七話「魔法学園の体育祭が始まりました」⑬
「うわぁぁ! ちょ、プリムお嬢サマ……アウ!?」
引きずられ悲鳴を上げるモリタさんは後頭部を強打し目を回している。
そんな悲鳴など気にもとめず、プリムは自分の何倍もの体躯を誇るアマゾネスを引きずってマリア・キバペアに肉薄していた。
怪しげに光る瞳は常人のソレではなかった。
「ウア!」
プリムは爪を立て虚空を切り裂く様な仕草を見せる。
すると指先から斬撃派が飛び出し空を飛ぶキバへと襲いかかる。
「くっ」
身を翻し何とか回避すると地面に降り立つキバ。
マリアも何が起こったのか目を丸くしている。
「な、何? プリム先輩どうしちゃったの?」
「危ないですね……しかしこの気配は」
背を向けるとまた斬撃派の餌食になる。
そう感じ取ったキバはマリアを抱え正面からプリムと対峙する。
意外な戦いに会場は大いに盛り上がる。
「だ、大丈夫ですかキバ様」
「大丈夫、と言いたいところですが予断は許さぬ状況です。ご注意ください」
マリアを守ろうとぎゅっと抱きしめるキバ。
いきなりイケメンに抱きしめられマリアの心臓はご注意どころの騒ぎではない。
その様子を見て普段なら取り乱すプリムだが、静かににらみつけていた。
「上級、殺す」
短くその言葉を繰り返す彼女にキバは首を傾げる。
「はて、あなたもその上級貴族のはずなのですが」
「ウア!」
その言葉を振り払うようにプリムは爪を立てた手を振り下ろしマリアを狙う。
「わわ!」
「プリムさん、二人三脚ですよ」
「グゥゥ」
「やはり聞いていませんね」
キバは至って冷静にプリムの動向を分析していた。
「上級、殺す――」
「正気を失っているようですね。よくある動物憑きの類とは少し違うようですが」
「それってヤバイって事ですよね、どうしたらいいんですか?」
訳が分からず目を回すマリア。
キバは淡々と答える。
「強い衝撃を与えればいいのですが……憑いている物が強かったら最悪死ぬほどの衝撃を与える必要があるかもしれません」
「それはダメ! 絶対!」
断固拒否するマリア。
キバは静かに頷いた。
「マリア様がそう仰るのなら……しかしどうしましょうか」
キバが思案している頃、ギンタローたちが姿を現す。
「オンキリキリバサラウンバッタ……ほりゃ!」
ギンタローが何やら術を唱えると周囲に霧が漂いマリアたちを包む。
どうしてこんな事をするのかとモフ丸が鞍上のギンタローに尋ねる。
「わふ?」
「これは目隠しでございます! 人に見られると後々面倒ですからな……そりゃ!」
次の瞬間、ギンタローは人間へと姿を変える。
銀髪がなびく、キツネの獣耳がピクピクとうごめく。
ロクの地を納めていた妖狐の姿、本気モードのギンタローである。
「美青年美キツネ! 麗しきギンタロー! 参上ですぞ!」
ばちこーんとウインクをかまして登場する銀髪妖狐にキバは真顔で注意する。
「いい年なのですからやめた方が」
「こりゃキバ! 助けに来たのにその言い草はなんじゃ!」
しかしキバはギンタローをシカトしモフ丸を抱き抱える。
「わっふ」
「助けに来ていただき、ありがとうございますモフ丸君」
「温度差ぁ! ……っとあぶな!」
隙だらけのギンタローの背後に忍びよりプリムが攻撃を仕掛けてきた。
ギンタローはかっこよさ皆無のがに股でかろうじてそれを回避した。
「ぬぬぬ、面妖なものに憑かれておりますな……ならば! オン!」
印を結ぶギンタロー。
しかしプリムの攻撃は止まらなかった。
「上級殺す」
「き、効かんとな?」
キバとモフ丸が期待はずれと呆れ嘆息する。
「大見得切ってそれですか?」
「わふぅん?」
「何その反応!? 思った以上の何かが憑いておりますな! かくなる上は頭が少々パーになりますが本気のお払いをしてみせましょうぞ」
なにやらただならぬ術式を施そうとするギンタローにマリアはたまらずストップをかける。
「頭がパーとか後遺症残るのはダメ!」
その言葉にギンタローは袖を口に当て笑う。
「マリア殿はお優しいですなぁ」
「後遺症とかさすがに畜生すぎて引きますね」
「トカゲは優しくないですなぁ……」
「冗談はさておき……どうしましょうギンタロー、少々お手上げですが」
「右に同じじゃ」
モリタさんもすっかり気を失っている状況。怪我を負わさずにどうしようかと悩んでいるときである。
「わっふ!」
モフ丸が意気揚々と吠える。
「モフ丸殿、何か秘策でも?」
「わふん! わっふっふ!」
「ほう……成せばなる! と……根性論じゃないですか」
力強く吠えるだけの彼にギンタローは額を押さえる。
しかし吠え続けるモフ丸。
彼の体に異変が生じ出す。
「ギンタロー、モフ丸君の様子が――」
青白く光り出すモフ丸。
ギンタローは狼狽える。
「こ、これはこの前見た……ありゃ?」
その光を浴びたギンタロー、突如元の子ぎつねの姿に戻ってしまった。
「どうしました? もう時間切れですか?」
「いや違う……ぬ? 見ませいキバよ」
ギンタローの指さすほう。
プリムが身悶えしていた。
「あ……ぐぅ……」
「苦しんでおりますね」
「わっふふ! わっふふ!」
青白く光り続けるモフ丸はギンタローに指示を出す。
「なんですと? 何だかよくわからんが今がチャンスですと?」
「わっふん!」
「ふむ、私はマリア様を連れて先にゴールをめざせと。分かりました」
颯爽と駆け出すキバ。
苦しみながらも逃がすまいとプリムが腕を振り上げる。
「ウガぁ……上級……」
「させませぬぞ! オン!」
「うぐ!?」
「お、効くようになりましたな! 好機到来! オンキリキリバサラ――」
ギンタローが術式を唱え終えるとプリムは力つきたようにその場に倒れた。
「わっふん!」
「大勝利ですなモフ丸殿! ささ、霧が晴れる前に退散しましょう、あとあと面倒故に」
「わふわふ」
モフ丸にまたがるギンタローはふと思ったことを口にする。
「ふむ、思えば我の幻術を解いた時もあの光でしたな。もしかしたらモフ丸殿は何か特別な力を持ったコボルトかも知れませぬな」
「わふ」
「賢者の生まれ変わりかも? ですと? それはいささか食傷気味の設定ですぞ」
妙な掛け合いをしながら二匹は退散するのだった。
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