一話「もふもふモンスターテイマー目指します!」
前世がお母さん系女子高生のマリアにとって家事全般は一流アスリートにとってのルーティーンと一緒。野球選手にとっての素振りのようなものである。
体を動かせば良いアイデアがでると考えた彼女はまずは部屋の掃除に踏み切った。
侍女に掃除用具を持ってくるように言いつけると「お嬢様がお掃除!?」と目を丸くして驚かれマリアは苦笑しつつ掃除に勤しむ。
前世は主婦顔負けで家事をこなしてきたマリア、慣れた手つきで片づけだした。
「お掃除しながら死亡フラグ回避のヒントとかあればいいんだけど」
そう言いながら本棚を整理するマリア、両親が買ってくれたであろう難しい本の表紙がくっついているのを見て思わず苦笑する。
「勉強の本とか埃まみれね……高そうな本なのにもったいない」
片づけながら彼女は丁寧に一つ一つ「マリア・シャンデラ」の周囲や自分がどんな人間だったか思いだそうと試みる。
「気が付いたら死んでいるキャラだもんね……あと一年でどうしたらいいのかなぁ」
いくら一年の準備期間があろうとも、転生したキャラはほぼ深堀されないモブもいいところ。絡みのない死体役の死亡フラグを回避しろというのは暗闇の中で明かりもなく物を探す行為に等しい。
「たしかシャンデラ家は貿易業を取り仕切る上級貴族でマリアはその一人娘、溺愛されてワガママ放題――って自分のことよね」
前世を思い出したら「友達になりたくないタイプよね」と苦笑する。
ずいぶん性格の悪いことをやっていたと感じ、むずがゆくなってくるマリアは続いてゲーム本編でのマリア・シャンデラについて思い返す。
「あとはゲームでマリアが死んでいた流れのおさらいでもしようかな」
よどみなく本や雑誌の埃を払いマリアは独り言ちる。
「主人公たちがチュートリアル的な任務から帰ってきたら私が死んでいた。第一発見者は主人公たち。下級貴族である主人公は自分にかかった疑いを晴らすため、生徒会と協力し調査を始めやがて学園、そして世界の闇に挑むことになる……だったっけ」
自分で言っていて「詰んでるなぁ」と自嘲気味に笑うマリア。
本棚の隅に溜まっている埃を手際よく雑巾で取り除きながら他のことも思いだそうと試みる。
「たしかゲーム中盤に、マリア・シャンデラを殺した犯人と戦うのよね……あーそうだ、マリアの義理の妹ミリィだったわ」
マリアが魔法学園入学したしばらくあとにシャンデラ家に養子として迎え入れられたミリィはラスボスと思わしき悪しき精霊に憑かれておりマリア・シャンデラを殺してしまった。
中盤の強敵である彼女を倒し、真の黒幕がいる雰囲気を匂わせたまま終盤へ――
そして長谷川麻里亜がプレイをしたのもここまでである。
「ミリィが養子として迎え入れられるのはまだ先の話だし、しかも殺される理由が私のプレイ段階では明かされていない以上要因を取り除くという方法は不可能に近いわね」
そこまで考えてようやくマリアは「鍛えて身を守る」に思い至る……が、彼女は自分の細腕を見て苦笑する。
「このお嬢様が一年鍛えたところでってのはあるわよね。あとキャラにそぐわないことや変に目立つ行為も避けないと、ゲーム本編に影響与えてイレギュラーが起きちゃったらわけわからなくなるもの」
中盤までだがストーリーの流れを知っているのは切り札。
この流れが変わってしまったらゲーム初心者の自分はあたふたしてしまい対応できないのは目に見えているとマリアは自覚していた。
ならば魔法と考えるが埃をかぶっている魔法の本を見て「難しそう」とまた苦笑する。
「魔法だったら目立たずこっそり鍛えられるかな、と思ったけど全然魔法の勉強していなかったわね。本読んでもチンプンカンプンだし私に適性はなさそうね……あら?」
テキパキと埃を取り除き上から順番に綺麗にしていたマリアは本棚からある違和感を覚える。
「こっちの本は埃かぶっていないわね、動物の本……んん?」
パラパラと本をめくり物色するマリア。
この本を眺めていると彼女の脳にマリア・シャンデラとしての記憶が蘇ってくる。
どうやらそれは動物ではなくカワイイ系モンスターの図鑑だった。何度も読んでいるからかこの本だけは埃をかぶらず好きなページは折り曲げてある。
「そうだ、私モンスターテイマーになりたかった! モフモフした動物っぽいモンスターと過ごしたいって夢がマリア・シャンデラさんにはあったわ! ゲームでもそんな話聞いた覚えがある!」
そこでマリアはあるシーンを思い出した。
それは、マリア殺人事件の事を聞き込んでいるときにどうでもいい話を聞かされたシーンである。
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「ああ見えてマリア・シャンデラさん、実は可愛い物が好きでモフモフしたモンスターをテイムしたいって言っていたよ」
(意外だな)
→(モンスターテイムって?)
「え? モンスターテイムを知らない? あぁモンスターテイムってのはね――」
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とまぁ中盤解放される「モンスターテイムシステム」説明の為のシーン。いわゆるメタ会話である。
しかし本編で語られているマリア・シャンデラについての貴重な掘り下げに彼女は頬を紅潮させ喜ぶ。
「モフモフ好き……言われてみれば!」
マリアが部屋を見回す。
とるに足らない制作側の都合によるメタ会話でマリアのモフモフ好きは適当なキャラ付けであろう。
しかしご丁寧にその設定はしっかりとこの世界に反映されているようで至る所に犬や猫のモフモフしたヌイグルミが置かれていた。
「つまりマリア・シャンデラにはモンスターを従える素質がある! それならいける!」
自分の力は弱くとも「モンスターテイマー」ならば能力値は自分ではなくモンスター依存。
そして何より――
「なによりカワイイモンスターなら護衛ではなくペットと思ってもらえるから四六時中一緒にいても不自然ではない! ばっちり設定も遵守できるからシナリオに悪影響は与えないはず!」
自分の設定から逸脱することなく身を守る最高の手段――
光明が見えてきたとテンションのあがったマリアは思わず大声を上げてガッツポーズをする。
そこを掃除道具を持ってきた侍女のリンが目撃し両者驚きの声を上げてしまう。
「うわぁ!」
「そ、掃除用具を持ってきましたが……はぁ」
テンションのあがっている彼女を見てリンは怪訝な顔で邪推しだした。
「あの、お嬢様……いきなり部屋を掃除し始めるのは少々気が早いのでは?」
「気が早い?」
不思議そうに訪ねるマリアにリンは「違うのですか?」と尋ね直す。
「いえ、てっきり明日の観劇が終わったあとあの人を自室に招くつもりなのでは……と思いましたが」
「観劇? 明日誰かとどこかにいくの?」
「お忘れですか? あんなにキバ様とのオペラ観劇を楽しみにしていたというのに」
「キバ!?」
思わずマリアは大きな声でその名前をオウム返ししてしまった。
キバ・イズフィールド・アネデパミ。
竜族の王子でありワルドナ内の亜人の頂点に立つ存在。
無気力で陰のあるダウナー系のイケメン。
ゲームではマリア殺害の容疑がかけられた人物の一人で後に主人公パーティの協力者となる青年である。
最初は主人公たちに非協力的だが徐々に胸襟を開いていき様々な便宜を図ってくれるという、女子に人気のネームドキャラの一人だ。
(亜人の長として上級貴族に挨拶周りしていたのよね。そして社交辞令を真に受けたマリア・シャンデラ……っていうか私は執拗にアプローチを繰り返していた。いや、今大事なのはそっちじゃないわ!)
その便宜の中に「モンスターテイムシステム解放」があることを思いだしたマリアは目を輝かせる。
「グッドタイミングね」
「グッドタイミング?」
「あぁゴメン、こっちの話」
「お嬢様が謝られた!?」と驚くリンをよそにマリアは策を練り始める。
(彼からモンスター購入や飼育のやり方を教えてもらえれば生存率はぐっと上がる! でもあの無関心な王子様が教えてくれるかな……あぁ!)
そのとき、マリアに戦慄が走った。
(そうだ! イシュタルの言葉! 私の特技「料理の腕前」を駆使すれば!)
美味しい物を食べればあの真顔イケメンも饒舌になって色々教えてくれるはず――
イシュタルの「普段通りのハセマリなら大丈夫」という言葉を愚直に信じるマリアは「自分の特技」を生かすならばここだと確信する。
「となると肝心なのは料理内容ね、あのキャラが好きな料理は……」
「あの、お嬢様――」
「あった! 思い出した!」
「お嬢様!?」
急に考え込んだり大声出したりするマリアにリンは「本当にどうしたの」と声をうわずらせ驚く。
そんな機微など意に介さず、マリアはゲームでのあるイベントを思いだし声を上げ続ける。
「そういえば。主人公たちと外食したとき「マッシュルームのスープ」を注文していたわ。キノコが好きとかなんとか」
何気ない会話での一言……自分が序盤の死体役であることは忘れていたのになぜそんな細かい台詞は覚えていたのか。
その理由は非常にシンプルな物だった。
「献立に悩んでいる時その台詞見て実際作ってみたらおいしかったのよね~」
そう、お母さん系女子高生のマリアは常日頃から献立のことで頭がいっぱい、故に誰かの「この料理が好き」とか「アレ美味しかった」といった料理の話題は必ず覚えているのだった。
性分を通り越してもはや習性である。
身についた習慣がゲームでも発揮され、それが役に立ったことをマリアは感謝する。
「お、お嬢さま!? 本当にいかがされたのですか!?」
驚きを通り越し恐怖すら感じ出していたリンの肩をマリアが掴むと上目遣いで嘆願する。
「リン! 明日のオペラはキャンセルして! キバ様にも連絡お願い!」
「え? えぇ!? あんなに楽しみにしていらっしゃったのに!?」
唐突なキャンセルに驚くリン。
マリアは意に介さず次の要望をまくし立てる。
「そのかわり御屋敷に来ていただいて。それと明日の早朝は市場に行きたいわ、一番大きい市場よ!」
「えっとエルデリン市場でしょうか?」
「そうそう、そんな名前の! よろしくねリンちゃん!」
屈託のない笑みでニカッと笑うマリア。
普段の意地の悪い笑みとは違う愛嬌のある……たとえるならお母さんのような笑みにリンは思わず頷いてしまうのだった。
「あ、はい。承知しました……」
「さぁ、善は急げ! 掃除を終えたら下準備に取りかかるわよ!」
いきなり下準備と言われ首をひねるリンはおずおずと尋ねる。
「あの、話が見えなさすぎて……お考えをお聞かせくださいお嬢様」
マリアは満面の笑みで答えた。
「ちょっとキバ様に聞きたいことがあって、おもてなしのお料理を振る舞いたいのよ」
お料理を振る舞う――
ワガママお嬢様から一度も聞いたことのない単語にリンは目をむく。
「え、料理を……お嬢様が!? おもてなしならお屋敷に一流のシェフがいらっしゃいますが」
「ダメよ、こういうのは自分で腕を振るうのが誠意ってやつなの」
「誠意ですか、いったい何を企んでいるんですか……」
稚気溢れる笑みを浮かべ「秘密」とかわすマリアだった。
(そういえば料理するのも久し振りな感じがするわ。でもイシュタルの言っていた「私らしさ」で死亡フラグを回避して見せるわよ!)
意気揚々と腕をまくるマリア。
その姿は意中のイケメンを落とそうとしている少女というよりは子供の友達に手料理を振る舞おうと意気込むお母さんそのものである。
リンは彼女の恋愛感情とは違う意気込みを見てどうしたものかと狼狽えるしかない。
「フォークより重い物を持ったことがないとまで言われたお嬢様が……キバ様が具合を悪くされななければいいのですが」
しかし彼女は知らなかった、中身は十年近く毎日台所に立ち続けた料理のベテランであることを。
(さぁ、氷の心を持つキバ様の胃袋を掴んでモンスターテイムのやり方を教えてもらいましょ)
キバの胃袋を掴むという作戦がもうすでに「悪役令嬢」のキャラからかけ離れているなど考えもしないマリアだった。
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