街角を照らす花、暗躍する陰
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==
「皇子⁉︎ この国の⁉︎」
「ニア、本物の王子様だった」
「別に隠していたわけじゃないんだけど……言うタイミングを逃しちゃってね」
本心だ、何かやましい気持ちがあるわけでもない。
鞄を盗まれて一連の騒動に巻き込まれたのが、ちょうど“元皇子”である過去を話そうとしていた矢先のこと。
何も引け目を感じることなんてないはず。
しかしながら、何故か心の中でメリーに対する上手い言い訳を必死で考える僕がいた。
「ニア様、申し訳ありません。皆様には隠していらっしゃったのでしょうか……?」
「いいや、今はもう追放されて皇子でもなんでもない。それに婚約の話だって何度も断ったはず、何も隠すようなことはないんだ」
アノン公女の目を直視出来ないまま僕は答える。ーーーー思えばこれまでもそうだった。彼女とは、僕がここへ来た四年前に一度顔を合わせたっきり。
ーー力も自信も無かったこれまでの僕は部屋に引きこもって彼女を避け続けてきた。
それでもアノン公女は何度もうちの屋敷へ尋ねて来ていて、その度に残念がる彼女の声に向き合えずにいたのだ。
「それでも私は……」
その美しさと凛々しくも朗らかな振る舞いから、彼女はブリスブルクのアイドル的存在でもある。全ての人々を愛し全ての人々から愛された第四公女アノン・ブレイザー。
引きこもりだった僕ではどうあっても釣り合いが取れない。
「だから貴女は貴女の幸せのために生きて欲しい」
気まずさに耐えかねて、なんとなしにメリーの方を見る。
目が合って、一度逸らされてまた目が合う。
そのうちアノン公女から目を逸らし続けていることで余計に息が詰まる思いがして、僕は彼女へと目線を移す。
そうすれば、少し俯いた公女の顔がまるで聖母のよう。慈愛と優しさに満ちた笑みを浮かべてこう言った。
「でしたら……何の問題もありませんねっ!」
彼女の表情は一変して陽だまりのような明るさを取り戻す。ーーーーそれは一人の公女ではなく、一人の恋する少女の顔だった。
一歩こちらへ近づいて僕の手を取ると、そのまま胸の位置まで持ってきて祈るように包み込む。
「私、この一生を貴方様に捧げると……もう心に決めてしまいましたから。ニア様と添い遂げ、子を育むことが私の天命であり、そして何より“私の夢”なのです」
心のこもった彼女の言葉、真っ直ぐに僕を見つめる透き通った瞳。吸い込まれそうで、目が離せなくて、身体中の熱が上がって頭から湯気が吹き出しそうで、僕はまた逃げるように目を逸らす。
視界に入ったのは彼女の存在に気づきこちらを注目する人々、蔑むような鋭い眼光で僕を睨むAランク冒険者クレン。
残るメリーはと言えばーーーー気づいた時には既に僕の“もう一方の手を取り”傍に立っていた。
「ニア、困ってる。今は静養が必要」
相変わらず僕のピンチに敏感なメリーさん、流石は僕の師匠。
いつもなら尚のこと体温が上がりそうなものだが、その小さな手が凄くひんやりしていて今は思いのほか心が落ち着く。
そんな僕らの様子を見てアノン公女が素朴な疑問を投げかける。
「つかぬことをお聞き致しますが、お二人は恋仲なのでございますか?」
またその瞳を視界に入れれば、邪推や勘繰りをするような気もない純真な眼差しであることが容易に理解できる。
質問の内容に加え彼女の真剣さが高じて、僕は動揺に動揺を重ねて焦り散らかしながら答えた。
「こ……恋仲ってわけじゃ……」
「そう、私達は恋仲。らぶらぶ」
こちらもこちらで穢れを知らないメリーが真顔で言い放つ。
繋いだ手に絡みつくように密着しながら、可愛らしく対抗意識を燃やす空色の美少女ーーーーそこへ予想外の反応が返って来る。
「まぁ……! それは素晴らしいですわ! 是非とも私を“第二夫人”としてお迎え下さいませ!」
「だ……だだ…………第二夫人って!」
「むぅ……思ってた反応と違う」
「愛する人と、高名な冒険者様。そのお二人と同時にお近づきになれるなんてこれ以上素晴らしいことはありませんわ!」
その場にいた誰もが驚き息を呑む。
周囲の不安をよそに公女アノンは続ける。
「こう見えて私、したたかな女なんですのよ!」
その笑顔は“強か”というより、むしろ“純粋無垢な少女”が浮かべる健気で可愛げのある無邪気なそれであった。
==ヴァルトール帝国・雪原地帯==
一体の邪竜アンピプテラが乱雑に男を大地へ降ろす。
全身黒ずくめの男。その全身を焼かれ、両脚を喪失し、かろうじて息をしている状態だ。そんな彼の傍らに立ち、見下ろす一つの影。
「無様だな……勝手に先走って返り討ちに合うとは」
男を叱責するような言葉とは裏腹に、不気味な笑みを浮かべている。
いかにも怪しげな雰囲気を漂わせる人物だ。身長と体型からして恐らく男、その服装からは決して身分が低くはないということも伺える。
「も……うしわけ……あり…………ません」
掠れた声で反応する男、赤くただれた顔がひどく痛々しい。
その霞がかった視界がとらえたのは“一人の少女”。
怪しげな雰囲気を漂わせていた男の姿は既になく、そこには銀髪の美少女が佇んでいた。彼女は胸の前で手を合わせそっと目を閉じる。
「ええ、許しましょう。貴方の弱さを浅はかさを……偉大なる地母神様の名のもとに。【光】ーー【癒着】ーー【分裂】ーー【再構築】ーー偉大なる地母神よ……かの者を癒したまえ【再生】」
それは希少な光属性とも一線を画す“聖なる魔法”【再生】であった。例え身体に欠損があろうと完治させてしまう奇跡の術。
聖女と呼ばれるほどの力を持った者でなければ修得することすら出来ないはずの魔法。
それを謎の少女がそれをいとも簡単に行使すると、みるみるうちに男の身体は傷が癒え、失った両脚も元通りとなっていた。
「あ……有り難う存じます。願わくばもう一度チャンスを」
すぐに立ち上がり、よろけながらも跪く男。
その態度からは目の前にいる人物への絶対の忠誠が伺えた。
「ぷぷっ……マジウケるんですけど、このバカ全然懲りてないんですけどー!」
彼の忠誠心を嘲笑するかのごとく不敵に笑う謎の少女。
またしてもその姿は髪が金髪へ変わり、目の色も左右非対称のオッドアイに、そしてその背格好や服装までもが変化していた。
「まぁいーや、おかけで計画が早まったわけだし」
姿が変わると人格や口調も変わるのだろうか、今度は怪しげな男性の姿に戻り言葉を続ける。
そのニヤリと上がった口角からは聞き慣れた名前が飛び出した。
「そして既に風の戦乙女には“やつ”をつけてある。我々の計画に抜かりはない」
「はい、次こそは必ず!」
「ああ期待しているよ、“例の少年”もろとも必ず“風の戦乙女”を抹殺したまえ」
その言葉を受け、深く頭を下げる黒フードの男。
謎の人物は最後にもう一言。
「かつての聖女に祝福を……」
「あぁ……偽りの聖女に粛清を!」
気づけば、その面前に立っていた人物の姿は無い。
それを確認してから男は強く拳を握り締め、雪原の霜柱へと思い切り叩きつけた。
「ニア……ニア・グレイス…………聖女の遺児。お前だけは必ずこの手で始末する」
命じられた風の戦乙女抹殺よりもむしろ、男の目の奥には復讐の炎が熱く煮えたぎっていた。
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