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月夜の決闘

==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・最奥==



月明かりだけが照らす夜の森、そこに三人の男がいた。

一人は僕ニア・グレイス、二人目が便意と格闘する弓使いウェルグ・ドーベル。


そして三人目が魔法使いのアルフレッド・スティンガーだ。



「俺と戦え……ニア・グレイス!」



大きな両手杖を僕に向けて、彼はそう言い放った。

突然のことにただただ困惑していると、それだけで(いささ)か彼の怒りを買ってしまったようだ。



「沈黙は肯定と受け取るが……」


「いきなりどうしたんですか!」


「お前にはそう映るか、こちらにとっては“いきなり”でも何でも無いんだがな」



心当たりはまるでないが、ある程度の見当ならつく。



「もしかしてメリーとのことで怒っているんですか……?」


「確かにメリーとは旧知の仲で妹のような存在だ…………が、そうではない」


「ならどうして?」


「それは自分の胸に手を当てて考えろ……

【大気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【回旋】ーー烈々たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ【豪炎撃】」



闇夜に揺らめく炎の渦が、彼の敵意がこちらへ向かってくる。



「土壁!」



貫通力のある火炎と熱風の凄まじさに、生成した土砂の壁は一秒と()たない。

たまらず射線から外れ距離を取ったものの、炎の余波が僕の腕をジリジリと焼いた。


ーー流石の威力だ……防ぎ切れない! 応戦するしかないのか……?



迷っている間にも二発目の豪炎撃を詠唱し始めている。



「草撃!」



草の(つる)で彼の手足を絡め取ろうとしたが、その業炎の前には全く歯が立たない。



「どうした? あの雷撃魔法は使わないのか?」


「あんなの使えるわけ……」


「どこまで俺をこけにすれば気が済むんだ! その傲慢さがお前の敗因になる……!」


「おいっ! 何やってんだよお前ら!」



そこへウェルグさんが割って入る。

一時的に魔法の手は止まったがそれでもなお敵意は増すばかり。



「どけ、ウェルグ。これはプライドをかけた決闘……俺はこいつを倒して自らの存在価値を証明する!」


「はぁ? 歳下のガキに何言ってんだよ!」


「歳下のガキだからだろう! こいつに負けたまま、俺は魔法使いを名乗れない。それを自分自身のプライドが許さない! こいつはこの俺から全てを奪おうとする敵だ!」



僕もウェルグさんもしばらく何も言えなかった。

つまり彼は自信を失くしてしまっていたのだ。


ーー僕がそうさせてしまったのだ。



「戦え……! 俺と戦ってくれ……ニア・グレイス!」


「分かりました……一発だけ、あの魔法を使います。それでもう恨みっこ無しですよ!」


「ああ、のぞむところだ!」


「おい……ニア」


「大丈夫です、考えはあります」



改めて僕と魔法使いアルフレッド・スティンガーは対峙した。

互いに杖を構え、魔法の下準備を始める。


彼の期待に応えるには獄雷閃を使わなければならないだろう。

しかし、そのままの威力ではほぼ間違いなく無事じゃ済まない。


ーーだから出力を調整する。


獄雷閃は神の寵愛による恩恵だ。

メリーが風を自由自在に操るように、僕もあの赤黒い雷を加減して放つことが出来るはず。



「全力で行くぞ、ニア・グレイス!」


「はい、受け止めてみせます!」


「【大気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【回旋】ーー烈々たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ【豪炎撃】!」



その豪炎撃は今日見た中でも一番の火力。

そこに合わせて雷の加減を調整する。


ーーぶっつけ本番…………出来なきゃどちらかが大怪我をする。怪我じゃ済まないかもしれない。それでも……だからこそ、やってみせる!



<<時は来た>>



イメージは大地から溢れ出す生命力、それを足から胴体へ、胴体から腕の先へ。


イメージは怒れる大自然の暴力、それを周囲から僕の中に、仲間への想いと中和させる。


イメージは僕の肩や頭に残る感触、優しさや包容力。


ーーローさんが、ニスカさんが、ガロン公爵が、ギルド長のソフィアさんがそうしてくれたように、収まりがつかない彼の(いきどお)りを僕が真正面から受け止める。



「いっけぇえええ!」



黒い杖が帯電して赤黒い光を放つ。

真っ直ぐに向かってくる豪炎の熱波が杖に届くか届かないかのところで地獄の雷撃がそれを受け止めた。


均衡する炎と雷。


衝撃の余波だけで周りの木々が弾け飛んでいく。

火の手がさらに勢いを増した。


ーー伝わってくる、勝ちたいっていうアルフの思いが。


それに応えて僕もまた雷の威力を上げる。

緊張と熱で汗が滴り落ちた。


ーーでも、僕だって負けたくない……!


あくまで相手を傷つけないよう、かつ彼に負けを認めさせる。

もう力の加減は間違えない。もう誰も傷つけない。


赤黒い雷は燃え盛る炎を飲み込んで、余韻と静寂だけを残して消えた。


尻もちをつく魔法使い、そこへ手を差し伸べる僕。


ーーーーそれでこの一件は終わるはずだった。



「アルフ……! ニア……! 逃げ……ろ」



倒れゆくウェルグさんがそう言った。

次の瞬間、彼の鮮血が宙を舞う。



「ウェルグさん!」


「避けろ、ニア・グレイス!」



黒い“何か”がもの凄い速さでこちらへ近づいてくる。

動揺して反応が遅れた僕を突き飛ばしてアルフは杖を構えたーーーーが、目で追うこともままならないまま鈍い音がした。



「何者だ……貴様…………」


「それを知る必要は無いと思うが」



引き抜かれたナイフにべたりとついた二人分の血が(したた)る。

膝をついてもなお杖を向けようとするも、彼は蹴り飛ばされて地に伏した。



「アルフ……!」


「次は貴様だ、ニア・グレイス」



冒険者ギルド職員の特徴ある服装、人の良さそうな色白の男。

しかしながら、どこかで聞き覚えのある低い声、そして黒いナイフと素早い身のこなし。



「ま……まさか」


「今度こそ貴様を殺す」



ブリスブルクで襲撃してきた黒いフードの男。

そう見て間違いないだろう。


ーーなら遠慮はいらない! するつもりもない!


僕の怒りが赤黒い雷となって伝播(でんぱ)する。


ーーすぐにこの人を倒して二人を助けなきゃ!


地面に手をつけ、魔法陣無しで獄雷撃を放つ。


男はさらにこちらへ接近することでそれを回避。

その勢いのまま突進して来たのに合わせて獄雷閃を撃ったが、それも男をとらえること叶わない。



「遅い……」



黒いナイフが僕の右腕を切り裂く。

ろくに反応も出来ないまま足蹴にされて僕は空を仰ぐ。


ーー速すぎる、暗くて余計に見えづらい……!


それでもがむしゃらに獄雷撃を二度三度。

一旦距離が開いたものの、またすぐに詰め寄って来る男。


ーー怖い、恐ろしい……今までにないくらい。


見るからに夜間の戦闘に長けている。

元々の戦闘センスに加えて、経験も豊富なのだろう。


ーーあの時はメリーがいたからなんとかなったけど。


本来の力の差は歴然。

寵愛の恩恵をある程度使いこなせるようになっても、全く歯が立たない。


ーーまだ足りない…………もっと……もっとだ。


熱くなっていく体温、地獄の雷が身体中を伝う。

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