六話「竜の王子が私の執事になりました」①
雲一つ無い青空。
日差し柔らかな新緑の季節。
風が草木の青い香りを運んできてくれる爽やかな朝――
「なかなか落ちませんね……」
空模様と同じように爽やかな美青年が背中を丸めて洗い物をしていた。
キバ・イズフィールド・アネデパミ。
竜族の王子でありいずれは亜人族の王となる人物。
その男は今執事服の腕をまくりワッシャワッシャと何かを一心不乱に洗っている。
その何かというのは――
「わっふ~ん」
コボルトの赤ちゃんであるモフ丸だった。
「わふふん……」
青みがかった毛並みを丁寧に洗ってもらえて実にご満悦の表情である。
「気持ちいいですか、モフ丸君?」
「わっふ!」
「それは良かった、では泡を流すまで動かないで下さ――」
「うわっふーん!」
「って言っている側から。おっと、泡が口に……ふむ、泡って苦いんですね」
ブルブル体を振るわれ水気と泡を全身に浴びたキバはなぜか泡の苦さに驚き微笑む。
ビショビショの泡まみれになってしまった彼の様子を一匹の子ギツネ……妖狐のギンタローがため息混じりで眺めていた。
「まったく入浴中じゃぞ、お静かに」
銀の毛並みの頭に手ぬぐいを乗せタライのお湯に浸かる彼を見てキバは真顔で呆れる。
「言っていいのか躊躇いますが……おっさんですね」
「なぁ!? こんな美キツネ相手におっさんとな!? 呪ってやろうか!?」
タライの中で立ち上がり腰に手ぬぐいを巻くギンタローにキバは真顔で呆れて見せた。
「そもそもですよ、竜族と亜人の王を争っていた妖狐がなんでペットの立場を受け入れているのですか?」
「信仰心を失いちんちくりんになった我を受け入れてくれたマリア殿に忠誠を誓って何が悪い!」
「あの、悪いのは頭かと」
淡々と反論するキバにギンタローは半眼を向ける。
「お主こそ、マリア殿に護衛を断られたからといって執事の募集に申し込むなど竜族としてどうかしていると思うがな!」
正論を言われたキバ。
泡まみれの手をアゴに当て「確かに」と認めてしまう。
「ふむ、言われてみれば……シャンデラ家の執事になるなど考えもしませんでした」
「アゴに泡がついておるぞ、やれやれ」
ギンタローは腰に巻いた手ぬぐいでキバの泡を拭いてやると嘆息混じりで言葉を続ける。
「まぁお前がマリア殿を気にかけていた気持ちは我もよくわかった、力強さと慈愛に満ちた素敵な方じゃ」
「慈愛ですか……そうですね」
「うむ、そこに惹かれた我らは同じ穴のムジナというわけじゃ。我は狐じゃが」
「お互いどうかしているということですね」
「わっふわっふ~」
モフ丸が言い合う二人を無視して泡まみれで楽しそうに歩き回っているところにマリア・シャンデラ……ゲーム内に転生した長谷川麻里亜ことマリアが現れた。
彼女は執事であるキバを優しく注意する。
「キバ様、モフ丸しっかり洗い流せていないですよ」
「あ、すいません……モフ丸君、好奇心旺盛なもので」
子供をあやすようにモフ丸を抱くマリアはスキンシップをするように拭いてあげている。
「子犬だからね、だからって甘やかしすぎると他の人の仕事を増やすことになりますので」
「他の方も気にかけるなんて、さすがですねマリア様。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
「あ、はい……」
「まだまだ不慣れですが必ず立派な執事になってみせます。極めてみせますとも」
「極めはしなくて良いかもですが……アハハ」
亜人の次期王となる人物。
そんな男に教えを請われマリアは困り顔になるしかない。
その様子を「竜族の王子たるキバと対等に渡り合っている」と見えるのだろうか、マリアの両親やシャンデラ家の執事や侍女たちは戦々恐々として眺めていた。
「あのアネデパミ卿と対等に話せている……やはりあの子の料理は胃と心を掴むのね」
実際、マリアの力で苦手なトマトを克服しつつあるシンディ。
彼女は嬉しさと恐ろしさ半々で我が子を見やる。
「あの竜の王子の心を溶かすなんて……素敵なことだけど、本当にどうしたのかしら」
喜びつつも急に人が変わった我が子を少し不思議に思うシンディだった。
一方、父親のガンドルは……
「さすが我が娘だ! 竜族の王子の胃袋をつかむなんて! ワッハッハ!」
キバが執事になったあの日以来、考えるのを放棄して娘を誉めちぎっていた。
「あなた……良いことばかりじゃないんですよ」
次期亜人族の王を使用人として扱っている……一部の人間が「不敬だ」と難癖付けてくる可能性は否定できない。
そんな不安はないのかと呆れ顔でシンディは夫に白い目を向けていた。
だが、ガンドルは笑い飛ばす。
「ワハハ! 竜の王子がシャンデラの執事になってしまったのはしょうがない。こうなったら竜の王子と我がシャンデラ家のつながりの強さをアピールする方向に振り切るべきだろう。何よりキバ様から熱望したことではないか!」
切り替えの早いガンドル。
しかし言っていることは至極真っ当でシンディも腹をくくる。
「そうね、キバ様が望んだことですもの、シャンデラ家として精一杯希望に応えるだけですわ」
「その通り! 全力で執事として頑張ってもらうぞ! 我々に非はない! あるとすれば我が娘マリアが有能すぎたことかな? ワッハッハ!」
ガンドルの笑顔につられ、シンディも口に扇子を当てて微笑む。
「私とあなたの子供ですもの有能に決まっているわ。こうなった以上、上級貴族としてキバ様とマリアをサポートしましょう」
「うおぉマリア! さすが我が娘! 愛しているぞ!」
結局細かいことを考えるのを放棄し「さすがマリア」で片づける両親にマリアは呆れながら挨拶する。
「じゃあお父さま、お母さま、学校に行ってきますね」
「行ってらっしゃい! 愛しているぞマリア!」
「貴族政治は私たちに任せて学業に専念なさい」
自分が愛されているのをひしひし感じるも過剰に持ち上げられている感じが否めないマリア。
「……大丈夫かな?」
そしてマリアは今日も魔法学園に登校する。
「では、行きましょうかマリア様」
「あ、はい」
執事となった竜の王子キバと共に――
※次回も明日19時頃投稿します
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