魔法使い達の小戦場
==ヴァルトール帝国・針林ダンジョン・一合目==
針林ダンジョンは、槍のように鋭い幹の針葉樹林に覆われた天然の要塞だ。そこを馬車で進もうというのは一見無謀にも思われるが、それを可能にする二つの方法があった。
一つは除木剤と呼ばれる薬品の使用、そして二つ目が魔法使いによるゴリ押し戦法だ。
「【大気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ【豪炎撃】」
黒いおさげ髪に眼鏡が特徴的な一人の少女が豪炎撃の魔法で十本程の樹々を焼く。そこには彼女以外に五人。メリーとアルフ、フロウの隣にいた二人の女性、そして僕。
その場はメリーを除いた僕ら魔法使い五人の“力比べ会場”となっていた。
ーー彼女は確かバロンくん率いるパーティの魔法使いだったな。きっとアカデミーの同級生なんだろう。
続いてフロウパーティの女性二人が立て続けに豪炎撃を放つ。彼女ら二人の魔法はそれぞれが折り重なって互いを強化していた。結果およそ二十本の木を焼き払う。
「うふふ、私達の手にかかればこんなものね!」
「フロウ様ぁー! 私達のこと見ていてくださいねぇー!」
フロウを始め魔法使い以外の人達は周辺の警護にあたっている。残るギルド職員が馬の手入れや、比較的木々の少ない場所を選び除木剤で道の整備を進めているところだ。
その薬品は一滴垂らせばたちまち針の木を腐食させ次第に道なき獣道を炙り出す。
ただ、魔法使いによる攻撃と除木剤による整備を含めても現在最大の功労者はメリーだった。
彼女が無尽蔵に繰り出す風の刃が次から次へと針の木をなぎ倒す。一昨日よりも昨日、昨日より今日と次第に切れ味が上がっているように見えた。
ーーメリーも少しずつ強くなってる。彼女もまた神の寵愛を引き出すイメージが洗練されているんだ。僕も負けてられない。
次は桃髪のアルフが杖を構えていた。
「【大気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ【豪炎撃】」
灼熱の炎が渦を巻き、前方の樹々を一切合切焼き払う。その威力は凄まじく約三十本を消し去った。
ーーやっぱり実力は本物だ。僕も負けてられない!
アルフに続いて僕は魔導書を取り出し、豪炎撃のイメージを描く。
単発の火球である炎撃よりも勢いと貫通力がある豪炎撃、その突進していく火の渦を頭の中で形成、増幅、固定化して顕現させる。
「豪炎撃!」
「え……詠唱の省略⁉︎」
フロウパーティの女性二人、そして眼鏡の少女が目を見開く。
しかしながら、その威力は針の木々を二十本焼いた程度でまだアルフの豪炎撃には一歩及ばなかった。
「ふははは……やっぱり俺の足元にも及ばないな。悔しかったらキマイラを倒したという魔法でも使ってみたらどうだ? どうした? それとも本当は何か卑怯な手を使ってるのか?」
アルフは僕を見下すような時だけ饒舌になる。
それから得意気な顔でまた豪炎撃を連発して道を作り始めた。
ーー確かに単純な炎魔法の力比べでは勝てないだろう。けど僕には獄雷撃がある……!
「いいですよ、そんなに見たいなら見せてあげます」
「は……? こんな前半のたかが木を焼くだけのことに上級に匹敵する魔法を使う……? おいおい、魔力切れの足手まといはこの先へ連れて行けないぞ?」
「いや、大丈夫ですよ? ただの雷撃ですから」
「世迷言を……」
ーーと、その前にやることが一つあるな。
見知らぬ場所で何も考えず使用出来るほど獄雷閃の威力と攻撃範囲は狭くないのだ。加えてキマイラにダメージを与えられるほどの貫通力まである。
ーーもしたまたま近くを他の冒険者が通りがかるようなことがあれば無事では済まないだろう。
だからこそ僕は近くのギルド職員のリディアさんに声をかけた。
「あの……」
「ニアくん! どうされましたか? このリディアお姉さんが恋しくなっちゃいました?」
「いや……えっと“あの魔法”を使いたいので前方の安全確認をしておこうかと思いまして」
「あの魔法…………ですか、なるほど。この辺りは針林ダンジョンの玄関口である草原地帯から大きく東に迂回した地点となりますので気にせずぶちかましちゃってください!」
ーーお姉さんも今日はテンションが高いなぁ。よし、僕も負けてられないぞ!
「ありがとうございます! 行ってきます!」
リディアさんとの会話を終え、僕は魔法使い達の小戦場へ戻る。メリーやアルフ達の活躍もあり、四つの大型馬車が悠々と入っていけそうな道の原形が見えてきていた。
しかし、それでもまだゴールには程遠い。
ーーよし、今こそ僕の出番だ!
「お待たせしました。あなたのお望みの通り、僕の雷撃を見せてあげますよ」
「なんだ、逃げてなかったのか。まぁどっちでもいいが、邪魔だけはするなよ?」
僕は最前列で針の森の対峙する。魔導書に手を添え、黒い杖を前方に突き出し、頭の中でイメージを固定化させて。
「獄雷閃!」
真紅の魔法陣が僕の視界いっぱいに広がって水平方向への凶々しい雷撃の閃光を解き放つ。固定化された獄雷閃の威力はイメージの強さで変わるものではなかったが、針の木々を一撃で“百本以上”吹き飛ばすには十分過ぎるものだった。
ーー街中では気軽に使うことも出来なかったから思えばちょっと久々だなぁ。
なんてたわいも無い感慨に浸りつつアルフの方をチラリと見れば、彼は無表情で焼け跡をただただ眺めていた。
ーーこれで少しは態度が柔らかくなるといいんだけど。
僕は一度目の獄雷閃が消失したのを見送ってからもう一撃、さらに二度三度と繰り返す。それを見ていた他の魔法使い達は手を止め立ち尽くす。
「すごい……」
「ちょっとリカさん、あれはなんですの……?」
「知りませぇん……あんなの初めて見ましたものぉ」
何度か獄雷閃を放つとやがて樹々の隙間が目立ち始める。
魔力量はまだ十分、僕がとどめの一発を詠唱すればゴールが姿を現した。
振り返って見ると、フロウパーティの女性達は既に馬車へ帰り眼鏡の少女は岩に腰をかけ休憩していた。
アルフも同様にもうその姿は見えない。
ーーえーと、少しやり過ぎちゃったかな?
そうして今回のダンジョン攻略中腹の整地、および魔法使い達の小戦場は幕を閉じたのだった。
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