聖女の遺物
==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・最奥==
その大剣は驚くほど軽かった。
ただ重さが無いというより手に吸い付くような、最初から自分の一部だったかのような不思議な感覚だ。
<<それは原初の剣プロミレンス、神々と人間の約束の証>>
これまでより鮮明に威厳ある女性の声が頭の中に響き渡る。
それも明確に僕へ語りかけているのをその口調から感じられた。
ーー原初の剣、プロミレンス……
<<そう、それはかつての聖女フリージアが遺した希望の剣>>
ーー母上が。
<<彼女は歴史上で最も優れた神使。そんなフリージアの力を一身に受けて来たその剣は其方の同類とも呼べるもの>>
ーー僕の同類……。というか、これ会話出来てません?
<<肯定、その剣を手にして今までよりこちらとの繋がりが濃くなった。それでようやくこうして言葉を交わすことが出来たのだろう。フリージアの子、ニアよ>>
どうやら地母神様と完全に意思の疎通が出来るようになったらしい。獣神様が目の前に現れたばかりで、まるで頭の整理が追いつかない。
<<今はただ目の前の状況に集中することを推奨する>>
あれこれと考えているうちに木々の槍はすぐ背後まで迫っていた。触手のようにうねうねと動き四方八方から僕を追い詰める。
「早速使わせてもらいます母上!」
大剣で一気に薙ぎ払い、残りを獄雷槍で殲滅する。
魔法の修得にも少しずつ限界を感じていた僕にとって、これ以上なく強力な戦闘スタイルだ。
ーーこれならいける。どんな相手にだって勝てそうな気がする!
形勢逆転、防戦一方だった僕が今度は攻め手に回る。
これまで大剣を使ったことが一度もなかったとは信じられないほどの快進撃。
大鹿との距離が刻一刻と近づいてゆく。
樹木による攻撃も激しさを増していくが、こちらも新たな戦闘スタイルをさらに使いこなせるようになっていった。
ーーあと少し、もう少しで届くぞ!
<<まだその時ではない、焦りは禁物だ>>
その注告通り、追い詰められた大鹿が反撃の一手をしかける。
これまでより激しく岩盤を叩き、砕き割り、それを器用に岩の弾丸として僕がいる方向へ飛ばす。
それは分別の無い散弾銃のようでもあり、破壊力のある大砲のようでもあった。
ーー圧倒的な手数と攻撃力……大剣で防ぎ切るのはまず無理だ。現状の魔法でも多分厳しい。あとは寵愛の力でなんとかするしかない!
<<臆するな、思考せよ>>
再び防戦に回ろうと弱気になりそうだった僕の心に地母神の声が喝を入れる。
<<プロミレンスは蓄えた神々の力を行使することが出来る。それは我の力だけでなく、獣神の力も同様>>
ーーこの剣がここで蓄え続けてきた獣神の魔力……! 教えを乞う時間は無い、ものは試しだ!
「速く、強く、荒々しく……」
獣の力、そのイメージが自然と頭の中で溢れ出し理解する。
獣の目、動体視力の向上と暗視。既にルウから貰っていた力。
獣の足、素早く力強く、それでいて繊細な足運び。
獣の心、直感的に殺し、本能的に食らう。他者より上へ、頂点に君臨することへの渇望。
原初の剣プロミレンスの放つ光が白から“橙色”へと変わる。
伝わってくる力とイメージが身体全体を包み込む。
「速く、もっと速く!」
力を自覚しそれを意識することで、襲い来る弾丸の一粒一粒ずつがこれまでよりはっきりと見えた。
動体視力の向上、そしてそれをどう避ければ攻め手に繋がるのかも直感で分かる。
まるで飛んでくる石礫がスローモーションに見え、強化された身体能力でその間を縫うように抜けていく。
避けきれないものは獄雷槍で対応、ものの数秒で岩石の弾幕を抜け大鹿の足元までたどり着いた。
ーー間近で見るとやっぱりデカい……!
正面から大剣で力押しか、獄雷の槍で中距離から攻めるか、獣神の速さで翻弄すべきか。それを迷うことはない。
ーー全部だ、僕の全部をこいつにぶつける!
大鹿もそれに気づいて負けじと甲高い咆哮を洞窟中に響かせた。
ーー耳がおかしくなりそうだ……! けど立ち止まる理由にはならない、攻め続ける!
先程と違って平衡感覚を崩されることもなく、瞬時に大鹿の前足を間合いに捉える。
地中から伸びる木の槍を地母神の寵愛による力で相殺し、後退する大鹿を逃すことなく切りつけた。
ーー固い……! けどいける!
獣神の力を限界まで引き出し、力いっぱい振り切れば大鹿の前足の表皮を切り裂くことに成功。しかし、両断することは出来なかった。
ーーまだだ……たたみかける!
たまらず逃げの一手に出た大鹿の後ろ足にもう一撃、バランスを崩したところへさらに獄雷槍ととどめの大剣を振るう。
しかし、その強靭な足を切り落とすことは出来なかった。
ーーこれでもまだ足りないのか……!
<<我が怒りを剣に宿すがいい>>
地母神の怒りーーーーつまり地獄の雷撃を大剣に宿す。
何もかもがぶっつけ本番の出たとこ勝負だ。しかし、不思議とやれる気しかしない。
樹木の槍を振り払い、再び一気に距離を詰める。
次から次へと伸びてくる樹々の間を、より速く駆け抜けて大剣に力を集めた。橙色の光が白くなり、そして黒くなる。
刀身は次第に赤みを帯びていき、大剣に地母神の力が集約されているのを強く感じる。
「これで終わりだぁあああ!」
一直線に大鹿の喉元へ跳躍する僕。
それは無謀な特攻に見えて、樹々の槍をかわすのに一番手っ取り早く理にかなった方法だった。
まるで疾走する獣のような凄まじい速さをもっていればの話だが。
その速さと獄雷を帯びた大剣の破壊力が合わさる。
この力ならどれだけ固い表皮を持つ相手でも無傷では済まないだろう。
神鹿エイクス=ユルニルにとってもそれは例外ではなく、超高速で放たれた僕の突撃によりその首が真っ二つに両断された。
召喚獣はほのかな微光を残して霧散し、僕の勝利が確定した。
いつもなら満身創痍で地面に寝転んでいたところだが、今回は違う。
ーーあれだけ動いたのに、あれだけ力を使ったのに身体はほとんど疲れてない。
《それもまた剣に宿りし聖女の力、其方に受け継がれなかった癒しや守護の力を一時的に引き出すことが可能》
ーーなるほど……剣に宿った母上の力。
自前の地母神の寵愛、大剣に宿った獣神と母上の力。
改めてとんでもない力を手にしたことを再確認して僕は当初の目的を思い出す。
ーーこの力でみんなを守る! みんなを助けるんだ!
「ほ……本当に倒してしまうとはな……! それにお主、一段とお母様の匂いが強くなっておる!」
「話したいことは山積みなんだけど、今は時間が惜しい……ルウ! 約束通り一緒にここから出よう!」
「わらわは……その」
「大丈夫! 僕がついてる!」
「かかかっ、人間の成長はあっという間じゃな。言うようになった」
そして僕は、ルウが戸惑いながら伸ばした手をとった。
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