治癒魔法使い リヨン・サルヴァス
==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・最奥==
ニアとウェルグ、アルフレッドの三人が行方不明となったその少し後のこと。
「敵襲! 敵襲だ!」
残った四名はモンスターの大群に囲まれていた。
「ケンタウロスにミノタウロス、それに……」
「またキマイラ」
一目見ただけで誰もが理解出来る。
勝ち目のない、その絶望的な状況を。
日中に撃退し損ねたモンスターの群れ、総勢二十体以上。
それに加えて神話級の超大型モンスターの姿がそこにはあった。
対するは槍使いヴァリアン・ロー。
双剣使いニスカ・モニーク。
剣士メリー・ロゼット。
治癒魔法使いのリヨン・サルヴァス。
たった四人のパーティを押し潰すには過剰なほどの戦力差だ。
「こいつら……まるで示しを合わせたみたいに」
「確かに、偶然にしては出来過ぎてるわ」
「問題ない、リベンジのチャンス」
それでも彼らの目は死んでいなかったーーーーただ一人を除いては。
「リヨン……大丈夫か?」
しきりに息を吸い込み、そして吐き出すその前にまた喉を詰まらせる。いわゆる過呼吸をこじらせたリヨンをヴァリアンが気遣う。
「お前は下がって他のパーティを呼んで来い!」
そんな彼の言葉も聞こえていないようで、彼女は終始下を向いて呼吸を整える。
「ーーーーッ!」
迫り来るモンスターがそれを待ってくれるはずもなく、吠えるミノタウロスに応戦する形で火蓋は切って落とされた。
「風、お願い」
吹き荒れる暴風、そこへ火と雷光が差し込む。
さらにケンタウロスによる弓矢の包囲網が彼らを襲った。
ーー絶体絶命。
一瞬そんな考えが彼らの脳裏に過ぎったが、そんな迷える子羊達でさえ神は決して見捨てない。
風神の寵愛を受けた少女の力が風の領域を作り出し、ヴァリアンの槍が雷を吸収。動きが鈍ったところへ双剣使いのニスカが攻め込む。
炎熱をまとった二対の剣はミノタウロスの腕を吹き飛ばす。
三人の連携の取れた反撃はそのままモンスターの猛攻を防いでしまうかとも思われたーーーーが、決意を固めた少女は動き出す。
「助けを呼ぶ必要なんてないですよ」
音もなく、静かに、二人の少女の身体が重なる。
そして風が止んだ。
「リ……ヨン…………なんで」
呼吸の乱れたリヨン、その手には短剣が握られていた。
金の装飾であしらわれた美麗な逸品、そこへ赤い雫が無情に滴る。
メリーは大きな目をさらに見開いて背後の少女に横目にとらえるーーーーとらえようとしたーーーーが、その視界はぐらりと大きく揺れて次第に暗転していった。
倒れゆく少女の身体。
短剣は引き抜かれ、その雪のような白い肌から鮮血が吹き出す。
「なんで…………って、あは……あはははは。キマイラは私が呼び寄せたんですから。あの時も今回も……」
夜闇と静寂に包まれた空間でただ一人、リヨン・サルヴァスの歪んだ笑みが怪しく光る。
「パーティ内の関係性がこじれるよう仕向けるのだって大変だったんですよ……?」
「リヨン……お前……」
「メリー!」
気づいた二人が彼女に駆け寄ろうとするが、さらに激しくなったモンスターの猛攻に行手を阻まれた。
「本当に大変だったんです……私の人生。だからこれは仕方のないことなんです」
倒れたメリーを見下ろして、青ざめた顔のリヨンは息を整えながら終始つぶやき続ける。
「かつての聖女に祝福を……偽りの聖女に粛清を……かつての聖女に祝福を……偽りの聖女に粛清を……かつての聖女に祝福を……偽りの聖女に粛清を……かつての聖女に祝福を……偽りの聖女に粛清を……かつての聖女に祝福を……偽りの聖女に粛清を……」
まるでそれは自分に言い聞かせるように、自分の行いを正当化するかのように。
そして、風が凪いだ闇夜に矢の雨が降る。
手を足を、肩を胴体を矢に突き刺されたヴァリアンとニスカが膝から崩れ落ちる。
その頭上に君臨する複数体のミノタウロス。
「ーーーーッ!」
咆哮とともに振り下ろされる拳が彼らにとどめを誘うとしたその時ーーーー世界は凍りついた。
「なるほど、冒険者ギルドの二人とそこの治癒魔法使いが共犯ってわけだ」
とある少年の声。
そして、彼らの拠点である洞窟から一人の女が突き飛ばされ、リヨンがそれを受け止める。
「ラ……ラウズ様」
「っざけんな! なんっ……なんだよ! テメェら! あーしの完璧な計画を邪魔しやがって!」
冒険者ギルド職員のリディア・スウェルーーーーと思われていた女。しかし、その口調も表情も以前の彼女とは明らかに違う。
「そろそろ正体を現したら? おばさん……」
「プッチーン……このクソガキ、今すぐ殺す。速攻殺す」
暗闇から満を辞して登場したのは白髪の少年、ツァーリ・エルマンだ。
「単なる盗賊団か、未知の犯罪結社か、レイ=ブロンドのスパイか……はたまた噂の真聖女教団か。まぁ何者かは知らないけれど、僕らの寝首をかくには少し準備が足りなかったね」
彼のあとを追ってセイ・ジグレイア、ラウガ・ゼレフ、リップ・ラトニーらが姿を見せる。
「ふっふっふ、何を隠そう! アタシ達にとって冒険者は世を忍ぶ仮の姿……本当は帝国最強の傭兵団“プロメテウス”の精鋭だったのだ! はーはっは!」
「傭兵団、プロメテウス…………あーね、はいはい納得納得。じゃあ死んで」
女が白髪の少年に手のひらを向ける。
何の詠唱も何の前触れもなく彼の身体は吹き飛ばされたーーーー正しくは身体を消し飛ばされる寸前で氷の盾を張り間一髪、吹き飛ぶだけで難を逃れた。
「やっぱアンタも愛されちゃってる系だ……氷神の寵愛ってやつ? 天然モノだ、あー腹立つ」
「なかなか……やるね…………おばさん」
「おば……! マジいい加減にしろクソガキ! あーしは真聖女教団の幹部、真の聖女を護りし“十二騎将”の第十一位、奇跡の寵愛を受けたフィキティ・ラウズ。気軽にフィキティちゃんって呼んでね、キャハ!」
引きつった成人女性の顔がみるみるうちに若返り、目や髪の色も変わると口上を終える頃には、金髪赤目の幼気な少女がそこにはいた。
「ってか、リヨンちゃーん。ビクついてないでさっさと次の手打ちなよ……ほら早くー」
「は……はい、ラウズ様……!」
少女にせっつかれたリヨンが魔法陣を展開する。
見るからに怪しげで邪悪な紫紺の光。
それが辺り一面を埋め尽くす前に、対照的な黄色の煌びやかな光の陣が闇を退けた。
「それならこっちも」
「噛み殺せ、貪れ、食い尽くせ……邪竜アンピプテラ」
「どうかお越しください、妃竜エンプレス」
リヨンとセイの対極的な召喚陣がぶつかり合い、激しい光を放つ。
そのまばゆい世界の中でいち早く動き出したリップの槍撃がフィキティと名乗った少女を急襲したが不発。
彼女の小さな身体は“見えない何か”で護られていた。
それでもその背後をとることに成功し、倒れ伏す三人の容態を確認する。そして一言。
「あれ、ちょっとちょっと! アタシ達の登場のタイミング遅過ぎたんじゃないの?」
「はは……そうだね。彼らは僕が治すからその間は任せたよ」
「まっかせんしゃーい!」
背景には凍りつくモンスターの群れ。
空には美しい白竜と邪悪な黒竜。
その神々しい姿と麗しい鳴き声が闇夜を照らし出した。
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