七話「魔法学園の体育祭が始まりました」⑫
「位置について……よ~い――」
――パァン!
乾いた音が晴天に響く。
そしてバラエティに富んだ面々が一斉に走り出した。
一般参加の親子が普通に走る前でデッドヒートを繰り広げるは貴族のメンツを賭けて雇われている面々。
その中で一際異彩を放っていたのはプリム・モリタさんペアだった。
モリタさんの巨躯で目立っているだけではなくその走り方も独特で衆目を集めていた。
ドッタドッタドッタ――
アマゾネス特有の木の幹のような太股にこれまたコアラよろしくプリムがしがみついていた。
「ふわっ、はっはは、見たかしらぁマリッア・シャンデェラッ! ――あイタッ」
躍動する太股にしがみつきながら勝ち誇るプリム。
ジェットコースターさながらに揺れている状態なのでどうやら舌を噛んだようだ。
「体張っているなぁプリム先輩」
一周回って感心しているマリア。勝つためではなく無事に完走するペースで走っている。
しかしキバは無言でプリムペアを見やっていた。
気になったマリアは尋ねる。
「キバ様?」
「なかなかおもしろい作戦をしますね、あの人……負けられませんね」
対抗心を燃やし出すキバにマリアは釘を差す。
「だからって私アレは無理よ。大木みたいな太股だからしがみつけるわけだし」
「えぇ、さすがにあの作戦は我々には不向きでしょう。ですが――」
「ですが?」
「そう悠長なことをしていられない状況ですね」
「え? ……えぇ?」
気が付くとマリアとキバのペアは不自然に囲まれていた。
どれもワザとマークしているようで身動きがとれないように囲んでいるようだ。
「これは?」
「おそらく彼女の差し金でしょう……この勝負に並々ならぬ執着があるようですね――ッ!?」
不意に肩を入れてくる傭兵。
キバは身を挺してマリアを守る。
「ッ!?」
「嘘でしょ!?」
明らかにマリアを狙ってきた攻撃だった。
キバの表情がほんのりと険しくなった。
「……」
「ちょっと、たかが体育祭のエキシビジョン的なやつなのに」
「あの人にとってはどうやらそうじゃないようですね。さて――」
キバはマリアの方に顔を向ける。
「私の仕事はマリア様を守ることです」
「えっと竜族の王子としての使命はどこへ?」
「今は二の次です、シャンデラ家の執事ですから」
実に真剣な眼差しのキバにマリアは茶化すことなどできなかった。
「マリア様の指示さえあれば私は本気を出します、安全と勝利、それを約束しましょう」
「……」
「あまり目立つことは好きではないマリア様にとって不本意かもしれませんが……」
しばし黙った後マリアは笑顔で快諾した。
「いいわ、本気を出してキバ様」
「いいのですか?」
マリアは大きく頷いた。
「正直、あの人のやっていることは正しいと思えない。別に私は何されようが耐えられるけど、今後この成功体験に味を占めていろんな人にこんな事をし始めたら我慢できないわ」
「なるほど、やはりマリア様はお優しい」
「優しくはないわよ」とハニカむマリア。
キバもうっすら微笑んだ。
「で。勝算はあるんですかキバ様」
「えぇ、モリタさんの様に走ることは難しいですが」
「ですが?」
キバは力強い視線で前を見やった。
「走り続けなければ問題ありません、では失礼します」
「走り続けなければって? ってえぇ!?」
次の瞬間、キバはマリアに密着すると抱き抱える。
そして「フワリ」と重力を無視したかのような華麗な跳躍を見せた。
いや、無視したかのようではない。
彼は空を飛んでいた。
「なにぃ!?」
理外の空中浮遊に囲んでいた傭兵の一人が驚愕する。
マリアも抱き抱えられながら同じように驚いていた。
「き、キバ様?」
「一応、竜族の端くれですから、このくらいの芸当はできますよ、あまり人前で披露するなと言われてはいますが」
「人前でダメって……」
密着と浮遊感でそれどころではないマリアは目を回し始めた。
そうとも知らずキバは軽やかに宙を舞って囲んでいる集団を飛び越し先頭集団にあっさりと追いつく。
そのまま先頭をひた走るプリム、モリタさんペアも颯爽と跳躍して飛び越した。
「オォ、なんと……」
「そんな、そんな! 竜族のっ力っってこんな場所で使っていいいいもの……あイタっ!」
モリタさんもまさかの空中浮遊を披露され驚きを隠せない。プリムにいたってはまた舌を噛んで苦悶の表情で昇天しかけていた。
そして「竜族の力」を惜しみなく使ったキバに対して会場内は大いにどよめいているのだった。
一方、策も破られ後塵を拝し完敗ムードが漂うプリム・モリタさんペア。
モリタさんはプリムに言葉を選んでフォローする。
「相手が悪かったですヨ、でも今日負けたからと言ってモ……」
次がある、そう言おうとする彼女の言葉にプリムは全く反応しない。
ずっとモリタさんの太股にしがみつく彼女、無視をしているとも気絶しているとも分からない状態にモリタさんは不審に思う。
「…………」
舌を噛んでしまったのだろうか口から血を流しているプリム先輩。
モリタさんが声をかけようとした刹那、彼女は急に目を見開いた。
「上級貴族……殺す……」
「プリムさん何を? お? オォォ!?」
モリタさんの木の幹のような太股に抱き着いていただけのプリム先輩。
しかし突如立ち上がると地を駆け走り出した。
モリタさんはバランスを崩し転倒。
そんな彼女を引きずるようにプリム先輩は駆け出していた。
「おいおい、ルンゲル家のお嬢ちゃんこんな力持ちだったのか?」
あまりにも突飛な光景にロゼッタが驚嘆の声を上げる。
火事場の馬鹿力……それを目の当たりにした驚きであったが巨躯を誇るモリタさんを引きずる様子は段々と奇怪じみていく。
「会長、もしかしてアレって……警備を呼んだ方が良いかもしれません」
立ち上がってロゼッタに進言するサリー。
ロゼッタは顔を曇らせプリムの方を食い入るように見つめている。
「おいおい、まさかプリムちゃんって」
「はい、可能性はあります。彼女も――」
サリーの言葉が終わる前にロゼッタは生徒会の役員たちに指示を出していた。
「おいお前ら、プリムの嬢ちゃんを取り押さえる準備をしておけ」
「準備だけでいいのですか?」
「上級貴族の中でも上位のお嬢様だ。もし違っていたらあとあと面倒だしな……生徒会もメンツも考えなきゃならないのがやっかいだぜ」
ままならないと嘆息し苦い顔をするロゼッタ。
お察ししますとサリーも同調する。
「中立である生徒会が割り込んで「衆目の集まっている中恥をかかせた」なんて言いがかりをつけられたら上級貴族過激派に大義名分を与えてしまうますね」
「マリアちゃんやキバ様が怪我しなきゃいいが……おや?」
そんな折りである。
後方から颯爽と駆けつける二匹の獣の姿が――
「はいやー! モフ丸殿!」
「わっふー!」
モフ丸とそれにまたがるギンタローであった。
プリムの異変を早々に察知していたこの二匹はロゼッタたちよりも先に動き出していたのだ。
「あの二匹は……マリアのモンスターですよ」
「見覚えがあると思ったら生徒会室にキバ様が連れてきた二匹じゃねーか。マリアちゃんモンスターテイマーだったのかよ」
サリーは力強く頷いた。
「光明が見えてきましたね会長」
「そうだな、中立の、しかもモンスターならしがらみも何もねぇ。でも万が一に備えて準備は怠るなよ」
「「はい!」」
生徒会の役員たちに待機命令をだすロゼッタは口元をゆるませていた。
「こんな隠し玉も用意しているなんざ、ますます生徒会に欲しいぜ、マリアちゃんよぉ」
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