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混戦の中で

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・最奥==



まだ立っているのは竜使いのセイ・ジグレイア、槍使いのヴァリアン・ロー、双剣士のニスカ・モニークの三名。


対するは“奇跡”のフィキティ・ラウズ、裏切りのリヨン・サルヴァス、そこへ合流した処刑人ボルグ・レーだ。



「ねぇねぇボルグちゃーん、痛い? 治して欲しい?」



金髪に赤と緑のオッドアイをした少女、フィキティがボロボロになったボルグの身体に指先で触れる。

頬を赤らめ、荒い息遣いで、妖艶に淫美に、誘惑するかのように顔を覗く。



「お願い……いたします」


「ふーん、痛いんだぁ。苦しいんだぁ。じゃあ、治してあーげない」



無邪気に笑う幼気(いたいけ)な少女。

その言葉の矛盾と狂気さを頭が理解しようとするのを諦めてしまうほど可憐で庇護欲をそそる笑顔。


それは部下のリヨンでさえも恐ろしく感じられてしまうほど。



「おい、リヨン。まだ間に合う。こっちに戻って来い。また俺たちと一緒に冒険をしよう!」


「そうよリヨン! お願いだから正気に戻って!」



必死に説得を続けるヴァリアンとニスカ。

彼らにもはや戦意はない。


リヨンもそれが分かってか、ただただ立ち尽くすばかりで何も出来ずにいた。



「かつての聖女に祝福を……偽りの聖女に粛清を……」



リヨンは迷っている。

何も聞こえないふりをして、呪いのような口上(こうじょう)をひたすら唱え、杖を思い切り握りしめる。


その間も空では白と黒の竜がぶつかり合う。



「そうだもう少し……もう少し時間を稼いでくれよ」



その陰で冷や汗をかきながらセイは治癒魔法を唱え続ける。


空を舞う邪竜と白竜の力は拮抗している。

白竜の力は絶大だったが、数の暴力で力押しする邪竜の方に形勢は傾きつつもあった。



「ボルグちゃーん、今回の目的はなんだっけ? うんうん、そうだよね。風の戦乙女(ワルキューレ)の抹殺だよね? それじゃほら、まだ仕事おわってないんだけど」



彼の返答も聞かないまま、フィキティは倒れるメリーと治療を行うセイを指さす。

ボルグは意義を申し立てることも出来ず、ろくに治療を受けられないまま進む。


ふらふらとゆらゆらと、時折よろめきながらもそれすら暗殺術の一端とするかのように。


まるでどう動くかわからない。そんな読めないボルグの所作に翻弄され動けないセイ。


その前に二人の男女が立ちはだかる。



「可愛い妹分がそこで休憩中なんだ、邪魔しないでもらえるかな?」


「メリーには手出しさせないわ!」



槍使いのヴァリアンと双剣士のニスカ。

二人はモンスターとの戦闘に関しては一級品と言えた。


戦闘力はそこそこでも知識や統率力があり、何より大切な仲間に恵まれた。

しかし、対人戦闘における彼らの戦績は及第点にも満たない。


そんな二人と目の前の男とでは実力に雲泥の差があった。


処刑人ボルグ、その二つ名はかつて冒険者ギルドでBランクに上がった時につけられた。

規律違反を絶対に許さない。対人戦闘のプロフェッショナル。


雇い主がフィキティ・ラウズに殺されるまでの数年間で彼はおよそ百人以上の冒険者を手にかけた。


その経歴から(かんが)みても、勝負の行方は目に見えていた。



「どけ雑魚ども」



二人が気づいた頃にはもう決着はついていた。

わずかな鎧の隙間をついて足の腱を、そして首筋をナイフでそっと撫でられて終わり。



「ニスカ! ロー!」



思わず声を上げたのはリヨンだった。

彼女はメリーさえ死んでくれればそれで終わり、そんな甘い考えを持っていたのだ。


まさかパーティ全員死ぬまで、そこまでやるとは思っていなかった。それが彼女の本音。


そして、気づいた時には走っていた。

友人二人を切り捨てた黒ずくめの男の元へ。



「もう抵抗するな、セイ・ジグレイア。楽に殺してやる」


「いやはや、これまでかな」



ゆっくり目を閉じるセイ、ナイフを振り上げるボルグ。

そこへ駆け出すリヨンの咆哮が夜半(よわ)に響き渡った。



「うぁゎあああああああああ!」


「これだから」



裏切りの裏切り、そんなことはよくあることだ。

色恋だとかもっと単純に情が移っただとか、ボルグはそんな状況をこれでもかというほど味わってきた。


だからこそ、リヨンの決死の特攻は文字通りその命をかけるものとなってしまった。



「あ……れ?」


「何もおかしいことはない。貴様の心変わりなど、俺出なくとも見て取れる」



リヨンの身体に突き刺さるナイフ。それは肝心な臓器を傷つけたようで喉から大量の鮮血が吹き出す。



「リ……ヨン」



瀕死のニスカがリヨンの顔に手を伸ばす。

リヨンはもうほとんど五感も働かない身体で必死に仲間の姿をとらえようとするが、それももうままならない。



「ご……べん…………なざ……い」



もう言葉とは言えないような声、なんとか絞り出したその音は、意識を取り戻した“彼女”の耳にしっかり届いたのだった。



「もう大丈夫」



風が吹いた。

激しく凛々しい、それでいて優しく誰かを包み込むような風が。



「ああ……そう来なくてはな、風の戦乙女(ワルキューレ)!」


「もう失敗しない……誰も死なせない……!」



立ち上がったメリーの剣が処刑人ボルグと対峙した。



「じゃあフィキティちゃんの相手はそこのイケメンお兄さんってことでおけ? せいぜい楽しませてよ!」


「そう言わずにもうちょい俺に付き合ってよ、おばさん」



雪はまだ降り()んでいなかった。

不可視ではなくなった魔法にセイが遅れをとるはずもなく、フィキティの背後からは倒れていたはずの白髪(はくはつ)の少年が再び姿を現す。



「あは! クソガキきゅんまだ遊んでくれるの⁉︎ フィキティちゃん嬉ちい! ってあれ? なんか動けないんですけど」


「アタシも混ぜてよ……人数多い方がきっと楽しいからさ!」



二人の若き傭兵が血を流しながらフィキティを追い詰める。

ツァーリの氷の刃と、リップの繰糸術。


両者の奇襲が功を奏した。

誰もが思ったその時、閃光弾のようなまばゆい光が戦場を支配する。



「あはぁ……嬉しいなぁ、嬉しいなぁ! 努力と研鑽を積み重ねてきた実力者がこーんなにたくさん! そしてそれを何の努力もしてないフィキティちゃんがチートでねじ伏せちゃうんだから……こんなに嬉しいことはないよねー!」



ツァーリが目を開ければそこには目を疑うような光景が広がっていた。

夜空に浮かぶ両翼、そこには後光が差し、まるで奇跡を象徴するかのようにそれは空中に佇んでいる。


ーーーー天使。この世にある言葉で表すならばそれが一番妥当だろう。


しかし、言葉では形容し(がた)いほどにそれは見る者を魅了した。



「どう? フィキティちゃん、綺麗?」


「羽生やして強化って時代遅れだよ、おばさん」


「チカチカして趣味悪いなーおばさん!」


「あはっ……あんた達、死刑」



空に舞っていた雪は止んでいる。

先程から光がジリジリと肌を焼く感覚が二人を襲っていた。


だから気づくことが出来なかったし、例え気づいたとしても二人の身体は既に先刻の奇襲で余力を使い果たしていたのだ。



「はぁーあ、やっぱり痩せ我慢だったかー」


「ツァーリ! リップ!」



二人の身体は思わぬ方向からの魔法攻撃に貫かれて倒れ伏した。

時を同じくして頭上の白竜が複数の邪竜によって身体を引きちぎられて霧散。


またしても絶対絶命の状況に何かを決意する竜使いのセイ。

そんな様子も全く歯牙にかけない奇跡のフィキティ。



「じゃ、お兄さんも殺すねー」


「世界を滅ぼせ……暴竜タイラント」



戦場を覆い尽くすほど巨大な魔法陣、詠唱を終えパタリと倒れるセイ。


顕現したのはキマイラなど比にならないほど巨大な赤き竜。

呼吸と鳴き声だけで木々をなぎ倒してしまえるほどの強大な力。圧倒的な暴力。



「うぁーお! こんな隠し玉持ってたとは、やるじゃーんイケメンのお兄さんっ!」



広がるは夜より暗い黒、月も星も見えなくなったその場所でフィキティの天使装束だけが(うるさ)く光っていた。


そして、影の中で力を増す処刑人とメリーの戦いもまた白熱する。



「お前も傷が治っていないようだな」


「条件は同じ、負けたら言い訳出来ないね」


「くははっ……減らず口を!」



リヨンに刺された致命傷が再び開き、なんとか手で血を堰き止める。

とはいえ相手も手負い、先程の口ぶりからニアとの戦闘後なのだろう。


ニアの安否が気になる。


ーーけど、今は集中しないと……!



「もう失敗しない……誰も死なせない……!」


「そのために自分が死ぬつもりか? 相変わらずあの哀れなガキとそっくりだな、忌々しい!」


「ニアは死んでない! 約束した!」


「いいや死んださ! ボロ雑巾のように擦り切れて風穴の空いた身体で大穴に落ちていった!」


「あなたを倒して助けに行く!」


「揃いも揃って人のため……誰かのため……反吐が出る!」



近接戦闘に加えて風の刃がボルグを追い詰めるが最小限の傷で彼は難なく包囲網を突破する。



「これで終わりだ……!」



大振りのナイフを防ぎ、本命の蹴りを防いだところで、続く大本命の投げナイフがメリーの足に突き刺さる。



「うぐっ……」



勢いを殺せなくなったことでそのまま足蹴にされて吹き飛んだ。



「に……あ」


「ふははは……結局最後は命乞いか? 助けなんて来ない、俺はお前らみたいに最初から何もかも持っているやつが許せない。俺は何も持っていなかった。だから俺に奪われて当然だよな?」



ボルグはナイフをメリーの肩に突き立てる。


メリーの悲鳴が夜空に響く。

空では巨大な竜と天使の戦いが始まろうとしていた。

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