空色の髪の乙女メリー・ロゼット
==ヴァルトール帝国・南方・草原地帯==
目の前には空色の髪と瞳をした美少女。
お互いの息がかかりそうなほどの距離で彼女は何も言わず僕の目を見つめている。
ーーえ……えーと、さっきなんて声をかけられたんだっけ。
それすら忘れてしまえるほど僕は気が動転していた。
目の前にいる女の子がものすごい美少女で、ものすごくタイプだから動揺しているとかでは断じて無い。
そもそもの距離感がおかしいのだ。
およそ初対面の男女が取り得る顔の距離ではない。
ーーこれは僕が同世代の女の子に慣れていないからとかでは断じてない…………はず。
「メリー」
「えっ……?」
「メリー・ロゼット、名前」
「ああ……メリー、か……可愛い名前だね! 僕はニア、ニア…………グレイス」
グレイスは母の旧姓。
冒険としてやっていく上でヴァルトールの名を出すわけにはいかない。
聖女フリージア・グレイスの名もある程度通ってはいるが、皇帝妃フリージア・ヴァルトールの方で呼ぶように皆心掛けている。
それが注文の多い皇帝の出した数多のお触れの一つでもあった。
「ニア」
「うん」
「ニア」
「う……うん」
「ニア、覚えた」
なんだか独特な空気感を持った子だ。
まだ幼さの残る顔立ち、雪のような白い肌。
空色の長い髪を後ろで一つに結んでおり、控えめにいって美少女の一言に尽きる。
そして突然首をかしげるメリー。
少しだけ僕より背が低く、上目遣いになった大きな瞳があざといまでに可愛い。
ただ、そこでようやく僕は気づく。
彼女の不思議な距離感につられて、僕もまたその愛らしい顔を熱心に観察し続けていたという事実に。
たちまち顔を赤くして焦る僕、それに気づいて微笑むメリー。
「またね、ニア」
「あっ……うん、また」
メリーと対面してここまで時間にして一分程も経っていないはずが、数十分にも数時間にも永遠にさえ感じられた。
彼女が去ったあとも思わずその後ろ姿を目で追ってしまう。
ーーこれは彼女の不思議な雰囲気がそうさせるのであって、僕が人並み以上に女々しいとかでは断じてない。
「メリー……名前ちゃんと覚えておこう」
十分に女々しい自称冒険者見習いの少年がそこにはいた。
桃髪の魔法使いアルフのことなどすっかり忘れ、今自分がやるべきことまで忘れかけるほど顔も気も緩みきっていた僕は今一度気を引き締めて彼らの後ろ姿を見送る。
ーーダメだダメだ、ここから先は針林ダンジョン。何が起こるか分からない。しっかりしなくちゃ!
彼らは総勢六名の冒険者パーティだった。
魔法使いが二人、双剣士に弓兵、槍使いと素人目に見ても遠近バランスが整った良いパーティだ。
ーーメリーは剣士……なのかな。それとも冒険者見習いとして彼らについていってるのだろうか。
そんなメリーへの未練を過分に残しつつ、僕は気を取り直してダンジョンの入り口へと向かった。
==針林ダンジョン・入口==
大自然に囲まれた針林ダンジョンの入り口は明確に区分けがされている訳ではない。
金属のような硬さの“針葉樹林”と“獣型のモンスター”が次第に姿を見せ始めるーーそこがダンジョンの入り口だ。
比較的見晴らしの良い小高い丘に足をかけ周囲を見渡す。
まだ近くにモンスターは居ないが、鬱蒼と生い茂る針の木々が“その時”を報せている。
「もうすぐ…………ダンジョンだ」
ーーつまり、ここから先はいつ危険が迫って来てもおかしくない。
僕は生唾を飲み込み、拳を固く締めて恐怖を握り潰す。
改めて装備を一つ一つ確認した。
準備は万端、深呼吸して心を落ち着かせる。
ーー落ち着け、リラックスだ。いつでも集中力を高められるように。
そうして時間をかけて丁寧に丁寧に気持ちを落ち着かせているとーーーーお腹から「ぐぅー」という鈍い音が鳴る。
腹の虫というやつである。つまりはリラックスしてお腹が空いちゃったのだ。
ーー我ながら緊張感にかけるけど……ちょうどいい、今のうちに少し休憩しておこう。
座るのに程良い岩に腰掛け、非常食を入れた包みを開く。
表面が固く焼き上げられているパンを一つ手に取り口へ運ぶ。
歯切れの悪いパンだが、空気の冷め切った家の中で食べる食事より幾分もマシだ。
「外で食べるといつもより美味しく感じる……か」
まだ小さい頃、妹のリアがそう言っていたのを思い出す。
次女のシアもあの時は無邪気に笑っていたな。
「二人とも元気でやっているだろうか……」
ーー二人に使命を押し付けた僕が言えた事じゃない……か。
それに、最後に見た二人の顔は正直思い出したくもない。
懺悔と後悔に痛んだ心を紛らすため僕は空を見上げた。
今までのこと、今日のこと、色々思い返して僕は決意を新たにする。
ーー同世代の女の子と話すのも思えば妹達以来だったなぁ。メリー……また会えるかな。
彼女に想いを馳せて空を見上げれば、燦然と輝く太陽がちょうど真上にあるのが見えた。
ーーまずい、このまま空を見ていたらあっという間に時間が過ぎていってしまいそうだ。
「さて……そろそろ行かないと、帰る頃には本当に日が暮れちゃうかな」
僕は鞄を背負い、再び歩き出した。
刺々しい木々が生い茂る地、通称針林ダンジョンへと遂に足を踏み入れたのである。
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