七話「魔法学園の体育祭が始まりました」⑩
会長たちと別れたマリアはクラスメイトのところに戻る。
相変わらずせっせとお昼の場所確保に精を出しているキバ。
周囲はというと黄色い声援でキャアキャア騒ぎ出している最中だ。
「うーん、さすがキバ様、黄色い声援が途絶えないわね」
この状況に慣れているのか当人は平然とした顔で作業を続けていた。
そしてマリアに気がついた彼はおもむろに手をさしのべる。
「お待ちしておりましたマリア様、さぁ参りましょう」
いきなり連れて行こうとするキバにマリアは困惑するしかない。
「え? ちょ?」
そこにモフ丸にまたがったギンタローが到着する。
ギンタローはモフ丸から飛び降りるとキバをマリアから引き離そうと必死だ。
「ええい、離れぬかトカゲ風情が! 我はまだ認めておらんぞ!」
「貴方が認めないと言いましても……旦那様方から許可はいただきましたので」
わけも分からず「ちょっと待って」と言うしかないマリア。
ギンタローが説明足らずなキバに代わって答える。
「この後の種目のことにございまする」
「この後って……えーっと」
そこに競技を終えて帰ってきたサリーが現れる。
「どうしたのマリア?」
「あ、サリー先輩……じゃなかったサリーさん次の競技種目って何?」
「ん~ちょっと待って、パンフパンフ……あった、これよ」
慌ててサリーの広げる大会パンフレットを確認するマリア。
そこに書いてある項目は……
「次は……父兄と生徒の合同競技!?」
ギンタローは頷くとそっとマリアに耳打ちする。
「さようでございます、その競技にこのキバがマリア様と出場すると言い出したのです」
「うえぇ!?」
父兄の競技なのになぜ執事のキバが私と?
そんな顔をするマリアにサリーが裏事情を補足する。
「あのね、この父兄参加の競技、実はちょっとしたメンツ争いもあるの」
「メンツ?」
首を傾げるマリア。
サリーは嘆息混じりで父兄参加の競技についての説明を始めた。
「昔は普通の和気藹々とした箸休め競技だったんだけどね、貴族が「ウチにはこんなすごい人間を雇っています」ってパフォーマンスの場にいつの間にかなっちゃったのよ」
「バカバカしい」と切り捨てるサリー。
どんどんエスカレートして別のものになってしまう……マリアは前世にも似たようなものがいくつもあるのを思いだし妙に納得してしまうのだった。
「本質を見失うのって往々にしてあるものだからねぇ。ていうことはウチはキバ様とのつながりを強調したいってこと?」
その事についてギンタローがフォローをする。
「いえ、我が主。あのハシャぎようだと単純に娘に活躍して欲しいだけかと思われます」
「あぁ……やっぱり」
ここ数日間で痛いほどわかる両親のマリアに対する溺愛っぷり。
おそらく打算抜きで「ウチの娘の活躍をみたい」だけなんだろうなと察したマリアは笑うしかなかった。
「しょうがないなぁウチの両親は。で、種目は何でしょう?」
父兄と一緒に参加できる競技にピントこないマリアはキバに尋ねる。
彼は淡々と答えた。
「二人三脚ですよ」
「にに!?」
動揺するマリア。
キバは淡々とマリアの隣に立って無自覚に密着を始める。
「というわけでマリア様、少々密着しますがお許しください。必ず勝利に導いてみせますから」
イケメン竜の王子とくんずほぐれつ密着併走――
完全に悪目立ちコースまっしぐらへの道のりにマリアは困惑する。
「あ、足の長さとか大丈夫なの? あと色々困るし難しいんじゃ」
やんわり断ろうとするマリア。
彼女に続いてギンタローももの申す。
「そうである! 色々と! 破廉恥なことをしようという魂胆があるのならいっそ我が幻術で大人になってマリア殿と参加する! ていうかしたい! 本能がそう言っておる!」
「一日一回しか使えない幻術を本能に従って使ってどうするんですか」
「正論を言うでない! かくなる上はモフ丸殿が……」
キバにするならいっそモフ丸を……
ギンタローの暴論にモフ丸当人が呆れていた。
「わっふん……」
「モフ丸君が「無理でしょう」と申しておりますが」
さすがのギンタローも無理だったと察したのか即反省した。
「そうだな、二人三脚の概念が崩れるしコボルトの赤ちゃんを足にくくって引きずり回したら動物虐待……「こんぷらいあんす」に引っかかるであろうな」
話が終わったところで改めてキバがマリアの手を取った。
「では行きましょうマリア様」
周囲から悲鳴に似た声が挙がりマリアは赤面するしかない。
「うぐぐ、目立ちたくないのに……いやでも、悪役令嬢ならノリノリで出るかなぁ……」
悪役令嬢の設定を守るなら、キバとのつながりを誇示するであろうと考えるマリア。
恥ずかしさもあるがキャラのためとマリアは出場を決意した。
「よよよ……我が主ぃ……」
去りゆくマリアにさめざめ泣いているギンタロー。どこからともなく取り出したハンケチーフを噛んで悔しがっている。
「マリア殿がトカゲの毒牙にかからぬよう祈り続けますぞ、儀式の準備に取りかからねば!」
ハンケチーフに続きどこからともなくお払い棒を準備し出すギンタロー。
そんな彼の肩をギンタローはポフポフと叩いていた。
「わふぅ」
「モフ丸殿、慰めてくれるのか……あいすまぬ、年のせいか涙腺が緩くなってしもうて……」
涙でぐっちょぐちょの顔を向けるギンタロー。
モフ丸は小刻みに首を振って見せた。
「わっふ!」
「え? 違う?」
どうやら慰める為に肩を叩いていたわけではないらしく、モフ丸は前足で別の方を指し示した。
その方向にはプリム先輩がいた。
「キバ様と……キバ様とぉぉぉ……」
恨み骨髄なプリム先輩。
しかし、纏っている異様に重く冷たい空気にギンタローは耳をピクつかせる。
そして「ちーん」とハンケチーフで鼻をかむと鋭い目つきで彼女の方を見やった。
「奇妙で面妖な空気……怪しいですなぁ」
「わふぅ……」
じっと見やる獣二匹。
その視線に気が付いたのかどうかは分からないが……プリム先輩はその場からフラリと立ち去った。
非常事態のにおいを嗅ぎつけたギンタローは真剣な面もちになる。
「護衛としての仕事かもしれませんなモフ丸殿」
「わふ」
しかしすぐさまギンタローの顔つきが「ニヘラ」と歪む。
「楽しんでいるキバと違い、ここでしっかり勤めを果たす我の方が主の寵愛を一身に受けることになるでしょう……ぬふふ、甘露甘露」
「わふ?」
「モフ丸殿も美味く行けばジャーキーを皿一杯にいただけるかもしれませぬぞ」
「わふっ!?」
「あぁ、おかわりもあるぞ……でありますな」
「わっふ~ん!」
そんな皮算用で盛り上がる二匹だった。
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