七話「魔法学園の体育祭が始まりました」⑭
一方、そのどよめきの中、余裕の一位でゴールするマリアとキバのペア。
ハプニングこそあったが竜族の力を見せつけてのゴールに些細なことだと会場は大いに盛り上がる。
そして後続がどんどんゴールし始めてもどよめきが収まる気配がなかった。
「キバ様の偽物かと思ったがアレは本物だ」
「というか竜族の力をこのような場所で披露していいものなのか?」
「アネデパミ卿はシャンデラ家にそこおまでの忠誠を誓ったというのか?」
「貴族内の序列が一変するぞ――」
「お近づきにならないと――」
遠目からでも分かるくらいにマリアの両親、ガンドルとシンディは周囲に囲まれていた。
おそらくキバとの関係を問いただしているのだろうが親バカな二人は「それより娘の活躍みましたか!?」なんて大いに浮かれているようだ。
まぁ、浮かれていなくともキバとなぜ良好な関係を築けたのか理解していないので答えようがなかったと思うが……
そしてマリア。
「はぁ……ふはぁぁ……」
どよめきの中心臓が張り裂けそうな状態、肩で息をしていた。
衆目の集まる中イケメンに抱き抱えられながら空を駆けるように跳躍――
たとえるならTVカメラを向けられイケメンと包容しながら絶叫マシンに乗ったようなもの。
あきらかに心臓はキャパオーバーである。
しかし、それを仕掛けたキバは平然とした顔で一位のフラッグを抱えていた。
ワーキャーな視線に慣れているにしてもそちらにいっさいの関心を向けることなく虫の息のマリアを心配していた。
「あの、マリア様。実はお体の具合が悪かったとか? 今からでも医務室に行きますか?」
「い、いえ、大丈夫です」
この上イケメンに抱き抱えられて運ばれでもしたら心臓がストライキを起こしそうだと察したマリアはやんわり断りその場を後にした。
そしてプリムの暴走から一部始終を見ていたロゼッタとサリーは顔を見合わせ驚いている。
「何が起きたんでぇ……見えたかいサリーちゃん」
「わ、わかりません。でも……」
「あぁ、丸く収まったようだな」
参加者たちが次々とゴールをする中、目を覚ましたモリタさんがプリムを抱えてゴールしていた。
外傷はほぼ無くちょっとした擦り傷程度、二人三脚は何事もなく終わったと言っても過言ではないだろう。
ロゼッタは安堵の息を漏らした後イスに座って考え込む。
「プリムちゃんも「例のアレ」候補だったか……思った以上に学園に食い込んできているようだな」
「おそらく本人に自覚はないでしょう、プリム先輩だけでなく送り込まれた他の面々も……」
「上級貴族関係者に潜り込んでいるから強制的に調べたらシコリができちまう、厄介だぜまったく」
イチゴミルクを飲み干し頬を掻くロゼッタ。
サリーは鋭い眼差しでプリムを見やっていた。
「悪しき精霊を復活させんともくろむ一味、侮れませんね」
ロゼッタは力強く頷いた。
「へへ、オイラが生徒会長の代の時に好き勝手したことを後悔させてやるぜ……「ナイン」の連中にはよぉ」
「こちらからも動く必要がありますね」
意味深な単語を口にしたロゼッタ。
サリーも静かに頷くのだった。
「さてと」
そこまで言ってロゼッタはおもむろに立ち上がる。
「会長? どこへ?」
「決まっているじゃねぇか、マリアちゃんのお誘いを受けただろ」
「あ、そういえば」
「キバ様にあのモンスターたち……今日の活躍を見てあの子は絶対生徒会に必要だ、口説き落とすぜサリー。けっぱれよ」
校庭に戻るマリアが到着したのは校庭の芝生の上。
晴天の下、彼女は意気揚々と特大のシートの上に靴を脱いで座りだす。
「ふぅ、やっと落ち着けるわね」
プリム先輩の謎暴走に加えイケメンの抱擁。
そしてモフ丸たちの乱入――
目まぐるしいハプニングを乗り越えようやっと一息つけるとマリアは足を放り出し寝ころんだ。
「あぁぁ、腰が鳴るわ」
「オイオイ、ずいぶん年寄り臭いこと言うじゃねえかマリアちゃん……まぁオイラも人の事は言えねえけどよ」
「あ、会長。それにサリーさんも」
ロゼッタとサリーは敷かれたゴザのようなシートを見て思わず目を合わせた。
「マリア、このシートは?」
「そりゃもう! みんなでお昼食べるように決まっているじゃない」
マリアのはっきりとした物言いに二人は再度目を合わせた。
「マリアちゃんよぉ、一流シェフのティータイムより良いものと聞いちゃいたけど」
「あ、忘れていた! 今準備しますね!」
いそいそと立ち上がるとマリアは用意してある重箱を運び始める。
「ふんふふ~ん」
鼻歌交じりでシートを広げたのち重箱を並べていくマリア。
「何が始まるんでぇ……おや?」
「あれ? みんな来た」
そうしているうちにクラスメイトやキバ、モフ丸、ギンタローがシートの上に座りだした。
一般家庭のクラスメイトの家族たちもやってきて、さながらシートの上は花見に来た親戚の集まり。
ワイワイやっている姿は貴族の欠片も感じ取れなかった。
「マリアちゃんは上級貴族だったよな」
「はい、一応」
ロゼッタの素朴な疑問に答えるサリー。
そう、まるで庶民のピクニック。
ウキウキでお弁当の準備をし始めるマリアをみてロゼッタは理解に苦しんでいた。
これが一流シェフのティータイムより素敵なものと豪語したものなのか? と首をひねるしかない。
一方サリーはマリアの性格が何となく分かっていたのか「こういうタイプ」だと微笑ましく思っている。
「会長、これがマリア・シャンデラですよ」
「なんでぇ、私は知っていますよみてぇな顔してよぉ。ティータイムやフルコースよりこっちか? オイラにゃ分からねえよぉ」
「これが彼女なりのフルコースなんですよ。他の貴族には真似できない魅力たっぷりの」
そんな会話をする二人の前にキバが真顔で近づいた。
「よろしければ脚を崩してお座りください」
「は、はひ」
キバの前ではキャラが素に戻ってしまうロゼッタは全力で脚を崩す。
ロゼッタ同様、他のクラスメイトたちも何人かはマリアの誘いに困惑しているようだった。それもそうだろ、上級貴族の子息はVIP席で優雅に食事をとるのが習わしなのだから。
シャンデラの戯れに巻き込まれてしまった……そんな事故的雰囲気すら感じられる。
しかし――
「……」
その困惑をキバが目で黙らせていた。
マリアの料理によって失った何かを取り戻しかけた彼。
「素人は黙って食え、そうすればマリア様の意図が分かる」そんな雰囲気を醸し出す真顔の圧だった。
そんな空中戦が繰り広げられているなど知る由もないマリアは楽しそうに重箱を並べだしている。
「わっふん」
モフ丸がギンタローの肩を叩き視線を促す。
その先には件の疲れた表情のプリム先輩がそこにいた。
手には何やら錠剤らしきものを握りしめていてモリタさんが困った顔で彼女に何かを力説していた。
「ふむ」
「わう?」
その様子を離れて見ていたギンタローとモフ丸。
モフ丸はなぜ彼女を捕らえないのかとギンタローに尋ねていた。
「わうふ?」
「モフ丸殿、我はロクの地にて奉られていたキツネというのは覚えていますかな」
「わっふ!」
「そうですか、すっかり忘れていたと……そんな笑顔で言われても……」
「覚えておいてくださいね」と悲しげな顔のギンタローを忘れていたモフ丸が慰める。
「誰が慰めてんねん!」とツッコむ気力もなくギンタローは身の上を話し出した。
「人に崇められ信仰力にて妖狐となった我が一族はその恩を返そうと粉骨砕身――」
「わう」
「うぬ? 「その話もっと短くできますか?」ですか、すいません。年のせいか話が長くなりましてな」
「わふふ」
「はい、要するに人に信じてもらえて力を付けたのだから人を信じないでどうする、それが我が一族の教えであります」
「わっふ?」
「モフ丸は優しいですな。まさしく、かの生徒はまだ引き返せる、善意が勝つことを信じようではありませぬか」
「わっふる!」
「ふむ、モフ丸殿の言うとおりですな。プリム氏の動向を気にかけながら料理に舌鼓を打ちましょうぞ」
「わっふりわっふり!」
「おっいなりさん! あそれ、おいなっりさん!」
小躍りしている二匹を見てマリアは笑っていた。
「落ち着いて、ちゃんと人数分用意してあるんだから」
「無理もありませんよ、マリア様の料理なのですから」
テキパキと食器類を配膳するキバ。
竜族の王子、次期亜人の王に給仕をされクラスメイトやロゼッタ、サリーは恐縮しきりである。
「どうぞロゼッタ会長」
「あ、はい……っと、おうよ」
なんとか元のキャラに戻すロゼッタ。
そんな彼女の前に用意されたのは……なんとただのおにぎりだった。
「握り飯?」
付け合わせには卵焼き。
ますますただのピクニック……一流シェフのフルコースとの落差に驚きを隠せずにいる。
「作り置きでだいぶ冷めている握り飯……出来立てのフルコースのほうが美味いに決まっているだろうに」
小さく文句を口にしながらもおにぎりをほおばるロゼッタ。
次の瞬間、その考えが浅はかだったことに気が付く。
「うまっ……」
サリーも同様に驚いていた。
「お米が……立っている?」
冷めてもここまで美味しい、どこをどう見ても何の変哲もないシンプルなおにぎりというのに……と驚いていた。それはクラスメイトも同様に冷めても美味しいおにぎりを美味しそうに食べていた。
期待が高まったところで続いてからあげ。
「からあげこそ出来立ての方がいいだろうよぉ」
ロゼッタはそう口にして丁寧に前振りを積み重ねていた。
そして一口。
「うめぇ」
認識をすぐさま塗り替えるマリアのお弁当に作った本人はニッコニコである。
「当然揚げたての方が美味しいけれどもさ、冷めても美味しいように衣に一手間加えているのよ」
「一手間?」
疑問に思うロゼッタだが、サリーは気が付いた。
「味が濃いわね。すごいスパイスが効いている」
「あぁ、香辛料が衣に練り込まれているのか」
現実世界ならポピュラーな手法。
しかしファンタジーゲームの世界では浸透していないのかロゼッタのようにどこでも一流シェフの出来立てを食べるのが贅沢の主流なのだろう。
冷めても美味しい……いや、夕飯のおかずの残りからお弁当のおかずにジョブチェンジしても大丈夫なように工夫してある主婦の手腕といっていいだろう。
「冷めても美味いもんがあるなんてなぁ……いや、冷めてる前提で作る料理だからか」
気が付くとその旨さに困惑していたクラスメイトの表情も一気にほぐれ談笑が始まっていた。
先ほどの堅い空気はどこへやらである。
その様子を見て「むふ~」となぜかキバが得意げになっていた。
鼻につく態度だったのかギンタローがもの申す。
「これキバよ、お主何もしておらんのになぜそこまで得意げになれる」
「何もしていないとは心外な、ちゃんとお皿を並べましたよ。もはや共同作業と言っても過言ではないでしょう」
「過言も過言じゃバカタレ」
「やれやれ、何にもせず小躍りしていた貴方こそ何もしていないのではないですか? 文句を言われる筋合いはございません」
「しているわ! のうモフ丸殿」
「わっふ、わっふ」
モフ丸の指さす方。
完敗を喫したプリム・ルンゲルがさめざめと泣いていた。
モリタさんは大きな手のひらで背中をさすりながら色々と慰めているようだ。
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