六話「竜の王子が私の執事になりました」③
一方、自分のせいでざわついているなど気がつかないキバは事件か何かかとマリアの自分の方によせ周囲を警戒しだす。
「どうしました? もしや事件? 何者かがマリア様を狙っているのでしょうか? 執事として身を挺してでも――」
「いやいや、そういうわけではないと思いますが……」
自分のせいで騒動になりかけていると自覚のないキバはマリアに急接近。
どよめきに加え悲鳴に近い声が上がった。ちなみにギンタローも軽く悲鳴を上げている。
「きぃえぇぇ!、何しているトカゲ! 離れませい! 離れませいッッッ!」
「いえ、執事としてお嬢様の身はお守りしませんと」
人語をついつい喋ってしまうギンタローより、周囲はキバの口から飛び出した「執事」という単語でさらにどよめいた。
「執事? あの竜族の王子が?」
「嘘でしょ!?」
「シャンデラ家どんな手を使ったんだ?」
「あぁぁ……すごい変な噂になっている……」
想定よりも早く騒動になり、さらに想定の三倍は騒ぎになっていることにマリアは「思てたんと違う」と頭を抱えた。
それが自分のせいだと欠片も思わないキバは事件が起きたかとマリアを守ろうとしていた。
「ざわめきが強くなってきましたね、どうしましょうマリア様」
とりあえず原因である天然王子を放すべくマリアはモフ丸たちをキバに預け仕事を課すことに。
「キバ様、この子たちをまず厩舎の方へ預けてきて下さい」
「あ、はい。職員室に行って許可をもらってくるのですね」
キバに仕事を与えるマリア。
衆目の前で主従関係を強調したと思われたのだろう、校門付近はさらにどよめいた。
「じゃ、じゃあ私先に行っていますから!」
「あ、はい」
「わっふ」
「おたっしゃで~……っと、コンコ~ン」
「目立ってきた」と焦る彼女は足早に教室へと向かおうとする。
人気が少ないところを選んで歩きしばらくすると、廊下で急に立ちふさがる人影たちが現れた。
「良いご身分ね、マリア・シャンデラ。ワーキャーがこっちまで聞こえてきたわよ」
高慢な態度で登場したのは先日下級貴族の生徒をいじめていた上級貴族の先輩とその仲間だった。
「えーと、どなたでしたっけ」
「プリル・ルンゲルよ!」
「あぁ、ごめんなさい。良いご身分とは?」
色々テンパっていて素で聞き返すマリア。
それがまた煽っているように見え上級貴族の先輩たちはこめかみをピクピクさせていた。
「やられたわ、下級貴族をかばって人気取りなんて……ずいぶんとやり方が汚いわね」
同調するように上級の生徒たちが「そうだそうだ」の大合唱。
「上級貴族としてのプライドはないのか」とまで言ってくる生徒もいた。
どうやらプリム先輩たちはマリアが騒がれている理由が先日の一騒動で人気を獲得したと勘違いしているようだ。
「え、そんなつもりじゃ……あっ」
釈明をしようとするマリアだったが……ここで彼女は思い出す。
(そうだ、悪役令嬢を勉強しないと)
正直プリム先輩のやっていることは好きになれないがせめて「雰囲気」や「言葉遣い」といったガワだけでも悪役令嬢っぽく身につけておきたい……現世に戻るため実に真面目なマリアだった。
そして眼前の模範解答に対しマリアは生徒のように質問を繰り出した。
「あの、先輩!」
「何よ」
「上級生としてのプライドはないの? の次はなんておっしゃるつもりですか? 参考までに!」
真摯な姿勢に真面目な顔つき。
急に距離を詰めてくる変なことを聞き出すマリアにプリムは逆にビビる。
「え、次って……」
「参考までに教えてください!」
「こ、この子は……」
端から見ると慇懃無礼に煽っているようにしか見えないマリアの行為。しかし本人に一切の悪気がないのだからたちが悪い。
先輩たちは苛立ちを募らせ一触即発の雰囲気を醸し出していた。
そこにモフ丸たちを預けてきたキバがマリアの元に戻る。
「こんなところにいましたかマリア様――」
「あ、貴方は!?」
急に先輩が目を輝かせ声の量とキーをメチャクチャ上げる。
マリアが思わず耳をふさいでしまうほどだった。
「どうしましたプリム先輩!?」
プリムと女子の先輩たちは聞く耳持たずキャイキャイ騒ぎだしていた。
「貴方はアネデパミ卿!?」
「キバ様ぁ!」
「あの噂のお方!? 私どうにかなってしまいそう」
剣呑な空気が一瞬にしてアイドルを出待ちしている空港のようなムードに早変わり。
追っかけファンばりのテンションになる上級貴族の女子生徒たちに今度はマリアが引き気味になる方だった。
余談だが上級貴族の男子生徒もその変わり身ぶりに若干引いていた。
一方キバは相変わらずの無表情。
何が起きたのかと小さく首をかしげる。
「マリア様、こちらでも何か起きたのでしょうか?」
ギンタローがこの場にいたら「天然王子め」と呆れていたに違いないだろう。
「あ、あの……キバ様? どうしてここに? このマリア・シャンデラとはどのような関係で?」
興奮冷めやらぬ様子で鼻息荒く尋ねるプリム先輩。
対照的にキバは淡々と答えた。
「先日からシャンデラ家の執事を務めております」
「え……」
言葉を失うプリム先輩ら。
その台詞をマリアは必死になって誤魔化そうとする。
「そ、そういうのじゃないんですよ! 誤解しないでください」
「あの、そういうのとはどういうのでしょうか?」
「キバ様が興味津々で尋ねないでください!」
意外に食いついてくるキバ。
このやりとりにプリル先輩たちはまた絶句した。
自分たちじゃ手の届かないアイドルと気心知れている間柄、まるで幼なじみのような雰囲気すら感じ取れるのだからだ。
もちろんマリア本人は気心以前の問題なのだが、彼女らに知る由はない。
※次回も明日19時頃投稿します
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