メリー・ロゼットの生涯
==ヴァルトール帝国・孤児院・回想==
ーー私はいつからこんなに弱くなったんだろう。いいや、最初からか。
メリー・ロゼットは孤独だった。
物心ついた時にはもう孤児院にいて、親の顔さえ覚えていない。
たまに顔を見せるお婆さんだけが彼女にとって信頼出来る大人だった。
その人の名前はソフィア・テレス。孤児院では親しみを込めて“おばば”と呼ばれている。
だけど、メリーはその名すら呼ぶことができなかった。
何度も呼びかけようとはした、しかしどうしても声が出ない。
元々口数が多くない性質に、甘え方も分からない不器用な性格が災いしたのだろう。
メリーは長い間、一度も口を開くことなく孤児院の片隅でうずくまっていた。
ーーそんな彼女に興味を持った一人の少女がいた。
男勝りな性格でいつも孤児たちの中心にいる少女、名前はハル・スリングという。
「ねぇ! あなた、メリーちゃんっていうんでしょ? 私はハル、お友達になってくれない?」
その呼びかけにメリーが応えようと思ったのは、ハルの差し出した手が小刻みに震えていたから。
誰よりも強そうな彼女もまた、一人の幼い少女なのだと分かったから。
そうしてメリーはハルの手を握った。
それからメリーの日常は一変した。
歳上のニスカやヴァリアン、アルフレッドも話しかけてくれるようになった。
それでもまだメリーは口を閉ざしたままだったが、誰もがそれを受け入れてくれた。
外から遊びに来た少年がメリーをいじめた時はハルがその少年を殴って謝らせた。
とても嬉しかったけれど、メリーはこのままではいけないとも思った。
「風神の寵愛……メリーすごいや! 誰よりも強い冒険者になれるよ!」
孤児院の子供達がある程度の歳になると皆冒険者を目指すのをメリーも知っていた。
彼女にはまだ少し早かったがその才能が見出されたこともあってすぐに冒険者になる決意をした。
ーー私もみんなの役に立ちたい。
その一心でメリーは剣を振り続けた。
才能が開花するのに時間はかからなかった。
おばばとの戦闘訓練、街から出ての実戦訓練、時には簡単なギルドの依頼をこなすようになっていた。
それ以降も以前と同じように喋ることはできなかったが、もう彼女をいじめる者もバカにする者もいない。
周りの誰もが彼女を褒め称え、恋焦がれーーーーそして羨んだ。
「いいよねメリーは才能があって……」
「……」
「あのさ……いい加減何か言い返してよ」
「……」
「私、惨めじゃん」
「……ぁ」
「もうメリーなんか……大嫌い」
明くる日の討伐依頼にメリーは行かなかった、行けなかった。
夕方になるまで部屋で布団にくるまって泣いていた。
音もなく泣きじゃくっていた。
こんな時まで声が出ないのかと自分を嘲笑って、また壊れたように泣いた。
その日もいつものように夕食をとる。
こんな時まで腹は減るのかとまた自分が情けなく感じて、渇いた笑いを浮かべた。
みんなは泣いていた。
最初は何故か分からなかった。
けれどいつもいるはずの少女がいなかった。
その場にいればすぐ分かる元気いっぱいの少女が。
まさかと思ったけれど、その最悪な予感が本当に当たってしまうとは思っていなかった。思いたくなかった。
ハルは死んでしまったらしい。
しばらく彼らの言っている意味が分からなかった。
理解したくもなかった。
突然上位のモンスターが現れて、ハルはみんなを守って死んだそうだ。
ハルにはもう二度と会えない。
ーー私がついていれば、そんなことにはならなかったかもしれない。きっとそうだ。私のせいだ。
もうあの笑顔を見ることも、あの手に触れることも、ごめんねと伝えることも出来ない。
ありがとうや大好きを伝えることも出来なくなってしまった。
なんで、どうしてもっと早く伝えなかったんだろう。
メリーは初めて声を出して泣いた。
泣いて、泣いて、泣き疲れた頃には討伐依頼への参加を決めていた。
ーーもう間違えない。誰も死なせない。伝えたいことは伝えられる時に伝える。
「おばば、私もっと強くなりたい」
「そうかい」
「あとね、大好き」
「そうかいそうかい、こっちにおいで」
メリーは次第に話せるようになった。
おばばに抱きつく回数は増えたけれど、心も身体も強くなった。
それから数年の時が経って、メリーはBランク冒険者になっていた。
昔馴染みのニスカやヴァリアン、アルフレッドと同じパーティを組み次々と討伐依頼をこなす。
そこへウェルグとリヨンが加わって随分大所帯になった。
遠近バランスの取れたパーティ、死角はない。
ーーもう間違えない。誰も死なせない。
その決意のもと常に鍛錬を怠らなかった。
誰にも負けない。どんな強敵にも負けない。
そう誓ったはずだった。
「なんで、こんなところに……」
針林ダンジョンの中腹、テールエイプに武器を奪われた最悪のタイミングでそれは現れた。
巨大な獅子の身体に鳥の翼、首から山羊の頭が生えた双頭の化け物ーー神話級のモンスター、キマイラである。
下から見上げれば空を覆い尽くすほどの体格差、双頭から繰り出される魔法、背後には傷ついた仲間達を抱えて。
そんな絶望的な状況の中で“彼”は現れた。
そして助けてくれた。身も心も救ってくれた。
今思えば「初恋」というやつだったのだろう。
ダンジョンの入り口で出会った同世代の男の子。
かつての親友によく似た少年、名前はニアというらしい。
勇敢さの中にまだ幼さと危なっかしさを残した瞳のその少年、本当に彼女にそっくりだ。
だから自分の震える手を彼に向け差し伸べた
ーー今度こそ失敗しない。
そんな風に思って、また一人で気負って。
自分がみんなを守らなきゃいけない。
私が失敗すればみんな死ぬ。
そんな風に自分で自分を呪っていたメリーの心の鎖すら解いてくれた。絶体絶命の状況で助けに来てくれた。
ーーきっとニアが助けに来てくれる。
いつしか無意識にそう思えるようになったことが、メリーにとってどれだけ救いとなっただろうか。
それは彼女自身にすら完全に自覚出来ているわけじゃない。それでもメリーは信じられた。
目の前の男が彼を殺したと言っても、敵がどれだけ強くても。
ニアが生きていると確信していた。
ーーそれに、まだ伝えてない。また伝えられてない。このままじゃ終われない。絶対に終わりたくない。
==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・最奥==
「ニアは……来る」
「やつは死んだ」
「絶対、助けに来てくれる……私も伝えなきゃいけない言葉がある……だから…………私もまだ死ねない!」
「良い加減くたばるがいい!」
空へ激しい風が吹き上がる。
メリーの最後の抵抗、それが何を意味するのか男は知っていた。直感的に思い出した。
まさかそんなはずはないと思いながらも、背後からの突撃にも構えた。どんな些細な可能性すらも見逃さない戦闘経験と処刑人としての本能が報せていたのだ。
そこに一人の少年が現れる。
本当に現れたのだ。
あの忌々しい黒い髪の少年が。
「メリー!」
「ニア!」
「ニア……グレイスゥウウウウウ!」
三者三様に思いのまま叫んだ。
そうして最終決戦の火蓋が切って落とされた。
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