五話「魔法学園に登校します!」⑨
執事服に身を包んだ竜の王子――
状況を理解できないマリアは困惑の表情を浮かべるしかない。
一方、驚く彼女の顔を見てキバは真顔のまま陳謝した。
「いきなりで申し訳ございません、本日付でシャンデラ家の執事となりました。アネデパミ家のことは気にせず何でもお申し付け下さい」
「し、執事って!? 公務の方はいいんですか」
「継続してやらせていただきます、もちろん優先順位はこちらが本業で公務が副業という形になりますのでご安心下さい」
まったく安心できるはずもないマリアはなおも狼狽える。
「公務が副業って、それは……ていうかなんでシャンデラ家の執事に!?」
キバは真顔で首を傾げて答えた。
「あなたの側にいたい、というのはおかしいでしょうか?」
「はい!?」
もはや告白のような言葉にマリア含め一同は動揺を隠せずにいる。
当事者のキバだけがキョトンとした顔で首を傾げ続けていた。
「あの、どこかおかしいでしょうか?」
「どこかっていうか、まぁ……全部?」
キバは衣を正し経緯を告白し始めた。
まるで公務のように……いや、公務以上に真剣な眼差しである。
普段冷めている彼らしからぬ、ほのかに熱を帯びた口調だった。
「先日、シャンデラ邸にお招きいただいた時、マッシュルームスープをご馳走していただきましたよね」
「え、えぇ」
ゲーム内で得た知識でキバの好物を提供したあの日の事を思い出すマリア。
彼女は「そこまで凄いおもてなしをしたわけではないのに」と……いったいどういう事か未だ混乱の最中にいる。
(もしやあのマッシュルームの中にヤバい系のマッシュルームが混入していたとか!?)
とまぁ違法薬物の可能性まで疑ってしまうマリアにキバは説明をつづけた。
「あの時ご馳走になったスープ、どこか懐かしい物を感じました。失った熱のようなものを、心の芯を温めてくれたような、そんな気がしたのです」
「心の芯って……あのスープで?」
たったそれだけでそこまで語っちゃう!? と言いたくなったマリアだが、あまりにも澄んだ瞳のキバに口ごもる。
彼はなおも力説を続ける。下手したらスッと手を取り指輪でも薬指に付けてくれそうな……そんな雰囲気さえ醸し出しているのでマリアはもう挙動不審の極みになりつつあった。
「自分はアネデパミの人間として亜人の地位向上に携わってきました。公務の中には会食も多く、何度も食事の席にお招きしていただいたことがあります」
「は、はぁ」
「とても素晴らしいお料理の数々でしたが「竜の王子」という肩書に対して畏れ、お供え物を捧げられているような感じは否めませんでした」
「お、お供え物ですか」
キバはゆっくり頷いたあと、家での食事についても語りだす。
「いつしか家での食事も公務に挑むための「補給」と捉えるようになってしまいました。しかしマリア様の作った料理からは畏れや敬いより、楽しいという作り手の顔が浮かんできたのです」
「まぁ確かに楽しく作りましたけど」
「あなたの傍にいると……公務の連続で失った「熱」を取り戻せそうな、そんな気がするのです」
熱弁を終え息を整えるキバ。
もはや告白に近い何かすら感じるが、その言葉を受けた当のマリアは――
(あぁ、外じゃ高級料理ばっかりで家だと満足な食事をとれなかったから、手作り料理に飢えていたとか……そんな感じかな?)
かなりザックリとした解釈をしたのだった。
(つまり胃袋を掴んでしまったということね、愛の告白みたいでドギマギしちゃったけどそれなら納得だわ)
そう考えたマリアはホッと胸をなでおろし冷静に戻るのだった。
しかし料理が食べたいなら別に執事にならなくてもいいのにずいぶん思い切ったな……と驚嘆しているマリア。
そんな中、キバの足下にギンタローがてふてふ近寄り小声でツッコむ。
「何を考えているお前!? 仮にも亜人族の王が執事なんて!」
キバは身を屈めてギンタローに説明する。
「そう言わないで下さいギンタロー。マリア様と一緒にいれば無くした何かが取り戻せると思ったからです」
「そこは分からなくもないが……公務と掛け持ちで執事など前代未聞じゃろ!」
ギンタローの辛辣なツッコミにキバは淡々と語り出す。
「しかしですよ、職質された時にすぐに「執事」と答えられるのは非常に便利です。王族の公務内容などは一般の方に説明が難しいですからね」
「ニッチな利点を述べるでない!」
「わっふ」
かまってもらえなくて寂しいのかキバをモフ丸がペロペロ彼をなめだした。
「おっと、これからよろしくお願いしますよモフ丸君」
「わっふん!」
キバにモフられ嬉しそうにするモフ丸。
相手が竜族の王子であろうとお構いなし、モフ丸は平常運転である。
一方、ガンドルとシンディは未だ困り顔をキープしていた。
「アネデパミ卿がまさか執事に名乗り出るとは想定外でな……立場上お断りしにくいし、その……」
マリアに対し、遠回しに上手く断って欲しい的な要望を目で訴えるガンドル。
無理もない、現実世界で例えるなら大統領やロイヤルなファミリーを召使に雇う所業。恨みを買わないとは言い切れないからだ。
しかしモフ丸のなつき具合やゲーム本編の事を踏まえマリアは逡巡していた。
(断ったにしても、キバ様って意外とエキセントリックな行動に出るし、次に何をしでかすかわからないしなぁ……学校でモフ丸達の面倒見る人も必要だし逆に目の届く範囲にいてもらった方が都合いいかも? それに……)
それに、どことなくキバから感じる「寂しがり屋」の印象。
家に帰っても誰もいない鍵っ子の友人がこんな感じだったなと、それで家に招いてご飯を作ってあげたらすごい喜んでくれていたことを、マリアはふと思い出した。
ほっておけない……そう思った彼女はガンドルの方を振り向いた。
「いいと思いますよ、お父様」
「そうだな、お前が断るなら……っていいのか!?」
マリアに許可をもらいキバの顔がほんのりと明るくなった。
「受け入れていただきありがとうございますマリア様、何なりとお申し付けください」
「申しつけと言われましても……」
イケメンに「何でもします」という垂涎もののシチュエーション。
しかし、何もかもいきなりすぎてマリアは困惑するしかなかった。
そんな彼女を見て、真顔で首を傾げたキバは勝手に解釈する。
「なるほど、言われることだけじゃなく自分で判断しろという訳ですね。では……」
キバは颯爽と抱きかかえる――モフ丸とギンタローの二匹を。
「まずはこの二匹のお世話をします、暗くなる前に散歩に行きますが大丈夫ですか」
「はひ!? あ、はい……」
躊躇うことなく執事としての仕事を全うしようとするキバにはじめシャンデラ家の一同は慌てふためくしかない。
「ちょ、執事の仕事に積極的すぎませんか!?」
「すいません旦那様、なかなか新鮮なものでつい張り切ってしまいました」
「だ、旦那様って……亜人族の次期王にそのように呼ばれると、むず痒いですなぁ。ハハハ」
「あなた! 何ちょっぴり嬉しそうなんですか」
竜族の王子に散歩をさせる貴族……周囲にどう見られるか気が気じゃないシンディは気をよくしているガンドルを叱責する。
マリアも「ここまで前のめりに執事の仕事を……」とゲーム上の無気力青年から想像できなくて驚いていた。
「アネデパミ卿、その……ご無理はなさらず」
「わっふ」
マリアは気を使うが……そんな彼にモフ丸がリードに向かって吠え「早よつれってって」と急かしだしていた。
「モフ丸!? 平常運転すぎぃ!」
「わっふん!」
マリアに褒められたとモフ丸はニコヤカ笑顔のご満悦であった。
そんなモフ丸に対し、キバはほんのり口元を緩めると優しくリードを付けてあげる。
「はい、大丈夫ですよモフ丸君。ギンタロー、あなたもつけますか?」
「野郎に首輪を付けられる趣味は我にない!」
プイと顔をそむける子ギツネに彼はそっと耳打ちする。
「こらこら、大声で人語を喋ってはいけませんよ、ペットなのですから」
「お、お主、意外にサディストじゃな」
「人語」
「っ……こんこ~ん……うぅ」
どこか楽し気なキバをみてマリアは「まぁいっか」と微笑んだ。
しかし「竜族の王子を従える女傑」という立場になったマリア・シャンデラ。
そしてキバを執事に加えたシャンデラ家は世界の貴族たちに良くも悪くも注目されるようになるのだが……
(ワルドナゲーム本編や私の死亡フラグ時期に影響しませんように)
マリアはそう祈るしかなかった。
※次回も明日19時頃投稿します
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