孤児院のおばば ソフィア・テレス
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・冒険者ギルド支部==
午後になって僕とメリーは約束通り冒険者ギルドへ赴いた。
目的は昨日の報酬を受け取ることと、あわよくばローさんやニスカさん達と合流して次の予定を立てることだ。
そして早速受付嬢の元へ馳せ参じたわけだが、相変わらずメリーは僕の手を固く握っていて放してくれそうにない。
「メリーさん……今日もこのまま行くの?」
「うん、このままはイヤ?」
「全然イヤじゃないんだけどさ」
「じゃあこのまま」
「そういうことになりますか」
「そういうことになる」
見れば受付は昨日も対応してくれた女性だった。昨日は何度も呆れさせてしまったから今日は卒なく会話を終えたいところ。
見知った顔とはいえ多少の緊張を隠せないまま、僕は絞り出したような声で話しかけた。
「あの……昨日の一件で、公爵様からの報酬を受け取りに来ました」
「あっ! お待ちしておりました、風の戦乙女様とニア様。この度のご活躍も聞き及んでおりますよ! 念のため討伐数をご申告頂いてもよろしいでしょうか?」
「二人で力を合わせて三体、僕一人で四体倒しました。メリーは?」
「私はニアと倒した三体以外だと、もう三体だけ……むぅ負けた」
「ではお二人で合計十体の邪竜を討伐されたのですね!」
僕達二人はギルドの受付嬢に昨日の戦果を報告。
前回のキマイラ討伐ではあまり信用してもらえなかったけど、今回は申告しただけですんなりと話が通る。
「はい、目撃された数や証言とも整合性が取れました。公爵様より賜った報酬が残り四十万アストル、こちらをお二人で分けて頂く形でよろしかったでしょうか?」
「うん、これは二人の共有財産」
メリーは人目を憚ることなく、僕の腕に抱きついて離れない。昨日からこれだけ一緒にいれば僕だって流石に慣れて来ている。
ーーうん、もう慣れた…………慣れたよな?
僕が管理しているとまた盗まれるかもしれないので、報酬はメリーに持っていてもらうことにした。
彼女は二人で貯めたお金で家を建てたいらしい。そこにアノンと三人で住むとのことだ。あの短時間でかなり仲良くなってくれたようで嬉しい限り。
「それから、メリー様、ニア様。お二人宛の伝言を“二件”お預かりしています」
ーー僕達宛の伝言? それも二件、一体誰からだろう。
「三日後、針林ダンジョン最深部への遠征大隊に参加する予定。可能であれば同行して欲しいーーーーとのこと。Bランク冒険者怪槍ヴァリアン・ロー様からお二人への伝言でございます」
「ローからの伝言、うけたまわった」
「針林ダンジョン最深部……! 僕はBランク冒険者じゃないんですが参加してもいいんですか?」
「ええ、問題ありません。確かにダンジョン深部攻略の規定ではパーティにBランク冒険者が三人以上もしくはAランク冒険者が一人という原則こそあれどそれ以外のメンバーに縛りもなく、今回の遠征大隊では最低でも二パーティ以上で動いて頂くことになりますのでご安心ください」
ーー他のパーティと合わせてBランク冒険者が三人以上になれば良いってことか、なるほど。
「それから、これは私的な事情で恐縮なのですが……今回の遠征には私もギルド職員として参加する予定なので、お二人が来てくださると非常に頼もしい限りです」
「お姉さんも行くんですか⁉︎」
「ええ、武器屋で売れ残った武器を仕入れてそれをダンジョンへ置きに行くんです。そして以前置いておいた装備が魔導具となっていればそれを回収して武器屋に売ります。そうやって経済が回っていくのですよ」
確か以前メリーが最深部へ行くにはギルドの協力が必要だと言っていたし、街とギルドと冒険者を含めた三者それぞれに利益があるという訳だ。
ーー針林ダンジョン最深部への遠征大隊、願ったり叶ったり。あの予言を信じるならそこに“新たな力”がある。
「ニア、どうする?」
「僕は参加したいと思ってる、メリーは?」
「ニアが行くならもちろん行く。ちょうどキマイラにもリベンジしたかったところ」
「お二人ともありがとうございます、心強いです! ではもう一件の伝言ですが、“ギルド長”より一度顔を見せに来いーーーーとのご要請でございまして……」
冒険者ギルド長、昨日アノンから聞いた話しでは“公爵の次に権力を持つ”人物。そんな人が僕達をご指名とは。もしかして気付かぬうちに何かをやらかしてしまっていただろうか。
ーーあ……そういえば、僕は昨日ギルドの壁を壊していた。それだ、きっとそうに違いない。
「うけたまわった」
冷や汗をかく僕とは対照的に何とも軽い反応のメリー。
彼女は既にギルド長と会ったことがあるのだろう。どうせ怒られるにしても、どんな人なのか少し聞いておきたいところ。
「メリーはギルド長と会ったことあるの?」
「うん、ある」
「ギルド長って……その結構怖かったりする?」
「怒るとすごく怖い」
「そっかぁ……」
ーー会わない訳にはいかないけれど、腰が引けるなぁ。
「お二人の準備がよろしければ、早速ギルド長の元へご案内致しますね」
変わらぬ調子で受付のお姉さんが僕達二人を連行ーーーーもとい手厚く引率してくれるようだ。
恐らく関係者入口であろう鍵のついた扉を入って、さらに奥へ進む。
ーー普通じゃ入れないところって緊張するけど、少しだけワクワクするなぁ。
そんなことを考えていたら気付けば目的の部屋へ着いたようで、お姉さんが立ち止まりドアをノックする。
「ソフィア様、ベニス様、冒険者風の戦乙女様とニア様がいらっしゃいました」
「うむ、通すがよい」
中から老齢の女性の声が聞こえると重い木の扉が開かれる。
そこはひときわ豪華な一室。その中でも一番大きな机から席を立った女性がこちらを鋭い眼光で見つめていた。
「アンタがニアかい、歓迎するよ。私はギルド長のソフィア・テレス。こっちは副ギルド長の……」
「ベニス・ガンダルだ、よろしく頼むよニア君」
「は……はい! ニア・グレイスです! よろしくお願いします!」
「おばば、久しぶり」
「あいよメリー元気そうさね」
「お……おばば? メリーの師匠で孤児院の?」
「そう、ギルド長で、孤児院を作った人」
「ああ……なるほど」
言われてみれば、ギルド長の立場で孤児院を設立していても何ら違和感は無い。むしろ貴族が孤児院を建てるよりよっぽど筋が通る。
「ニアや、まずは一昨日の件。メリーやヴァリアン達を助けてくれたこと感謝するよ」
「あっ……いえ、僕の方こそ助けられました」
ーー針林ダンジョンでのことか。怒られるとばかり思っていたけど、とりあえずは温厚なモードのおばばさんで良かった。
「あのパーティは孤児院出身者が中心でね、ヴァリアン、ニスカ、メリー、それからアルフレッド。もちろん強制している訳では無いのだけれど、この街で孤児達が生きていくために冒険者はうってつけなのさ」
「さながら彼らはギルド長の私兵ですな、特に風の戦乙女殿はAランク冒険者となり得る素質がある。今後も活躍を期待しているよ」
「うん、任された」
孤児院のおばばーーーーもといギルド長ソフィアに続いて、副ギルド長のベニスが激励の言葉を送る。
それからまたソフィアが口を開いた。
「では冒険者ニア、アンタに問う。何のために力を求め、何のために戦う?」
「はい、僕は……」
ーー最初は大陸中を旅して様々なダンジョンや色んな景色を見ることが目的だった。けど今は……
「メリーを……大切な人達を守るために戦います!
「うむ、良い答えじゃ。そして嘘のない良い目をしておる。ガンダル卿も異論はないな?」
「ええ……彼なら大丈夫かと」
「ではニア・グレイス、邪竜討伐と人命救助の功績を評し、そなたをCランク冒険者に任命する」
ーーし……Cランク冒険者? 僕が? 昨日冒険者になったばっかなのに?
「おめでと、ニア」
「あ……ありがとう」
「Cランク冒険者ともなればブリスブルクの顔、候補者は私が直々に審査することにしておる。いきなり試すようなことをして申し訳なかったねぇ」
「い……いえ」
「それとメリーや、ちょいとばかり席を外してくれんか?」
「えっと…………うん、分かった」
「では私がロビーまでお送りしよう」
「またねおばば」
「あいよ、また元気な顔を見せに来ておくれ」
「ニア、またあとで」
「う……うん」
メリーが副ギルド長のベニスに連れられて突然の退席、その場には僕とギルド長だけ取り残された。
ーーま……まさかこれからお説教タイムが始まるのだろうか。ヤバい、怖い、お恐ろしい。
固唾を飲んで身構える僕に、ギルド長ソフィアは意外なまでに優しい口調で言葉を紡ぐ。
「ニアや、メリーのやつは迷惑をかけてないかい」
「メ……メリーですか、迷惑をかけられるどころか色々と助けられているくらいです!」
「そうかい? よもや“また”過剰に依存してやいないかと少し心配だったんだけどね」
「“また”ですか…………もしかして“ハル”っていう人と関係ありますか?」
昨日メリーが寝言でつぶやいていた名前。
それを引き合いに出してみれば、ソフィアは遠くを見るような目線で語る。
「ハルは本当に優秀な子でね、それ故に向こう見ずてもあった。メリーにとっての“姉弟子”、まるで本当の姉妹のようにあの子はハルの後ろにくっついていたのをよく覚えているよ」
「そのハルさんは今……」
「恐らく想像している通りさ…………まったく、おばばより早く逝っちまうなんてとんだ親不孝者の馬鹿野郎だよ」
「すみません、辛いことを思い出させてしまって……」
「思い出すどころか一秒たりとも忘れたことなんてないさ。老いるってのはいやだねぇ、もし普通の人生を送らせてあげられたらなんて出来もしないことをいつまでもくよくよ考えちまって」
彼女の心痛な面持ちに言葉が出ず、僕はただただ息を飲んだ。
「少し辛い話しかもしれないけど……アンタはあの子によく似てる。同じくらいの背丈に黒い髪、誰かの為とあらば自らを犠牲にすることを厭わないそのまっすぐな瞳」
これまでメリーが僕に依存していたこと、一目惚れをした理由がやっと分かった。彼女は死んでしまった姉弟子の面影を僕に重ねていたのだ。これまでの言葉が、想いが、全部“代わりのもの”だとは思いたくないけれど。
そう思った時に想起されたのは『お前自身を心の底から惚れさせるか』と言っていたガロン公爵の言葉だった。
「メリーのことが好きかい?」
「はい」
照れくさいけれど、僕は顔を赤くしながらまっすぐソフィアさんの目を見て答える。
「そうかいそうかい、あの子のこと頼んでもいいかい?」
「はい! この身に換えても僕がメリーを守ります……!」
「馬鹿だねぇ、あんたもちゃんと元気な顔見せに来てくれなきゃ困るんだよ。ばばぁの睡眠時間がまた短くなっちまう」
悪態をつく彼女の顔は慈愛に満ちていてとても優しかった。なんだか少し目頭が熱くなって、僕は口を固く結んでコクリと頷く。僕もまた愛情を求める一人の少年なのであった。
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