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業炎のアルフレッド・スティンガー

==ヴァルトール帝国・南方・国境付近==


見上げればもう天辺(てっぺん)近くまで日が昇っている。

僕は日差しに腕をかざし、額の汗を拭った。



随分(ずいぶん)と遠くまで来たなぁ、早く帰らないと心配されちゃう……なんてね」



家を出てもうすぐ半日経とうというところ。


仮にも屋敷の主人が失踪して今ごろ家では使用人達が大騒ぎしているーーーー訳もなく、大半は不在に気付いてすらいないだろう。


少しだけ複雑な気持ちをこじらせつつ、裏山からまっすぐダンジョンへ向かう。


北方に位置するヴァルトール帝国は寒冷な地帯であるが、南側半分では雪が降ることもまれだ。


朝方に比べれば大分(だいぶ)気温も上がり、かれこれ数時間も歩けば流石に体温も上がる。



「ふぅ……そろそろ国境を抜ける頃か」



ヴァルトール帝国は西を雪の山脈に、東を大河に挟まれた天然の要塞。

歩いて国外に出る方法は南の針林ダンジョンか南東の街道のみ。


街道はもちろん人通りが多い。だから僕が向かったのは南の国境ーーそのまま針林ダンジョンへと続く“草原地帯”だ。


そこはろくに整備もされていない獣道。

時に小高い丘を登り、時に小川を渡り、時には野生動物に遭遇した。


ーーそして野生動物がいるということは、それを捕食するモンスターだって出現する。


この辺りは僕のような冒険者見習いや、登録されたばかりの“Fランク冒険者”が腕試しをするにはもってこいの場所。


「まだちらほら人影は見えるけど、この辺なら大丈夫かな?」


幾つかの冒険者パーティを横目に眺めつつ、僕は木々が生い茂る草むらをさらに深く深くへと進み、ようやくおあつらえ向きの実験場へたどり着く。


「人目につかず誰かに迷惑をかけることもない、腕試しには最適な立地だ。よし……まずは景気づけに一発!」


そこには下位モンスターの代表格である“泥スライム”が数えきれないほど生息していた。


ーー下位とはいっても本物のスライム……感動だ。


ドロリとした半透明の液体、それがウヨウヨと波打ちながら移動している。

目や口と思われるくぼみが三箇所あり、見れば見るほど不思議な生物。


引きこもっている間様々な文献に目を通していたけれど、こうしてモンスターを間近で見るのは初めてのこと。



「何か……思ってた何倍も気色悪いなー。けどまぁこれなら倒すのに躊躇(ためら)わず済む」



そう決意を固めたは良いが油断は禁物。

スライム種は飛びつくか身体の一部分を射出することで獣や人体に取り付き、酸で獲物を消化しダメージを与える。


泥スライムはその中でも最下級のモンスターとはいえ群れを相手取るとなれば決して侮れない相手だ。


僕はある程度の距離と冷静さを保ちつつ、初陣に心を(おど)らせた。


ーーあの雷撃、あの時の集中力をちゃんと再現しなくちゃ。


僕は魔導書を開き目を閉じる。


初の実戦にじわりと冷や汗を滲ませながらも、やはり冒険者としての第一歩に興奮を隠せない。


左手に魔導書を、右手をスライム達のいる方へ向けて集中力を高める。


ーー落ち着けニア、集中だ。大丈夫……一度出来たことをもう一度やるだけ。


既に成功している雷撃の魔法、それが過剰過ぎるの威力だったこと以外に懸念点はない。


ーー集中を邪魔をするあの声だってもうないんだ。今までの鬱憤(うっぷん)を晴らすつもりで全身全霊の魔法を放つ!



「雷撃!」



かつてないほどに高まる集中と魔力。それに呼応して現れる緋色の魔法陣。

そこに顕現(けんげん)した地獄の雷撃はやっぱり想定以上の威力ではあったものの、数体の泥スライムを一瞬で消し飛ばすことに成功した。



「や……やった!」



雷撃の直撃を受けた泥スライムは戦利品となる核を残して霧散。

初勝利は少しあっけないものだったが、確かな自信と恩賞を僕にもたらした。


それから小一時間ほど、どんどん興が乗ってきた僕は次から次へと泥スライムを討伐し続けるーーーー無我夢中で、その背後から新たな脅威が迫っていることも気づかないまま。



「【空気】ーー【加熱】ーー【発火】ーー【燃焼】ーー烈々(れつれつ)たる火の神よ、ここに強大な炎の一撃をもたらせ! 【豪炎撃(ごうえんげき)】」



僕の耳がかすかにとらえたのは聞き慣れない男の声。

それと同時にうんざりするほど聞き慣れたあの声が何度も頭に響き渡る。


<<時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た…時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た……時は来た…>>


著しく集中力をかき乱された僕は雷撃の魔法を一時中断してその場にへたり込む。するとーーーー燃え盛る炎の渦が僕の頭上すれすれをかすめていった。


ーーへ?


その熱風だけでも火傷しそうなほど、もう少し体勢を崩すのが遅ければ危うく全身火だるまになっていたであろうほどの威力。

それは高位の魔法が僕の背中めがけて放たれたことを意味していた。


ーーこれって炎撃系中級の豪炎撃……だよな。僕、今殺されかけたのか?



「なんだガキか、魔族が現れたと聞いたがとんだ見当違いだったようだな」



見るからに“魔法使い”であると言わんばかりの黒いとんがり帽子に黒いローブ、長く伸ばしたピンク色の髪をファサっと(なび)かせながら近づいてくる。


ーーこの人がさっきの豪炎撃を……僕を殺そうとした人か。



「はぁ……魔導書がないと魔法も使えないひよっこがまた一人……これに()りたら冒険者ごっこは辞めたまえ少年」



全く悪びれる様子もなく()()り返って説教を始めた男。年齢は恐らくまだ十五の成人を迎えてそこそこ、僕と大して歳が離れているようには見えない。


ーーこいつ、人を殺しかけておいて謝罪の言葉もないのか?



「ごめんねぇ……君、大丈夫?」



そこへ赤髪長身の女性が割って入る。

魔法使いより少し歳上に見える軽装の双剣士、彼女は魔法使いの男の頭をこちらに向け無理矢理下げさせた。



「私はニスカ、冒険者よ。こっちのバカはアルフ」


「バカじゃない……俺は業炎(クリムゾン)、業炎のアルフレッド・スティンガーだ!」



変わらず高慢な態度を取る桃髪の魔法使いアルフーーーーその後ろから続々と四人の仲間が現れる。

槍を持った鎧の戦士、弓兵の男、杖を携えた小柄な女性、最後に僕と同じくらいの歳の少女。その内の鎧を着た大男がアルフにひとこと。



「おいおい、お前はまだCランクだから二つ名はもらってないだろ」



ーーCランク冒険者……! 悔しいけど、確かにさっきの豪炎撃は凄かった。



「すまんな坊主、俺はヴァリアン・ロー。一応このパーティを仕切ってるもんだ」


「僕はニア……といいます」


「ニア、一応聞くがこの辺りで凶悪な雷撃魔法を使う魔族なんて見てないよな?」


「凶悪な雷撃魔法……魔族……?」


「実は先刻、新米冒険者の奴らが血相を変えて俺達に助けを求めて来た。それで少し殺気立ってたってわけだ……ただ見当違いだったようだがな」



ーーなるほど話が読めて来た。


またしても僕の雷撃が一騒動(ひとそうどう)起こしてしまったみたいだ。納得いかない部分もあるけれど原因が僕ということであれば仕方ない、ここは素直に白状して場を収めよう。


ーー僕はアルフとかいう無礼な男と違って大人だからね。



「あっ……えっとそれ、僕が練習していた魔法かもしれません」



僕のその言葉を聞いた彼らの間にしばらくの沈黙が流れる。

そして、一呼吸おいてアルフが頭を抱えながら吹き出した。



「は……はっはっはっは……! さっきの凄まじい雷撃魔法は俺も遠目で見ていた。あれをお前が行使したって? ありえない! ああなるほど、未熟者な上に嘘つきなんだなお前」



ーーこいつ、どこまで人をこけにすれば気が済むんだ。証明として雷撃をぶつけてやりたい気分だ。



「坊主、俺達に気を遣っているならそんな必要はない。素直に謝罪を受け入れてくれ。この件はそれでチャラだ」


「いや……嘘でもないですし、気を遣っているわけでも……」


「ふふっ、それじゃあこうしましょう。今度会った時君が困っていたらお詫びに私達が助けてあげる。もし私達が困っていたら今回の迷惑料代わりに助けてもらう。この対等な契約をもって貸し借りは無し。冒険者を目指すなら助け合いは大切よ」


双剣士のニスカさんが胸の前で手を合わせて言った。

こちらを立てているようで、その(じつ)子供扱いしているような提案だったがこれ以上ことを荒立てる必要もない。



「はい、分かりました」


「アルフもそれでいいわね?」



アルフは勝ち誇った笑みをこちらに向けたまま小さく頷く。


ーーこいつ……本当に嫌味な男だな。


けれど実力は本物。

Cランク冒険者であり、高位の炎撃魔法はその威力を身をもって体感させられた。


ーーだけど、どうして魔導書を使って詠唱の省略をしないのだろう。流石にCランク冒険者にもなって知らないわけじゃないよな。



「それじゃあニア君、また会う日まで」


「は……はい」


「坊主、達者でな」



そう言い残して彼らはその場を去っていく。

去り際に至ってもアルフは人を食ったような横顔でこちらを挑発し続けていたが。


そして、その最後尾につけていた少女が僕の前に立ち止まる。



「さっきの魔法……凄かった」



空色の髪、眠たそうな瞳、か細い手足、白い肌をした絶世の美少女。

細剣を携えてはいるが、前の五人に比べると冒険者らしくない。


むしろどこかの国のお姫様のようだ。

それが彼女の第一印象だった。

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