七話「魔法学園の体育祭が始まりました」②
一方、マリア。彼女は申し訳なさそうに胸中でこう呟いていた。
(ワガママ言ってゴメンねリンちゃん。でもワガママは悪役令嬢としてのたしなみだから貴族の慣習を破らせてもらうわよ。それに体育祭はみんなでお弁当を食べたいし……)
悪役令嬢に転生し死亡フラグを回避するため奔走しているマリア。
彼女はゲーム本編に影響を与えないよう慣れない悪役令嬢を演じるため頑張ってワガママをし続けているつもりなのだが……
本人の考える「ワガママ」がどの角度から見ても「気を回しすぎるお母さん状態」なのでいっこうに悪役令嬢らしくなっていないのである。
知らぬは本人のみ。
「お父さんお母さんが来られない子が楽しめるよう色々作っといた方がいいのよね~。冷めても美味しいおかずは腕の見せ所よ」
「ほんと……立派な心がけですね……昔からは想像できないです」
つい一月前の意地悪令嬢とは真逆のベクトルに振り切っている彼女にリンは戸惑うしかない。
一段落ついたところでマリアはリンに手伝ってくれたお礼を言う。
「おリンちゃん、手伝ってくれてありがとうね。あとは片付けだけだから、もう上がってもらって大丈夫よ」
「うーん、気づかいやお礼を言えるようになったのも……」
優しくされればされるほど消化不良な顔になるリン。
そんな妙な彼女の態度にマリアは心配そうに顔をのぞき込んだ。
「どうしたのおリンちゃん? 大丈夫? 何か心配事?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。お気遣い無く……お疲れさまでした」
あなたの事ですとは言えないリンは頬を掻くしかなかった。
「休めるときは休んでね、健康第一なんだから。あと好き嫌いはダメよ」
さらに健康に気を使いだすマリアにリンは苦笑いだ。
「今度有給を取ろうかと思います、幸い私が休んだら代わりに頑張ると同僚も名乗りを上げてくれましたし」
「あら、良かったじゃない」
「えぇ本当に、いい同僚です……アハハ」
一瞬、リンがものすごい笑みを浮かべた気がしたがマリアは気にとめることはなかった。
そして彼女が帰った後、マリアは満足気な笑みを浮かべながら、後片付けに取りかかる。
(ん~今日もしっかり悪役令嬢やり切ったわ、お弁当作りのワガママ三昧に食生活に口を出す!)
この行為が悪役令嬢からかけ離れていることなど知らず台布巾で台所を片付ける様はどう見ても年頃の良い娘さんである。
「さーて、肉をタレに漬け込んで衣にも下味をつけた「冷めても美味しいカラアゲ」を冷蔵庫に入れないと」
様々な香辛料を混ぜた衣と特製のタレに付け込んだ鶏肉を氷式冷蔵庫で寝かせるマリア。
そんな彼女の背後に小さな影が忍び寄る。
「そろりそろり」
「わふりわふり」
ギンタローとモフ丸である。
子ぎつねとコボルトの赤ちゃんは、その小さな体躯を生かしキッチンの死角から死角を走りターゲットに照準を絞っていた。
「つまみ食いをするならば! 揚げたての唐揚げが食せる明日決行するのが最善、それは明白なり……」
「わふ……」
「だが! 逆もまた然り! 我が主が油断している今こそ真の最善とみた!」
「わふ!」
「おぉモフ丸殿、お揚げが見えますぞ、味のしみ込んだお揚げ――背徳感も相まってたまりませんなぁ」
「わふー」
「ですよねモフ丸殿、いざ尋常に――」
「――わふ!?」
次の瞬間、二匹が宙に浮く。
恐る恐る二匹が後ろを振り向くと首根っこを掴んで仁王立ちしているキバがいた。
「ふぅ」
嘆息するキバ。
首根っこを掴まれた二匹、モフ丸は観念した様子で茶目っ気ある瞳でキバを見やる……がギンタローは恨めしそうな眼差しだった。
「何をするかキバ!」
「あなたこそ何をしているのですか? ロクの地の守り神たる妖狐がつまみ食いなど……」
「まったくどこで見ていた、覗きが板についておるではないか」
「それはもう執事ですから」
何をもって執事と言い切るキバに文句を放つギンタロー。
そして真顔である種の開き直りをするキバ。
「わふぅ」
ギャーギャー言い合う二人にモフ丸の方が呆れるほどだった。
その声に気が付いたのか、いつもと違う雰囲気でマリアが近寄ってきた。
「何をしているのかな?」
鋭い目つきでこちらを見やるマリア。
仕事の邪魔をされた上司……というより子を叱るお母さんの様相である。
怒られる子供たちの構図になった彼ら。
後ろめたい気持ちがあったのか真っ先に口を開いたのはギンタローだった。
「いや、これはですなぁ我が主……」
「ギンタロー、明日美味しく食べれるのになんでわざわざ今日食べようとするのかな?」
「それは甘美なる誘惑といいますか……」
「わっふる」
ギンタローをフォローするように吠えるモフ丸もマリアは嗜める。
「モフ丸も先輩なんだから後輩を叱らなきゃダメでしょ」
「わ、わふ……」
わかりやすく反省するモフ丸だった。
※次回は日曜日19時頃投稿します
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