最後の晩餐
==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・最奥==
丘の頂上から見た竪穴は洞窟というよりも“崖”のようだった。
巨大な渦で抉り取られたような歪な大穴、その直径は百メートルを優に越えるだろう。
見ているだけで吸い込まれてしまいそうな錯覚と大自然への恐怖、そして畏敬の念を抱かせる。
足元に並び立つ丘ーーーーというより高く盛り上がった大穴の縁、そこに点在する横穴の一つに僕らの拠点は敷かれた。
「夜間は四パーティ交代で見張りをお願い致します!」
これから数日の間、ダンジョンの真っ只中で寝泊まりをすることとなる。
もちろんモンスターの襲撃には常に備えておかなかればならないわけだがーーーー
「第一陣がバーグ様、第二陣がヴァリアン様、第三陣がセイ様、第四陣がフロウ様のパーティということで皆様異論はございませんか?」
見張りの順番は冒険者ギルドのリディアさんと各パーティの女性達が中心となって話し合われたそうだ。冒険者といえど女性には色々あるのだろう。
話し合いの末、年齢的に幼いバロン達が最初に、美容のため夜間の睡眠を重視したというフロウパーティが早朝の担当となったらしい。
「あとは残りのパーティ同士、譲り合いで決まったわ」
そう教えてくれたのは双剣使いのニスカさんだ。
彼女の後ろには気まずそうにしているローさんもいる。
「ニア……調子はどうだ? 身体はもういいのか?」
「はい、治癒魔法と魔力供給剤のおかげでもうなんともありません! 大丈夫です!」
「そうか……夜間はパーティ単位での行動になる。当然、団結力が問われるわけで……そのだな」
「はい、メリーとのことは考えないようにします」
「ああ……頼む。すまんな」
「先のことは街に戻ってから考えましょ。大丈夫、私達も協力するから。だから子供があんまり気を遣うんじゃないの」
彼女はそう言って僕の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「ありがとう……ございます」
「今はあいつも余計なことを色々と考えてるみたいだが、そのうち落ち着くさ」
「そうね! メリーったら、ニア君がケガした時すぐ一目散にに飛んでいったのよ?」
「メリーが…………そうですか」
嬉しいはずなのに、やはりどこか素直に喜ぶことは出来なかった。
それは歯がゆい現状を踏まえた結果なのか、“誰か”僕にを重ねているのだと分かっているからなのか。
「あいつにもお前にも頭を冷やす時間が必要だ」
「それで悩み疲れたら甘えてもいいんだからね! 君だって私達の弟みたいなものなんだから」
彼女の優しさに自然と笑みがこぼれた。
頭を撫でるニスカさんの手が、肩を叩くローさんの手がとても温かかい。
ーー僕にも姉や兄がいたらこんな感じだったのかな……? 僕も妹達にとってこんな兄になれたらいいな。
それを言葉にするわけでもなく口を固く結んで、また少しだけ大人になったような気持ちで僕は決意を固めた。
ーーもっと強くならなきゃ! 力も……精神的にも!
「それじゃあ私達もご飯にしましょ!」
その日の食事は意外にも豪華なもので、ギルドから肉や魚が大量に振る舞われた。
それも初日だけとのことだったが、心も身体も再起するきっかけとしては十分過ぎるほどだ。
「ねぇ……ニアくんニアくん」
夜の見張りに向けた腹ごしらえも済んだ頃、突然女性の甘い囁きが耳をくすぐる。
「わっ……! リップ! どうしたの?」
「なんか風の戦乙女ちゃんとの距離、さらに開いてない? 気のせい? それともアタシのせい?」
声の正体は身体中が包帯だらけでも俄然テンションの衰えない女、リップ・ラトニーだった。
「リップのせいじゃないよ、君やみんなの言うとおり少し様子を見ることにしたんだ」
「そっか、ならいいんだけど……」
珍しくしおらしいリップの様子にまた自然と笑みが溢れる。
そこへさらにもう一人。いや、もう三人。
「おいニア! 飲んでるかー?」
弓使いのウェルグさんが親しげに僕の肩へ手を回す。
常に快活な彼だったが、酒が入っていつも以上に愉快な様子。
「僕は未成年ですよ」
「冗談だよ! 実はな……可愛い後輩ちゃんに同席を頼まれちまってさ」
「ニアさんっ! お隣よろしいでしょうか⁉︎」
ウェルグさんに連れられてきたのは幼い二人の少女。
うち一人はよく知っている。黒髪おさげに眼鏡の。
ーー確か名前は……
「どうぞ、アン・コルティ嬢……だったよね?」
「はいっ! 私のこと……覚えててくれたんですね」
背筋を伸ばして赤面する少女。
魔法の腕や立ち振る舞いだけ見ると大人びていて優等生的な印象だったが、年相応に緊張している姿にどこか安心する。
「ニアさん、こんばんは。私はミラーナ・クールです! ミラって呼んでください!」
青い髪にピアスをつけて勝ち気な印象の少女。
彼女は同じ弓使いということでウェルグさんと意気投合したようだ。
「アンさん、ミラさん、改めてよろしくね」
「よ……呼び捨てで構いません。私達は歳下ですし」
「私もー! ミラでいいよ!」
「じゃあアンとミラだね、よろしく」
先ほどにも増して頬を赤らめる黒髪の少女アン。
こちらを見て目線が合うとそらして、また上目遣いで見つめてくる。
ーーどうしたんだろ、具合でも悪いのかな?
「なになにー⁉︎ アンちゃんはあれなの⁉︎ そういうことなの⁉︎」
「いや……えっと、まだ少し気になっているくらいで確証は無いといいますか………………いえ、そうです。はい」
既に親交を深めていた様子のリップとアン。
詰め寄られた幼い少女は口ごもってから顔を覆い隠す。
ーーいったい何の話をしているのかな? まぁやっぱり女性には色々あるのだろう。
「ほぇー! どうしよう、アタシどっちを応援すればいいんだろう! でもアンちゃん的には今がチャンスだよね! 話を聞いちゃった以上、リップお姉さんはあなたを応援したげる!」
「ありがとうございます!」
手を取り合う二人。
それを見て微笑むウェルグさんとミラ。
その空間でただ一人ぽかんとしている僕。
「ねぇねぇどこが好きなの⁉︎ 顔⁉︎ 性格⁉︎ 魔法の腕⁉︎ ちなみに私が好きなのはねー、副団長のヴァーリ様……! 歳上の男ってやっぱり魅力的だよねー!」
「はい、同年代で私より魔法が出来る子はいませんし……特にあの雷撃の魔法は衝撃的でした。それからだんだん目で追うようになっていって……」
恥ずかしそうに僕の方へチラチラ目線を配るアン。
ーーやっぱりトイレでも我慢しているのかな?
「見た目も出自も良いのに、それでいて威張り散らすわけでもないところがやっぱり同年代の子とは違うなぁ……って」
「同感、バロンとは正反対だよね! もう少しだけ自信を持っててもいいとは思うけど……なんか気づいてないっぽいし。 ち……ちなみにウェルグ先輩は歳下の女の子って好き……?」
今度はミラがもじもじし始めて、上目遣いでウェルグさんの方を見ている。
「俺か? まぁ俺は歳なんか気にしないよ。でも、一緒に酒は飲みたいかな」
「じゃあ一杯ちょーだい!」
「だーめーだ! これは単に十五を過ぎただけじゃなく、頑張って働いた大人だけに許された特権なんだぜ」
「ちぇっ」
「まぁお前は頑張ってるからな。大人になったら美味い店に連れてってやるよ」
「う……うん」
頭を撫でられ、赤面してうつむく青髪の少女。
それを見て微笑むリップとアン。
そして、僕もまた自然に笑みがこぼれる。
ーー大丈夫、僕は大丈夫だ。
気づけば自然に笑い合えている自分に安心して小さくため息をつく。
夜が更けて息は白く、曇り空へと消えていった。
その場はさしずめ総勢二十五名の大宴会。
食に話に花が咲き、第一陣を見送って、後片付けも終わった頃、あっという間に見張りの時間はやって来た。
「ニアさん、頑張ってください!」
「うん、ありがとう。お疲れ様」
バーグ一行と交代をして、眠たそうなアンやミラを見送った。
つられてあくびが出そうになるのを必死で我慢して、いざ初めての見張り番へ。
ーーいよいよだ! 何もないといいけど……
洞窟を抜けた僕らを満天の星空が出迎える。
少しだけ晴れやかな気持ちで僕は杖と魔導書を手に取った。
それから何事もないまま時間が経ち、折り返しを迎えようというところ。
「 ローの旦那ぁ、わりぃ。俺ちょっとトイレ!」
「ああ、了解した」
「ニアも行くよな?」
「は……はい」
ウェルグさんから謎の圧を受け、僕達はその場を離れた。
ーーーーそれがことの始まりだった。
「ウェルグさん……まだですかー?」
「もうちょい! もうちょいだ!」
彼の長いトイレに付き合って数分、その人物は現れる。
暗闇の中でも分かりやすい桃色の髪、長い帽子とローブ姿は魔法使いを象徴するものだ。
「やぁニア・グレイス」
「ア……アルフ! あなたもトイレですか?」
通称アルフ、自称「業炎」Cランク冒険者アルフレッド・スティンガーその人である。
彼は大きな杖を僕に向けて言った。
「いいや……俺は貴様を倒しに来た」
彼の瞳は炎撃魔法のように熱く燃え上がっていた。
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