁ、ルンゲル氏の娘さんだね」
「初めまして、夫のガンドルと妻のシンディです」
「えっと、はじめまして」
シートの上に座って会釈をするガンドルとシンディ。
その態度は貴族というより気のいい近所のご夫婦だった。
社交の定石から逸脱している状況にどうしたものかわからないプリムは座ったまま戸惑いを浮かべながら会釈をした。
その表情を見てガンドルは「分かりますよ」と言い出した。
「いやいや、分かります。上級貴族の癖に靴を脱いでゴザの上で胡坐をかくなど」
「ま、まぁ」
「しかし、これはこれで楽しいものですな。なぁシンディ」
妻にそう促すガンドル。
シンディはにっこり微笑む。
「きっちりと作法を守るお食事会もいいですが、こういうのも趣があって素敵ですわ」
「ほら、プリムさんもありませんか? 格式高い場所で会うと必要以上に身構えてしまう時とか。ゴザの上だとそれが無くなってなんだか腹を割って話せそうな気がするんですよ」
朗らかに笑うガンドル。
その雰囲気は上級貴族の顔役とは思えない気さくさがにじみ出ていた。
シンディはそんな夫を見て微笑む。
「ウチの娘がゴザを敷くなんて言い出した時はどうかしていると思いましたが……ルンゲル家の方や他のクラスメイトと仲良くなるためだったのね」
「あ、いや」
特にそういう思惑はないのだが褒められるのを否定するのも違うと思ったのかマリアは頬を掻いて誤魔化した。
そしてガンドルとシンディはプリムに向き直る。
「というわけでこれからもウチの娘と仲良くしてください、プリムさん」
「同じ上級貴族、親戚みたいなものと思ってちょうだい。何かあったらいつでも相談して」
格式ばったところでは絶対に聞けない心温まる言葉。
普段の社交の場だったらプリムはきっと素直にその言葉を受け止められなかっただろう。
「あ、ありがとうございます」
プリムは頬を染めると会釈する。
普段からは想像できない、かどの取れた素直な表情だった。
モリタさんが彼女の肩をポンと叩く。
「実は、ルンゲルの旦那様と奥様もプリム様のことを色々気に掛けていました」
「お父様とお母様が?」
「若様が生まれてから急に距離を取り出して寂しいとも仰っていました……あ、スミマセン。いまのお嬢様なら素直に聞いてくれるんじゃないかと思いましテ」
「いいのよ、ありがとう、モリタさん」
概念にとらわれていたのは自分だったのか。
いつから視野が狭くなったのだろうと自戒するプリム。
もうすでに彼女の手から錠剤はこぼれ落ち地面に転がっていた。
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