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二話「竜の王子の胃袋を掴んでみせます!」


 後日、一人の青年がシャンデラ家の邸宅に現れる。


 色香漂う黒髪長身の青年。


 切れ長の目に透き通るような碧眼。


 端整な顔立ちに褐色の肌の色と相まって名のある意匠の芸術品と思わせるような、そんな絶世の美男子だった。



「お、お待ちしておりましたキバ様」



 侍女の出迎えに彼は言葉少なに応える。



「どうも」



 キバ・イズフィールド・アネデパミ。


 竜族の王子にして亜人族の頂点。


 昨今、亜人族の地位が向上したのはアネデパミ家によるところが大きく彼も亜人族のために尽力していた。



「遠いところをわざわざありがとうございます」


「いえ、皆様と亜人族の笑顔のためですから」



 ニコリとも笑わずキバはそう言い切った。


 全ては亜人族の笑顔のため――亡き母親の残した言葉である。


 そんな使命を帯びている彼の笑顔はひどく冷めていた。


 亜人族の地位維持のためには上級貴族との繋がりは必要不可欠。大事な公務である。


 しかし、相手の行きたい場所に同伴し興味を惹かれない会話に造り笑顔で相槌を打つ日々を繰り返しているうちに彼の心は閉ざされてしまったのだ。



「では、マリアお嬢様の所まで案内していただけますか?」


「は、はひ!」



 キバは実に事務的な口調でシャンデラ家の侍女に声をかける。


 そんな口元から紡がれる色香ある声音に出迎えた何名かの侍女も瞳を潤わせている。


 にもかかわらず彼は一切気に留めることはない。


 きっと生まれてからずっと色めき立つ女性に慣れ「関心」というのが全く無くなってしまったのだろう……と思わせる冷めた表情だった。



「これも亜人族のため……」



 亜人族と上級貴族の橋渡しとして滅私の覚悟で公務に当たるキバ。


 それが自分に気があるワガママ令嬢のお相手だとしても公務と割り切って務めようとしていた。


 そんな彼の人生が今日変わろうなどと、この場にいる誰一人思ってもいなかっただろう。無論、本人ですら。



「ところで一体どこへ? オペラがキャンセルになったとは聞きましたが」



 予想と違う場所に案内されながらキバは侍女に尋ねる。


 侍女は困ったような表情で答えた。



「はい、キバ様をお庭に案内しろと仰せつかりまして」


「庭へ?」



 マリアからしつこく誘ってきたオペラ鑑賞。


 あまり乗り気でなかった観劇が中止になり内心ほっとしていたキバだが、ならば何故庭に招かれるのかと不思議に思う。



「もしかして中止は劇場都合ですか? それで落胆しているマリアお嬢様を慰めて欲しいとか」



 だとしたら観劇より気が重い……と、小さく息を吐くキバ。

 しかし侍女は首を横に振る。


「いえ、劇場都合ではなくキャンセルを申し出たのはマリア様の方です」



 まさか相手都合からのキャンセルだと思っていなかったキバはアゴに手を当て首をひねった。



「それは、どのようなお心変わりがあったのですか?」


「えっと、詳しいお話はマリアお嬢様から直接お伺いください……」



 歯切れの悪い返事のあと、「私も分からないので困ってます」と小さな声で漏らす侍女。


 ますます不思議に思うキバの元に今度はマリア・シャンデラの両親が息せき切って駆け付けてきた。



「アネデパミ卿!」


「ガンドル様、わざわざ駆けつけてどうされましたか?」



 肩で息をしているガンドルに代わってマリアの母シンディが答える。



「そ、その、娘が急に……私びっくりしちゃって。気を付けてください!」


「無理をなさらずお断りしていいですからね! アネデパミ卿にもしもの事があったら!」



 大声で注意を呼び掛ける両名に首をかしげるキバ。


 そこに――



「ようこそおいでくださいました、キバ様!」



 ――エプロン姿のマリアが現れた。



「はい?」



 普段の着飾ってゴテゴテしているドレスと違う装いにキバの口からキャラらしからぬ間の抜けた声が漏れる。


 そんな機微など意に介さずマリアは中庭の方へと案内した。



「いらっしゃいませ、ささ、どうぞどうぞ奥の席へ!」


「奥の席と言われましてもその格好は」


「あ、似合ってます? ありがとうございます!」



 マリアの勢いに気圧されるキバは「あ、はい」としか言えずそのまま庭園の方へと招かれる。



「ほう、これは……」



 青々と育った庭木に手入れの行き届いた芝。


 それらが燦々と降り注ぐ陽光に照らされ暖かな香りで辺りを包んでいる。


 干したての布団に包まれている……そんな心地よさを与える庭園だった。



「お日様の香りがするいい場所ですね」



 その一角にクロスの引かれたダイニングテーブルと椅子が用意されている。


 洒落た装いの食卓に招かれたキバは進められるがまま席へと座った。


 そしてしばし無言のあとキバはこう考える。



(もしかしてマリア様が料理を作ったのでしょうか? いや、まさか)



 キバはまたしても黙り考え込む。


 ついこの前会ったときは料理などしたこと無い「蝶よ華よ」と育てられたお嬢様、包丁どころか食器より重い物を持ったかも怪しい世間知らずのはずと思い返していた。


 一緒の食事に同席した際、料理人に対するリスペクトなど欠片もない発言を聞かされ辟易したのは記憶に新しい。



(もしや一流シェフの料理を自分で作ったと見栄を張るためでしょうか? 才色兼備を装うため?)



 そんな憶測を頭に巡らせるキバ。


 しかし慌てるマリアの両親をみてその線は無さそうだと思い彼はワガママお嬢様特有の「きまぐれ」と結論づけた。



(ふむ、料理を覚えたての子供の気まぐれに付き合うとしますか。美味しい、口の中で溶ける、毎日食べたい……この辺の言葉を口にすれば問題ないでしょう)



 これも仕事のうち……そうと心に決めたキバは食べる前からほめる言葉をあらかじめ用意しだした。


 そうこうしているうちに屋敷の方から料理をトレーに乗せたマリアが現れる。


 新緑香る春の庭園の風と混ざってキバの鼻孔をガーリックと芳醇な香りがくすぐった。



「この香りは……」



 自分好みの食欲をそそる香り。


 冷めた目つきだったキバの表情がわずかに熱を帯びる。


 そんな彼の前にマリアはほくほく顔で料理を差し出した。



「さぁキバ様、お召し上がりになってくださいまし!」


「これは……」



 キバの前に差し出されたもの。


 それはドロリとした灰色のスープだった。


 スープと言うよりソースに近いそれは何かをすりつぶして煮詰めたものに油が少し浮いている。


 一見食欲のわきそうもない代物であった。


 しかし、山の幸を濃縮したような濃厚な香りとそそるガーリックの風味。


 マリアお手製「プラウンマッシュルームのポタージュ」であった。



「焼きたてバケットも用意してありますのでさぁどうぞどうぞ!」



 知らない人間からしたら一見灰と一緒に煮詰めてしまったと見間違ってしまうであろう料理にマリアの両親がキバに耳打ちする。



「アネデパミ卿、ウチの娘はあとで叱っておきますから無理せずお断りください」


「そうです、こんな灰色のスープ、お腹でも壊したら」



 しかしキバはシルバーを手に取る。


 確かに一見不気味。


 だが鼻孔をくすぐる芳醇な香りは食欲をそそり、脳が「食べろ」と言ってくる。


 なにより――



「さぁ! 遠慮なく!」



 眩しいくらいの笑顔で料理を勧めるマリア。


 彼女の微笑みに亡き母の面影がうっすらと見えたからだ。



「せっかくですし、いただきますよ」


「アネデパミ卿!?」



 灰色のスープを口に運ぶキバ。


 次の瞬間、彼の口の中に濃厚なマッシュルームの旨味が爆発する。



「こ、これは……」



 マリアはテーブルにひじを突いてにっこりと笑っている。


 目で「おいしいでしょ」と語りかける彼女。


 キバは無言でスープを口に運び続けていた。スプーンで上品にすくっているがこのような場でなかったら一気に飲み干したいくらいだった。



「む、無理しないでください……」



 キバの挙動をみて無理矢理胃にかっこんでいると勘違いしているマリアの両親。


 そんな彼らを見てキバはマリアに訪ねる。



「ふむ……マリア様、まだスープは残っていますか?」


「もちろん!」


「ではご両親にもお召し上がりになってもらった方が」



 いきなり灰色のスープ進められバツゲームを振られた芸人のようなリアクションをするマリアの両親。



「あ、アネデパミ卿!? 怒っておいでですか?」



 マリアの父ガンドルの問いにキバは薄く微笑んだ。



「ええ、怒っていますよ」


「やっぱり!」


「こんなおいしい物を見た目で敬遠するのはよろしくありません。是非ともご賞味ください」


「…………え?」



 呆気にとられるマリアの両親。


 彼らの前にマリアは小さなカップに入れたマッシュルームのスープを用意してきた。



「ほらほら、キバ様もおっしゃられていますし! 美味しいんだから飲んで下さい!」


「む、娘の手料理は本来嬉しいはずなのだが……えぇい、ままよ!」



 南無三とでも言いそうな勢いで十字を切るとガンドルはマッシュルームのスープを口の中に流し込んだ。


 そして次の瞬間――



「え!? うまい!?」



 実にシンプルなリアクションで舌鼓を打つ。


 その様子を見てマリアの母シンディもおそるおそるマッシュルームのスープを口に運んだ。


 そして凝縮された濃厚なキノコの旨味に目を丸くして驚くのだった。



「え? なんでこんなに濃厚でクリーミー……?」



 驚く両親を後目にマリアもスープを口にして自画自賛する。



「我ながら美味しくできたわね~いいマッシュルームに当たったわ。産地直売の奴だから美味しくて当然ね。さぁ続いて――」



 マリアが続いて用意したのはエリンギとシメジのバターソテーサラダ、極めつけはジャンボマッシュルームのステーキ……


 さまざまなキノコ披露するマリアにキバは薄く微笑んで感心していた。


 用意した適当なほめ言葉はすべてどこかへ飛んでいき、彼は本音を口にしていた。



「すべて大変美味でしたよ、また、食べたいですね」



 キバの言葉にマリアは謙遜してみせる。



「いえいえ、お口にあってよかったです。キノコ類が好きって本当だったんですね」



 ゲームで得た情報が本当に反映されているか半信半疑だったマリアはほっと胸をなで下ろす。


 しかしその言葉にキバは怪訝な顔をしだした。



「よくご存じですね。誰かから聞いたとか?」


「あ、えっと……か、風の噂です」



 笑顔で誤魔化すマリア


 和やかな感じで会話が進む中キバがふとした疑問を尋ねる。



「ところで失礼ですがなぜ急にお料理を?」



 その問いにマリアはようやく本題を思い出したようで小さく「あつ」と漏らす。



「料理して満足しちゃっていた、そうだ私キバ様に聞きたいことがあったんだ」


「聞きたいことですか」



 そう言われたキバは少し身構える。


 上級貴族のお嬢様が亜人の次期王に聞きたいこと。


 しかも手料理を振るってまで、これは何かものすごいことを聞かれるのでは――


 交渉の一環と考えたキバは一瞬で冷たい壁を全身に纏ってみせた。



「なるほど、それはいかようなお話でしょうか?」



 亜人族の権利を脅かすような質問があればどのように金を積まれても話はしない、先ほどまでの雰囲気はどこへやら、キバの表情は一気に引き締まった。


 しかしマリアのお願いは彼の意表を突く物だった。



「私、モンスターをペットにしたいのですが、どうすれば許可がもらえるのか教えてもらえませんか?」


「はい?」



 間抜けな声を上げてしまうキバ。


 土地の権利や商業圏の所有者などを聞かれるかと思った彼にとって肩すかしなお願いだったからだ。


 マリアは頭を掻いて申し訳なさそうにしている。



「キバ様がモンスター研究所を立ち上げモンスターを保護しているお話は聞いていまして……」



 あまりに拍子抜けなキバは目を丸くしてその問いに答える。



「身分証の提出とか審査が必要ですが……あの、マリア様でしたら全然、私の一存で許可をおろせますよ」


「え? もう許可もらえるんですか! 嬉しいです!」


「あと一匹お譲りするよう研究所の人間に伝えておくこともできますが」


「許可だけでなくそこまで……あ、ありがとうございます。また今度お礼しなくちゃですね」



 子供のように喜ぶ彼女をみてキバは不思議そうに尋ねた。



「あの、上級貴族の方でしたら、その程度の提案ならご連絡いただければいつでも許可しましたが何でわざわざおもてなしを?」



 その問いにマリアはあっけらかんと答えた。



「え? だってお話をお伺いするのに何もしないなんて申し訳ないじゃないですか。誠意ですよ誠意」



 すっと答えた彼女の言葉にキバは目を丸くする。


 誠意……上級貴族と公務の際、常につきまとう打算や腹のさぐりあいではなく一人の人間として接してきた彼女にキバは久しく受けなかった感動を覚えていたのだ。



「誠意、ですか。そのためにわざわざ手料理を……」


「気にしない気にしない。半分作りたくて作ったようなものですから、エヘヘ」



 恥ずかしそうに笑うマリア、上級貴族の変なプライドやワガママなどではなく心の底から料理を好きな人間の表情。


 今まで見せたことのないマリア・シャンデラの表情にキバは無言で見とれていた。



「あぁ、また食べたくなったら遠慮なくおっしゃってくださいね」



 その言葉に暖かみを感じたキバ、繕った笑みではない自然な微笑みが彼に浮かび上がる。



「おもしろいお方だ……一つお尋ねしても?」


「あ、はいどうぞ!」


「なぜモンスターをペットに?」



 ゲームの中で生き延びるためとは言えないマリアはとたんに口ごもり。



「それは乙女の秘密です」



 なんて言って誤魔化した。


 乙女の秘密と言われキバはそれ以上深くは聞けなかった。


 一方、モンスターを飼うということにマリアの父ガンドルは寝耳に水のようで驚いている。



「そうだぞマリア。なんでペットを? お父さんは初耳だぞ」


「えーっとお父様、ペットを飼うということは情操教育にいいんですよ」


「でもモンスターである必要は……あと自分で言うかい?」



 このやりとりからマリア・シャンデラから暖かみを感じる。


 いままでのワガママお嬢様とは違う人間味あふれる言動。


 料理から母性を感じたキバは目を細めて彼女を見やっていた。



「マリア・シャンデラ……か」


「犬系とか狼系とか……いい感じのサイズでもらえたら嬉しいわね」



 しかしマリアはその視線に気が付かなかった。


 彼女の頭の中はすでに「モフモフ護衛モンスター」でいっぱいである。


 ゲーム初心者のくせにゲームに転生させられたマリアと万事無関心だった竜族の王子キバ。


 これが「ワルドナ」のゲーム世界を一変させるような運命的な出会いになるとはとは誰も、もちろん両人ですら知る由はなかった。


 ブクマ・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。

 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 

 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。


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