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地母神の怒り

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・最奥==



怒りに身を任せれば任せるほど凶々(まがまが)しい雷の勢いが増す。身体中に力がみなぎる。どんな強敵だって倒せる気がする。



<<まだその時ではない>>



目の前の男は以前にも僕とメリーを襲い、今はアルフやウェルグさんを傷つけた。


何の目的なのかは知らないが、この男を許してはおけない。

そして、返り討ちにするには力がいる。


ーーもっと……もっとだ!



<<まだその時ではない>>



この男を殺すためには更なる力が必要だ。

ナイフを持つ腕を折れるくらい、すばしっこい脚を潰せるくらい、胴を裂き内臓を引きずり出して、気絶しそうな頭を何度も叩き起こして、最後に首を撥ねられるくらい。



<<まだその時ではない>>



本能が感情を追い越して何も考えられなくなる。

この男を生かしておいてはいけないとしきりに訴えかけている。



<<まだその時ではない>>



因果応報かーーーー違う、どう考えてもこの男が悪い。

自業自得かーーーーいや、僕は悪くない。

不可抗力かーーーーそうだ、こいつを殺さなきゃ僕が殺される。

勧善懲悪かーーーーああ、その通りだ。



<<まだその時ではない>>



切られた腕が痛い。

身体中が限界を超えて軋み出す。



<<まだその時ではない>>



不思議と身体が軽くなった。

痛みが引いてゆく。



<<まだその時ではない>>



ーーいいや、今がその時だ。



「これで終わりだ」



身体にナイフが突き立った。

男の顔がよく見える。



「お前が終わりだ」



攻撃を防げないならもう防がなくていい。


次の瞬間、足元が赤く発光し僕らを包み込む。

とっさに身を引いた男も腕を雷に焼かれてナイフを手放した。



「正気か……貴様」



僕の身体は既にボロボロだ。

もう自分がどうなってもいい。


ーーこの男だけは殺す。



「正気じゃないのはお互い様でしょう……?」


「正気じゃない……か、確かにそうだ。この国にはな……後ろ暗いことをしないと生きていけないものが山ほどいる。俺もその一人」


「だからしょうがない……って、そう言いたいんですか?」


「貴様のような恵まれたものには分からないだろうな……生まれた時から食うに困らず、魔法の才能を持ち、神からも愛され、周囲には人が集まる。そんな平和ボケした貴様には……!」



男は懐からナイフをもう一本取り出すと、膝より低い体勢から器用に切りかかる。


ーーーーそれでも僕はお構いなしに自滅覚悟の獄雷撃で応戦した。



「ええ……分かりませんよ。僕は何も分からない。もう興味もない。僕は今お前を殺せればそれでいい」



身体中から怒りと赤黒い雷光が溢れ出す。

より一層、力がみなぎってくるのを感じる。



「地母神の寵愛……か。本当に忌々しい」


「もういいですよ、死んでください」



地面からいくつもの槍が飛び出す。

実物の槍ではない、赤黒い雷撃で作り出した禍ツ神(まがつかみ)の槍。


それらの目標はただ一人、目の前に立つ邪魔者だ。



<<まだその時ではない>>



男は先刻よりも速く、かつアクロバティックな体勢でそれを避けるが次第に追い詰められていく。



「やはり厄介極まりない……!」



男の言葉がうまく聞き取れなかった。

聴覚がイカれ始めている。


ーーでもそんなことはもうどうでもいい。


さっきからポタポタと鼻血が(したた)っている。

足に力が入らなくて、膝から崩れ落ちた。


ーーもうそんなことはもうどうでもいいんだ。


敵を見据えるこの目だけ見えていればそれで。



「ニア・グレイス……貴様だけは俺が殺す!」


「そうですか、あなたのことはぼくがころしますけど」



獄雷撃の槍が一本、また一本と男の手足を貫いていく。

それでもなお、その男は弾幕をかい潜り接近してくる。


そこへトドメの獄雷閃を放とうとしたその時ーーーープツンと何かが切れる音がした。


視界が揺れて真っ暗になる。


雷撃の槍も獄雷閃も霧散して、僕の腹にまた一つ穴が空いた。

そして、少しの浮遊感のあと僕の世界はそこで終わった。

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