五話「魔法学園に登校します!」①
タイトル変更後、腰が抜けるほどPVが減りましたのでまたタイトルを変更しました!
少し古くなった残り物のトーストを輪切りにし窯のオーブンに放り込む。
表面に軽く焼き目が付いたら窯から取り出し、そこにニンニクを香りづけ程度にこすりつける。
続いてはトマト。
軽く水洗いしたトマトを半分に切り、それを豪快にパンの表面にすりこむ。
シャリ、ショリ……
おろし金にこすりつけるように軽く焼いた表面にトマトを馴染ませる。
そして振りかけるはオリーブオイル、塩。
所要時間10分程度。
スペイン料理「パン・コン・トマテ」の完成である。
「試食してみる? リンちゃん」
朝のシャンデラ家の厨房にて。
ご令嬢マリアは侍女のリンに出来立てのパン・コン・トマテを勧める。
「あ、はい。いただきます」
ザクッ。
カリカリトーストの小気味のいい音と共にトマトの酸味が口いっぱいに広がる。
鼻を抜けるガーリックの香りもたまらない……そんな顔を見せるリンを横目にマリアはニヤニヤしていた。
「美味しかったって顔ね、嬉しい」
「……ハモ……あ、はい……ムグ」
感想を言う前に二口目に進んでいたリンは恥ずかしそうにしていた。
そして目を丸くして驚いている。
「固くなったトーストが手間をかけずにここまで……」
パン・コン・トマテの出来栄えにマリアは嬉しそうにしていた。
「久々に作ったけど好評で嬉しいわ、これならトマト苦手なお母さまも食べてくれるでしょう」
そう、マリアは朝からトマトが苦手な母のためにトマト料理を作っていたのだった。
「マリアお嬢様。お料理もいいですがご自身の身支度はもうお済みですか?」
リンの呼びかけに対しマリアはハキハキとした返事をする。
「それはもうバッチリよ、自分のお弁当だって作ったわ」
「……さようでございますか……まぁ、ですよね」
リンは何ともいえない表情でマリアを見やっていた。
ワガママ令嬢のマリア・シャンデラ。
傍若無人な言動は枚挙に暇が無く、使用人一同辟易している難物。
それが最近は何かに啓蒙を受けたか中身がすり替わったかと思うくらい人が変わった……具体的には料理といった家事全般に関わりだし、両親や使用人の健康を気遣い出す主婦方面に。
「お母さまにはいつか必ずトマトを生でガブリと食べられるようにしてみせるわ」
そう豪語するマリアにリンはこめかみを押さえる。
「もはや執念ですね……」
「ん? 何か言った?」
「いえいえ、なんでもございません」
トマトを食べさせるための並々ならぬ決意を抱くマリアにリンは恐々としていた。
ワガママ娘から慈愛に満ちたお母さん……ていうかオカンなムーブ。
リンがある意味達観した表情になるのも無理からぬ物だろう。
「ちょっと前までは直前まで寝てて、しかも起き抜けは不機嫌で八つ当たりをしていたというのに……」
そんなリンの表情などは気にもとめないマリアだったが部屋から荷物を取ってくると何かに気が付く。
「あら?」
機微には気が付かないがどうやら彼女の寝癖には気が付いたようで直そうとしてくる。
「リンちゃん寝癖ついているわよ。そこで待っていなさい」
「あ……す、すいません」
彼女はリンのピョコンとはねた襟足部分を触って確認すると、すぐさま蒸しタオルを用意してリンの寝癖にあてる。
二、三回押し当ててから手櫛でといて……リンの寝癖をマリアは瞬く間に直して見せた。
「はい、これで大丈夫」
「……ありがとうございます。しかし見事な手際ですがどこで習ったのでしょうか?」
「えっと、本よ本! アハハ」
笑って誤魔化すマリア。
頬には一筋の汗が流れる。
そして小声で何かつぶやき始めた。
「言える訳ないじゃない、前世で弟の寝癖をちょくちょく直してあげていたなんて」
「何かおっしゃいましたかお嬢様?」
「いえ、な~んにも!」
そう、いっちょ前に色気付き髪の毛に気を使いだした弟の寝ぐせを直してあげていたマリアにとってこのくらい朝飯前なのであった。
彼女は誤魔化すように咳払いをひとつ。
そして話題を切り替えた。
「コホン、あぁそれと残ったパン・コン・トマテ。みんなで食べてね」
「……本当にどうしちゃったんですかね」
使用人にも気を利かせる姿はもはやお母さん。
ワガママお嬢様からの変わりようにリンは眉根を寄せる。
「これが続いてくれると嬉しいのですが」
「あ、そうだリン。あなたお魚類苦手なんだって? 青魚は健康に良いからしっかり食べないとダメよ」
「続きすぎるとアレですがね」
お母さん的なウザさを醸し出すマリアに苦笑するしかなかった。
ともあれ少し前と比べれば使用人に対して良好な関係。
本か何かの影響で変わってしまったとしても、気まぐれでないことを祈るリンであった。
リンは咳払いをすると真面目な会話に戻る。
「シャンデラ家の名に恥じないよう、くれぐれも変な真似はしないでくださいね」
「大丈夫、安心しなさいって」
――わっふ!
リンの言葉に反応したのはマリアではなく子犬のような声だった。
マリアは「静かにしなさい」と不自然に大きな鞄になぜか注意をすると誤魔化すように早口でまくし立てる。
「シャンデラ家の名前に恥じない行為ね! んじゃいってき――」
「お待ちくださいお嬢様! あからさまに怪しい荷物が!」
「あちょ、動かさないで――」
不自然に大きな鞄を奪い中身を検査するリン。
その中から現れたのは――
「わっふ!」
「……コンコン」
コボルトの赤ちゃんモフ丸と妖弧ギンタローだった。
リンは血相を変えてマリアに詰め寄る。
「お嬢様!? 何しているんですか! シャンデラ家の名に恥じない行為ってさっき言っていたではないですか! 人の健康よりも貴族の体裁の方を心配して下さい!」
説教系バーニングツッコミを繰り出すリンにマリアは「まぁまぁ落ち着いて」となだめ出す。
「シャンデラ家の名に恥じないようにでしょ……いいかねリン君、ペットは家族よ」
「はぁ……」
「家族を大事に思う私はこの子たちに色々学んで欲しい。だから学び舎に連れて行こうと」
「モンスターですよ」
「え、えーっと……人間だってある意味モンスターよ」
「反体制的な意見はお控え下さいますよう、シャンデラ家の総意と受け取られたら大変です」
淡々と反論するリンに困ったマリアは上目遣いでお願いする、
「この子たちに人慣れして欲しいって理由じゃダメ? 大目に見て欲しいなぁリンちゃん」
上目遣いのマリア。
自分の命がかかっている以上引けないマリアは何とか言いくるめようと試みている。
リンは片眉をあげると「埒があかねぇ」と本音を漏らし渋々見逃すことにした。
「バレたらお叱りを受けるのはお嬢様というのをお忘れ無く」
リンの寛大な許しにマリアは安堵の息をもらしモフ丸達に声をかける。
「よかったわね、モフ丸、ギンタロー」
「わっふ!」
「……コン」
またまた嘆息するリンは「他の方に怪我だけはさせないように」とだけ念を押した。
「魔法学園にはお嬢様以外にも下級から上級までたくさんの貴族の方々が通っておいでです。くれぐれも、くれぐれも怪我なんてさせないようにお願いいたしますよ」
「大丈夫よ~。ね、モフ丸、ギンタロー」
マリアの問いに二匹は威勢良く答えた。
「わっふ!」
「ご安心召されよ――あ、やべ……コンコ~ン!」
「ちょ! しゃべりませんでしたか、そのキツネ!?」
思わず人語を口にしてしまったギンタローをマリアは全力で誤魔化しにかかる。
「や、や~ね~! 幻聴でしょ!? 疲れているのよリン!」
「そ、そうですね……お嬢様のせいででしょうね」
「アハハ、ゴメン~! じゃ行ってきます」
マリアは二匹の入った鞄を背負うとシャンデラのお屋敷を勢いよく飛び出したのだった。
※次回も明日19時頃投稿します
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