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三話「もふもふ護衛ペットを貰いに行きます!」①


 シャンデラ家邸宅、昼食の時間。


 豪奢な燭台やクロスの敷かれたダイニングテーブルを前にマリアの父ガンドル・シャンデラと母シンディ・シャンデラは食卓を囲んでいた。


 彼らの目の前にあるのはブロッコリーの添えられた瑞々しいレタスのサラダ、そして真っ赤な色合いのゴロッとした果肉が美味しそうなトマトクリームパスタ。



「……」



 シャンデラ公爵夫人はその果肉をパスタと一緒におそるおそる一口食べた後、手にした扇子で手を叩き使用人を呼びつけた。



「シェフを呼んでちょうだい!」



 大きな声で呼びつける彼女に侍女のリンが慌てて現れる。



「も、申し訳ありません奥方様! 何か粗相でも……あぁ!」



 リンは食卓に並んでいるトマトの果肉を見て息をのんだ。


 シンディは大のトマト嫌い。


 「シャンデラの屋敷で働く人間はトマトを奥方様に見せてはならない」と徹底されているほど。


 食べているところも見せてはならない「赤い悪魔」があろうことかシンディの目の前に用意されているのだ。狼狽えるのも無理はない。


 シンディは鋭い目つきでリンにもう一度命じる。



「粗相も何も、いいからシェフを呼びなさい」


「あ、あの! 奥方様、本日のシェフですが――」



 狼狽える侍女にガンドルは優しく命じる。



「いいから呼びなさい。「あの子」なのだろう」



 言いにくそうな彼女の表情。


 対してガンドルとシンディ両名は全てを知っている態度。


 そんな場面に昼食を作った「シェフ」本人が現れた。



「どうも、シェフです」



 現れたのはキツそうな顔立ちに似合わぬにこやかな笑顔を携えた娘のマリア・シャンデラだった。



「やはりマリアだったのね」


「はい、マリアですがなにか?」



 エプロンを着こなし腕をまくって現れた上級貴族らしからぬ出で立ちの我が子をシンディは真剣な眼差しで見やっている。


 昨日まで包丁を握ったことすらない娘が、しかも生粋のお嬢様が厨房から出てきたのだ。


 「貴族らしからぬことはするな」と釘を差したくなった――


 かと思いきや、次の瞬間シンディとガンドルは満面の笑みで娘のほめちぎりだした。



「美味しいじゃない!」


「あぁ! サラダもトマトのクリームパスタも絶品だったぞ!」


「まさかトマトの果肉を美味しく食べられる日が来ると思わなかったわ、わたしトマトが大の苦手なのに」



 そう、シンディのトマト嫌いは使用人間では周知の事実。


 それゆえ今までのシェフたちは徹底してトマトを料理に取り入れなかったのだが……


 てっきりマリアが責められると庇う姿勢を見せていたリンだったが実際はごらんの有様。



「うまい! さすが我が娘」


「トマトが美味しいなんてウチの子はもはや魔術師ね!」



 ついこの前までトマトのことを「赤い悪魔」と罵っていたシンディですらこのかわり様。


 リンは魔術師とまでいわれたマリアの方を見やっていた。


 マリアは腰に手を当て満面の笑みで胸を張っている。



「トマトは健康に良いんで食べてもらえるよう工夫しました」



 そう、前世は女子力を通り越し主婦力を備えたおかん系JKの「長谷川麻里亜」はアレルギーでなければ好き嫌いを許さない。


 健康面もそうだが家計面、そしてなりより献立を考えるのに「好き嫌い」を考慮に入れたらとたんにハードモードになってしまうからだ。


 余談だが麻里亜の弟はタマネギ嫌いだったが飴色タマネギソテー、絶品オニオンフライ、サーモンカルパッチョなど腕を振るい続け今では生のまま食べられるようにまで成長したという。


 閑話休題。



「本当は好き嫌いせず生でも食べて欲しいのですが」



 本気で健康を心配するマリアの態度、どっちが母かわからない状況にシンディが口をとがらせる。



「でもそのままって酸っぱいし……」



 この言葉にマリアはエプロンで手を振きながら優しく伝える。



「酸味もうま味ですよ。無理せず食べられるよう今後も工夫させてもらいますから、今日みたいに」


「今日のトマトだったらいくらでも食べれちゃうわ」



 子供のように笑みを浮かべるシンディにガンドルも興味津々だ。



「トマトの美味しさはそのままなのに妻がここまで食べられるなんて、どんな手法をつかったんだい」


「大したことはしていないんですよ、トマトが苦手な人はだいたい触感と酸味……だからピューレやクリーム仕立てにすれば案外抵抗少なく食べてくれるんです」



 トマトが苦手でもナポリタンなどトマトケチャップを使った料理は全然抵抗がない人間は多い。


 マリアは徐々にトマトに抵抗をなくすデトックス作戦を実行していたのだった。


 そして彼女はだめ押しで「トマトを食すメリット」を説き始める。



「それにお母様が最近悩んでいる「肌の調子が」とか「おなかの調子が」も良くなりますよ」


「え? そうなの?」


「そうですよ「トマトが赤くなれば医者が青くなる」なんて言葉があるとおりトマトや緑黄色野菜を食べればお医者様のご厄介になるような病は改善できるんですよ」


「へぇ」


「ですのでお母様も生でガブリといけるまで頑張りましょう」


「ぜ、善処します……」



 親子が逆転した状況にマリアの父親ガンドルは思わず笑ってしまう。



「ははは、どっちが母親だかわからぬな」


「あなた……」



 恥ずかしそうにするシンディを見やった後、ガンドルは視線をマリアに向ける。



「マリア、私たちの健康を心配して料理を始めてくれたのは嬉しいんだが、食卓は一緒に囲みたいのだよ」



 家族として至極まっとうな事を言うガンドルにマリアは素直に謝る。



「あ、ゴメンナサイ」


「それに、お前の料理が上手いのは分かったがシェフたちの仕事を奪いすぎるのも良くないからね」


「はい」


「うむ、分かってくれればよい」



 微笑ましい家族の光景。


 しかし侍女のリンは片眉を上げてこの状況に驚いていた。



「先日からマリアお嬢様はいったいどうされたというの……」



 ワガママが収まったどころか、急に料理の腕を振るい両親の健康を気にかけだす様は別人としか思えないようだ。


 まさか本当に中身が「お母さん系女子高生」の前世を思い出し変わってしまったなど思いも寄らないであろうリンを含めた使用人たちは「何かの前触れか」と戦々恐々としていたのだった。



 ――彼女らは知る由もなかった。



 純正悪役令嬢の中身が、何かしら世話を焼かないと落ち着かない慈愛に満ちた人間に入れ替わったことなど。


 しかし落ち着かないだけでここまで強引に家事を手伝う性格ではない。


 積極的に家事をする理由……そこには彼女のある狙いがあった。


 動揺しているリンや一緒に食卓を囲みたいと言ってくれるガンドルやシンディを後目にマリアは申し訳なさそうに胸中で謝罪する。



(ゴメンね、ワガママな悪役令嬢を演じなきゃいけないから自分のやりたいことをやらせてもらうわよ)



 ゲームにイレギュラーが起きないよう悪役令嬢としてのキャラを邁進しようと決意したマリア。それゆえに家事に出しゃばっているのだ。



(キャラにそぐわないことをしてゲームのストーリーが変わっちゃったら死亡フラグも回避できないもの、いづれ家にくる義理の妹ミリィに命を狙われるその日まで! ワガママさせてもらうわよ!)



 だがしかし基本的にゲームをやらないマリア、マンガも弟の持っている少年マンガをチラ読みするぐらい。



 ――そう、彼女は「悪役令嬢」という存在をいまいち理解できていないのだった。




 ワガママなら何でもいいだろうと口出しする内容が「家事全般」の時点で悪役令嬢から遠くかけ離れているなど彼女は知る由もなかったのだった。


 悪役令嬢キャラから脱線中など知らず、マリアはエプロンを脱ぎ、いそいそと身支度を始める。



「さぁリン行くわよ、準備して」


「準備ですか? 一体どこに」


「この前言ったでしょ、ペットをもらいにエルデリン市場街に行くの。善は急げよ」


「善は……ってお嬢様お待ちください!」



 ご飯が終わったら休むことなくすぐに次の用事――


 忙しい朝のようにキビキビと次の行動に移るマリアをリンは急いで追いかける。


 残されたマリアの両親は顔を合わせて驚いていた。



「いったいどうしたのかしらウチの娘」


「まぁ健康を気遣ってくれているから悪いことではないと思うが。何か本から感銘を受けたのかな?」


「感銘を受けてここまで料理が上手くなる物かしら……」


「きっと君に似て何でもできる才能があるんだろうね」



 のろけを挟むガンドルにシンディがうっすら頬を染めている。


 そして体を気遣ってくれた娘のために、今度はトマトをそのまま食べてみようと決心するシンディだった。


 ※次回は本日19時頃投稿します


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 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 

 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。

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